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68 無邪気(あくい)


 鼓動が異常な早さで響く。

 目を閉じていることによって恐怖心がさらに増す。

 仮想世界のゲームといえど、例え本当の体ではないにしろ、拘束されて動けない現状の恐怖は、そうなってみなければ理解できない。

 気絶している振りが成功しても事態が改善される訳ではない。

 いっそ目を開けて現状と対面する方がまだ楽なのかもしれない。


「へ~。キレイなねーちゃんだね」

 その声は幼い少年のものだった。


「だろ?ミシアを追ってここまできたんだろうけど、ガンブレイドもバックパックも持ってないし…ズボンも穿いてなかったんだぜ」

 2人の声から子どもだということを理解するナナは少しだけ冷静になれた。


「あれだな!きっと男にえっち~ことさせるために穿いてないんだよ」

 好き放題言っているな――とナナは少しだけ薄めで子どもの表情を見た。

 すると、2人は徐に服を脱ぎ始める。

 明らかに小学生ぐらいの子どもが2人。どちらも日本人という感じではない。


「な~早くやってみようぜ」


「レミアさんが言ってたよ。"女はね~、ちゃんと気持ちよくしてあげないと~ダ~メ"って――」


「それレミアの真似か?なら俺は"このチンチンで~気持ちよくなれるわ~ん"ってだ~れだ?」


「ヘビアンさんだよね」

 男性器を模したそれを手に取る男の子はそれを自身のものと比べる。


「すげー!コレ俺の腕ぐらいあるんだけど!」


「女の人は大きい方が好きってレミアさんが言ってたし…こっちの足ぐらいのやつにしない?」

 自身の体に再現される"サー"と血が引く感覚。ナナの心情は混乱の極みだ。

 もし仮想世界で排泄の再現がされていたなら彼女は確実に失禁していたに違いない。

 それほどに"無邪気"という悪意は彼女に恐怖を与えた。


 いつの間にか頭の中でヤトの名前を繰り返し何度も呼んでいた。

 彼がここに現れる可能性は"0"だ。しかし、ナナは彼の名を呼ばずにはいられない。


「そういえば、アレーシャがペットの女の人に乳首のピアス付けた時の話聞いたかよ」


「アレ?痛みで失神したってやつでしょ」


「俺らもやってみる?ついでにさ~」


「え~痛そうなのはやだなボク…」

 2人が会話しているうちは自分は無事なんだと言い聞かせる。が、それはなんの慰めにもならないのも自身で嫌になるほど確りと理解していた。

 右側で会話する少年。左手の動く範囲で周囲を探るが、特に何にも触れない。


「じゃ今回はピアスは無しな」


「大体、アレーシャさんみたいにピアス付けまくってるのってどう?」


「…俺は~嫌かな」


「でしょ!最初から乳首にピアスなんてボクたちらしくないよ。とりあえずいっぱい気持ちよくして体をちょーきょーしなくちゃ」


「"ちょうきょう"な!俺らのペット作るんだもんな」

 話終えたのか唐突にナナの右足に小さな手が触れる。

 そして、右の胸が乱暴に掴まれ思わず手が振るえた。


 子どもたちは顔を見合わせてナナの表情を窺う。

 隠しきれない気持ちの表現が涙になってポタポタと滴る。


「このねーちゃん起きてるぜ」


「……ね~泣いてるよ?」


「…きっと怖い夢でも見たんだろ?それよりお前左足持てよ。動かれると危ないし…で最初はどうするんだっけ?」

 ガチャガチャと音が鳴る中で、ついに恐怖が理性という堤防を決壊させてしまったナナは叫ぶ。


 ヤト――BJ――マリシャ――アーロン――


 勿論誰も現れるはずもない。


「誰か…助けて――」

 そして掠れるような声で"シャドー"と呟く。



 パン!と響く銃声。

 脱力したナナは瞬間、暴れる自分を静めるために子どもが発砲したのだと錯覚する。

 視線を右に向けると少年たち2人が両手を上げて足元へと下がって行く。

 2人の視線はナナの頭上に向けられ、彼女も顔を上に向けた。

 そこにはその身に似つかわしくない大きさのガンブレイドを全身で構える黒ネコの姿があった。


「ガキども…俺の女を泣かせるな」

 そう、連れ去られたはずの黒ネコが自力で逃げ出してナナの窮地に駆けつけたのだ。


「――シャドー!!」

 ナナは涙を浮かべながら名前を呼ぶ。


「待っていろ。すぐに右手を自由にしてやる!」

 黒ネコはハンドガンサイズのガンブレイドを抱いたまま、排気口らしき場所から飛び下りて、ナナの右腕を縛っていた針金状のアイテムを切り裂いた。

 そして、器用に着地したシャドーはガンブレイドをナナの右手に放り投げる。

 それを掴んだナナはすぐに左手を自由にすると両足の拘束するアイテムを撃ち抜いた。

 手を上げていた少年たちは銃声で腰を抜かす。


 ナナは小さい黒ネコを両手で掬い上げると顔を押し当てて言う。

 ありがとー。怖かったー。

 恐怖からの開放からか、その場にへたりこんだナナはしばらく黒ネコに涙を拭い続けられる。


「もう心配ない。ほら、早く泣き止め…」


「今は無理そう。だって……本当に怖かったんだからぁあ」

 下着一枚のナナだが、そんなことよりもシャドーという存在で安心感を得たいという気持ちを優先した。

 いつもなら、絶対に下着姿など黒ネコの姿をしていてもシャドーにも見せないナナ。

 シャドーは泣き止まない彼女を見て自身の体の大きさを初めて"不便"だと認識する。


「ミイラ取りがミイラに――なんてのは笑えないぞ。元はといえば私が連れ去られたのが原因だがな…。人の姿をしていれば抱きしめることもできたんだが…すまない」


「そんなのダメだよ…。今シャドーが人の姿をしてたら絶対…好きになっちゃうから――」


「"つり橋効果"というやつだな……別に好きになっても構わないぞ。"勘違い"なら後で正すこともできるからな」


「絶対やだ。多分――無理だもん」

 その言葉に嘘も偽りもない。

 シャドーは右手を空中でフモフモするとナナのコートを出現させる。


「コレを着ておけ。その姿は、子どもには刺激が強すぎる」


「うん。ありがと」

 手の平から飛び下りた黒ネコは、全裸で腰を抜かしている少年二人の前に立つ。

 少年たちから見ても黒ネコの姿は小さい。

 しかし、その小さいはずの黒ネコに少年たちは畏怖といえるものを感じ取る。

 寒さか畏怖からかは分からないが、彼らは身を振るわせた。


「ガキども…"接し方"も知らない身分で安易に女に手を出すものじゃない。女ってやつは――」

 再び右手をフモフモするシャドーは、「敬い、慈しみ、優しく接するものだ」と言ってアイテムストレージの拘束系アイテムの手錠付きロープを出現させた。


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