67 囚われ…
グレンの話を聞いたアーロンがナナの所へ帰ると、彼女は少し不機嫌になっていた。
原因が肩で饒舌に話す黒いネコであることはなんとなく察することができたため、アーロンは取りあえず現状をナナに話す。
グレンはクロウとの話合いをする前にワイアットに阻まれ、意外にもワイアットに口で言い負かされたらしい。
つまりクロウとはまだ会えていない。
そこで、グレンはアーロンにクロウと会えるようにワイアットと交渉して欲しいと言ってきたのだ。
「そっちはアーロンに任せても大丈夫?」
「大丈夫よ~。クロウって人は女らしいし。会えさえすればなんとでもなると思うわよ」
「じゃー私は16番街に向うから」
「ちゃんとお友達に会ってきなさい。帰ってくる頃には話を付けておくから」
アーロンは片目を瞑ってナナに手を振る。そして、グレンの部下に連れられてワイアットの所へと向った。
ナナはアーロンと別れた場所からすぐにBJのところへと向う。
アーロンがワイアットと建物に入るのを横目にナナは足早に通り過ぎる。
その後は特に何にも会うことなく29番街を抜けて28番街に入る。
しかし、やたらと視線を感じる。
その視線はどうやら、ナナ自身ではなく肩に乗った黒ネコに向けられているようだった。
そして、視線を送るのはモグラたち。彼らがプレイヤーをここまで執拗に見ることはない。
おそらく、黒ネコを視認した瞬間に彼らの目にはオブジェクトIDが見えてるのだろう。
おそらくは偽装したシャドーのIDを確認しているのだ。
黒ネコは彼らの目に装飾のIDと認識され、その視線はすぐに外れる。
「NPCが見てるけど?」
「ああ、IDを確認されている。彼らは住人であり観察者であり防犯カメラの役割を果たしているのだろう。彼らの前ではあまり目立つことはしない方がいい」
「その言葉はそのまま返す――」
黒ネコは、「確かに」と言って納得する。
27番街に入るとナナはエイリーンとすれ違う。
そして、ナナを一瞥したエイリーンは2度見して目を見開いた。
それは小さい黒ネコがあまりにキュートだったためだ。
エイリーンはナナを呼び止めて黒ネコをモフモフしたいと思ったが、『突然見ず知らずの人にそんなことは失礼だ。いや、でもこの機会を逃せば今後あの小さな黒ネコには永遠に会えないのでは!』などと頭を悩ませる間にナナを見失った。
その後、エイリーンが珍しい乙女めいた表情をしているのを見た部下たちが"可愛い"と思ったのは彼女も知らない。
26番街をナナが通る時、無人の厳重そうな検問所がその行く道を阻んだ。
しばらく睨めっこしてると例の男が話しかけてくる。
「お姉ちゃん…この辺じゃ見かけないね」
それは垂れ目にブラウンの瞳、不気味な笑顔に真ん中分けの長髪はチンピラという風貌。
「…なんですか?」
「俺はゲイルっていうんだが~ここを通るなら通行書が必要なんだぜ。へへっ」
「通行書?」
「そそ、どうやらキミ~通行書持ってないでしょ?今だったら一晩俺の相手するだけで通してやるぜ。へへっ」
この男、通行書を餌にこの道を通る女に度々このように声をかけている。
ゲイルは、『ここを通るのに通行書なんてもんはいらねーが…こう言って騙せる女も少なくないからな――』などと思っている。
実際ここを通る女は30番街の先で男相手の商売に疲れ、24番街の楽園を目指していることが多い。
クロウは29番街の把握で忙しく、ゲイル1人にこの役を押し付けていた。
その所為でゲイルがこんな詐欺まがいのことをしているとはクロウも知りえないことだ。
「な~どうだい?一晩だけだぜ」
と言いつつ、『この上玉なら3日はいけるぜ~』と内心思っているゲイル。
ナナは、アーロンがクロウと交渉中で邪魔をしたくないのと、シャドーに目立つなと念押しした手前、この状況をどうするか思考する。
決してゲイルとどうこうという選択肢はないものの、悩んでいるナナに"押せばイケルかも"と勘違いしたゲイルが尻を撫でた。
「な~一日だけ――バヘハ!」
ゲイルの顔面にナナの拳が埋まる。
超人並のステータスで殴り飛ばされたゲイルは、モグラの家の隣にある汚水路へと姿を消す。
「あ、やっちゃった」
肩の上の黒ネコは、「ナナが手を出さなかったら私の前足が出ていたさ」と言う。
起きてしまったことは仕方がないと、ナナは検問所を足早に通り25番街へと入って行った。
女性ばかりの25番街。
時々ヒモを持つ美人が首輪を付けた半裸の男を連れて歩いている。
ナナはあえて見ない振りをしていたのにもかかわらず、黒いネコが肩を叩いて見るように促す。
黒ネコのシャドーが、「アレがプレイという奴か――」と感心しているが実際にはプレイではない。アレは"ガチ"である。
そして、ナナは何事もなく25-24番街を通り、23番街の半ばまで来た。
その時、突然耳元で「ぴグ!」という今まで聞いたことのない声を耳にする。
ナナは咄嗟に右側を見ると、視線の先に一瞬だけ小さな手にガッチリ掴まれた黒いネコが映り、すぐにその姿がフェードアウトした。
呼び止めようとするも、あまりに一瞬で声よりも体が動く。
23番街の中を黒ネコを見失わないように追いかけるナナ。
モグラの家の屋根を器用に飛び移るのを下から見上げて追いかける。一瞬"フックショット"を――と考えるが、さすがに痛みを強く感じるこの世界では人に使おうとは思わない。
そんなことを考えていると視界に捕らえていたその姿が不意に消えた。すぐに立ち止まったナナはモグラの家に飛び乗り、あまりの脆さに踏み抜いてしまうのではと心配しながら見失った辺りに立つ。
視線を水平に、そして下に、どこにも抜け道はない。
「見失った――」
そう呟いたナナは一瞬名前を呼ばれた気がして目を閉じて耳を澄ます。
足音、笑い声、水滴。
ハッと目を見開いた視線の先には天井に開いた穴が。
ナナはその穴を照らすためにバックパックの中から光源になるものを探すがそんなものはない。
仕方なく腰のガンブレイドを引き抜く。
穴の中に右手を突っ込んで、左手で視野の確保をすると――
ダダ!っという銃声の後に再現されたマズルフラッシュの光源。
弾丸はすぐに穴の中の壁に穴をあけ、ナナは素早く穴に入る。
穴の中は狭くてバックパックとガンブレイドがつっかえ、ナナは苦い顔をしてそれらを屋根の上に置いてもう一度穴へと入る。
ほぼ一通の穴の中を進むナナ。
ある程度進むとズボンが何かに引っかかる。そしてそのズボンは頑なに"何か"によって動かなくなり、再び苦い顔のナナはそれを脱ぎ捨てた。
勿論、ズボンと一緒にブーツも脱げ涙目になりながら穴を進む。
そして視界に明かりを見つけ、急いで顔を出したナナは愕然とする。
顔を出した瞬間にガンブレイドをつき付けられたのだ。
さらに、顔だけ出ているナナにロープが視界の上から下りてくる。
首に撒きついたロープ。身動きできないナナは一瞬の苦しみからそのままシステムによって気絶状態になってしまう。
ロープが緩み、ナナが気絶したのかを確かめるガンブレイドの持ち主。
上からロープを下ろしたやつも姿を現し、一緒にナナを穴から引っ張り出した。
穴から全身を出したナナは下半身が黒いレースの下着姿で、引っ張り出した2人は顔を見合わせて首を傾げた。
1人が上半身を、もう1人が下半身を持ち上げると、穴の奥へと姿を消した。
VRで気を失うと催眠状態と同じ効果で夢を必ず見ることになる。
そして、それは悪夢になることが多い。
ナナも親友の顔がハッキリとその脳内に再生され、暗闇に飛びこむ親友に手を伸ばす――その瞬間に目を覚ます。
頬に涙が流れる。どれくらいの時間気を失っていたのか、ナナは悪夢から目を覚ましたことに一瞬ホッとして、再び周囲と自身の現状に目を見開く。
手足が縛られて仰向けに寝かされている。
身に付けているのは黒の下着だけ。
「……ここは――」
呟きながら彼女は考える。
超人的な腕力と脚力を持ってしても、手足を自由にできない。おそらく、耐久力の高い拘束アイテム。
そして、現状をハッキリと理解できる道具。
キャスターの付きの物置の上に男性器を模した物が大きさや突起が付いたりと種類様々に置かれている。
それを視認した瞬間ナナはコツコツと響く足音に気付く。
「嘘、嘘、嘘!」
ガチャガチャと音を立てて手足をバタつかせる。
足音がナナの足の方向にある扉の前で止まる。
酷く怯えた表情のナナは気絶している振りをする。
錆びた扉の開く音が彼女にどう聞こえたか分からないが――
その音はきっと――
"恐怖"を掻きたてる音をしていたのかもしれない。




