73 第7真祖
地上で最も偉大な存在"真祖"。その一翼第7真祖である私。
真祖とは、ARTIFICIAL VAMPIREのこと。
人類の次なる進化を促した存在が我々真祖であり、人類を統べるのが真祖なのである。
真祖同士は互いに不可侵。しかし、私は真祖に置ける"聖杯"であり他とは別の形を成している。
それは私という個体が"女"であるということ。他の真祖は私を番いにしたがっている。
私を得る為に第1から第6までの真祖たちが争い、勝利した者が手に入れるはずだった。
しかし、私はその戦いに"列ねなかった"真祖に全てを奪われた。
領地や眷属、体の自由も食事すらも自由がない。
私の全てを奪ったのは第8真祖。領地を持たない野良犬ぐらいにしか思っていなかったそいつに私は決闘負けた。
私の知識では第8真祖は、真祖の中で最も弱いはずだった。でも、実際に対峙してみた私から言わせるとアレは"化け物"だ。
存在が"戦闘"のような男。そいつは私の体を鎖で繋ぎ、辱め、性欲で体を貪った。
我が眷属たちが血の支配から開放され、彼のものに変わるのを唇を噛んで血を流して見ていた。
全てを奪われた私は最後に心まで奪われた。
一週間かけて血を吸われつづけた私は、死なない体で唯一消耗する"精神"をすり減らした。体験したことのない"未知"によって乾きを覚えた体は苦しみに包まれた。
そんな私に彼は選択を迫った。
そして私は選択した。彼の"物"になることを。
「それが33年前……その日から私は彼のことをずっと思っていたわ。なのに数週間前から突然放浪癖に目覚めてしまって音沙汰もない……」
やたら横に長いソファーに仰向けに寝転がる人影。
白のランジェリー姿の幼い体躯の持ち主が第7真祖のElly・Lhaca・G・Hammons。
金髪は赤い髪留めでサイドテールにしている。赤いヒールを右足で遊ばせる姿は退屈を現しているのだろう。
そんな彼女のいる部屋は城の一室というよりも、ホテルのスイートルームのような場所だった。
エリーの寝転がるソファーの後ろには金髪で胸の大きな眷属が立っている。
眷属は正装と見える騎士風の格好で、髪も短く肩にかからないくらいの長さに整えられている。
「ねぇ~あなた…最近彼と一緒に行動すること多いわよね?」
エリーの問いかけに女はハッキリ、だが、響くことのないように答える。
「荷物持ちが必要とのことでしたので…」
ふ~んと言ったエリーは、『それにしては頻繁に会っているようだけど』と疑りの視線を寝転がったまま向ける。
「ねぇ~知ってる?真祖は眷属…元人間に性欲を持ったりすることはないのよ。その肉体を玩ぶことはあっても欲したりはしない」
「……存じています」
「ならあなたも………彼を視線で誘うのは止めなさい。見ていて哀れよ、"厭らしい雌イヌ"には"厭らしい雄イヌ"がお似合いよ」
雌イヌが眷属の女を指し、雄イヌがその男を指してエリーは言う。
正装の女は「誘わずとも彼は私を求めてしまいます」と呟いた。
その瞬間エリーソファーに立ち上がる。
ソファーに立ってやっと目線が同じ高さになると、目に見えない速度で左手が振られ正装した女の頬が鋭い刃によって斬られたように血を流す。
「…面白いわ。その安い挑発、退屈しのぎに乗ってあげる――」
右手で拳を作るエリー。
正装の女は避けることすらしないのかジッと彼女を見つめる。
しかし、構えたエリーが右手を突き出すことはなかった。
何かの音に気がついたエリーは、ソファーを飛び折りて地上を見下ろすことのできる窓に近づく。
ソワソワとして笑みを浮かべる姿はまさに子どもだった。
「ん~ん!帰ってきた!ふふふ!」
エリーは階段で足音の主を迎えに行こうとする。
しかし、彼女はピタリと足を止めるとさっき見ていた部屋の窓を見てもう一度近づく。
窓を開け地上を見下ろし、「やっぱり…ここから下りた方が近道ね」と約47m下の地上へと飛び下りる。
髪の毛が風で後方へ流れると少しだけ広い額が露になる。
白いランジェリーは幼い体躯には少し大人な色気が出すぎていて、風圧で胸を被うそれのホックがフロントだったせいでというわけではなく、サイズが合っていなかったため外れてしまう。
エリーは、それを邪魔だからと完全に外して捨ててしまう。
地上に下りる寸前で回転して着地する。
地面が陥没する演出がリアルに再現され、ステータス上では落下ダメージ軽減が点滅するがエリーには見えていない。
彼女がいた部屋は20階建てのビルの最上階。下りた場所はその入り口に当たり、足音の主を追って内部へと入る。
入り口のホールの中心に階段があり、その上を足音の主が歩いている。
エリーは笑みを浮かべて背後へと忍び寄る。
7mの距離に近づくと飛び付いてやろうと腕を広げる。が、彼女が抱きつくことはなかった。
「……ちょっと。アンタ紛らわしい靴履かないでよ!勘違いして下りてきちゃったじゃない!!」
足音の主にエリーは不満げにそう言う。
「コレは勿体ない。麗しきお姿を拝見できて~私~光栄ですエリー様」
足音の主は白い髪を腰にまで伸ばした眷属の男。騎士風の服と腰にレイピアを装備している。
振り向いた顔には笑みの端に長い牙が覗かせる。
「ちょっとアンタ。今すぐ目を瞑りなさい。むしろ潰しなさい」
「えへ~!それは少し無茶な相談かと…」
ヘラヘラと笑う眷属の男に近づくエリーは、男の背中から身軽に登り肩車の状態に足をかける。
「ほら、疲れるのやだからアンタ早く上りなさい」
馬を蹴るようにエリーは男の胸を足蹴りする。
「おふ。ならどうして下りてきたのですか?」
「足音であの人かと思ちゃったからよ!アンタ今すぐ裸足で歩きなさい!」
えへぇ~と笑みを浮かべる男は、「私~悪くないですよね?」と言いながら階段を上がる。
3階ほど階段を上がったところで眷属の男にエリーが話しかけた。
「ところでなんでアンタだけ帰ってきたのよ」
「……この度、我々は東の端にある壁の調査に行きました。第8真祖様が到着するまでに色々と試行していると人の子が迷い込んできたので私が始末しようとしたら――」
「ちょうど着た彼に叱られたのね」
「はい。壁面に激突しました」
眷属の男がそう言うとエリーは、「よくそれだけで彼が許したわね」と笑みを浮かべる。
「彼は人と共存しているのよ。そんな彼の傍にいるアンタが人を殺そうとしたなら止めるし、殺す事だって可能性としてあったわ」
「あの方のお考えはよく分かりませんね。人は真祖やその眷属とは違う存在です。助ける価値など――」
「ないわね!私から言わせると眷属さえもいらない存在よ!アンタも!あの生意気な小娘も!この世界に必要なのは私と彼だけ!」
眷属の男の上で足をバタつかせるエリー。
あ、痛いです――と言っている眷属の男に、エリーは「グズ!」と罵って髪を引っ張る。
2人が――と言っても主に眷属の男が数分かけて20階を登りきると、金髪に正装姿の眷属の女が1人で紅茶を飲んでいる姿が目に映る。
エリーは男の肩に立ち上がると、踏み台にして眷属の女の前に着地する。
「お帰りなさいませ……高だか一眷属をお迎えにいかれるとはお優しいお心がけですね」
「………ホホ(本当にイラつく子)…………いい香りね~」
「…こちらに姫様の分も御座います。どうぞ、お座り下さい」
そう言われたエリーは、鼻を鳴らすと素早く椅子に腰掛けてアゴで催促する。
眷属の女は椅子から立ち上がると丁寧に紅茶を注いだ。
エリーは紅茶を一口飲むと咄嗟に、「おいしい」と口に出してしまい"しまった"という表情をする。
「あ~えっと…ただいまです」
「………」
眷属の男のその言葉を完全にシカトする眷属の女。
エリーは退屈そうな顔で男に話題を振る。
「ところで、アンタ壁の調査に行っていたのよね?どうだったの~進展あったの~」
彼女の言う"壁"とは、この世界の中心となる旧古代都市サイデルを囲う高さ1kmの防壁である。
真祖といえど、その高さ堅さに手も足も出ない存在。
「進展も何も…6人の力の強い眷属で肩車して跳躍で上ってみたものの45m辺りが限界でした。あの方が来るまで色々と試しましたがそれが一番高かったのではないでしょうか」
「45ね~1000から45だから~あと955……無理ね。て言うより、45くらいなら彼の跳躍だけで行けそうなんだけど」
エリーの言葉に男も肯く。しかし、眷属の女がその言葉に反論する。
「彼はあの壁を上る方法があるようなことを言っていました。その方法を試すところを見ていないのでは?」
その言葉に男は肯く。
エリーは「私は聞いてないんだけど~」と不満げに言う。
「姫様は彼と最近会っていないから知らないのも無理はないです」
イラっという表情のエリーは"方法"というのを話すように女に言った。
「できるだけ直角な壁で三角跳びをする方法です」
眷属の女の言葉にエリーは言う。
「それって一度でも壁から離れたらあとは落ちるだけでしょ?そんなの無理だって誰でも分かりそうだけど…そんなこと彼も分かっているんでしょ?」
そして、今度はエリーの言葉に眷属の女が言う。
「"ガンブレイド"…ハンターたちの武器。アレのできるだけ威力の高い物を用意して"推進力"とすると言っていました」
「推進力?そんなことできるの?」
「彼の理論上では、十分な脚力と十分な体力、最後に空中で壁から離れすぎた時に壁へと戻る推進力さえあれば可能だと言っていました」
「脚力に関しては問題ないでしょうね。体力は人間でさえ"なんとか"って薬のおかげでほぼ無限だし。あとはそのガンブレイドが推進力になるのかってわけね……それって、彼だけにしかできない芸当ね」
「ええ、彼の身のこなしと判断力あってこそだと思います」
2人は第8真祖の話になるとケンカになるが、こうして意見が一致することも少なくない。
そんな2人の後ろで眷属の男が、「あぁ!私もその方法見て見たかったです!」と肩を落としていた。




