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65 与えられた役割


 コールの視線がナナに執拗に向けられる。

 その視線を遮るようにアーロンが立つとコールは目を背けた。


「話はそのくらいにしておかない?私たち急いでるのよ。ね、ナナ――」

 アーロンの言葉にナナは頷く。

 コールはグレンの肩を叩くと腰を上げて、「また来るぜ」と部屋を後にした。


 その後、ナナはすぐにヘルモンドの治める宿屋へと向う。

 ヘルモンドは見た目こそ弱々しいが、その周りにいる者たちは他よりも強靭なハンターが集まっている。

 アーロンもその1人で、彼自身も部下と呼べる者たちに慕われている。

 エレンは幻影(ファントム)地平線(・ホライズン)で実際にナナの仲間だった男で、彼女にしてみれば頼りがいがある頼もしい存在だった。

 しかし、BCOでのエレンは誠実で真面目な男だったのが、この世界ではなんと言うか、一言で言い表すなら―――"チャライ"――のである。


「エレン大丈夫?」

 ナナが横たわる男にそう言って手を伸ばす。


「おっと、リーフ…いや、ナナだったな。俺に触れるとヤケドじゃすまないぜ」

 苦しそうな表情でそう言うエレンにナナは呆れた笑顔を浮かべる。


「思ったより元気そうじゃない」

 黒ネコのシャドーに抗血清を出すように促すと、「こいつに使うのは気が進まないな」と不満を口にする。

 ナナはシャドーの頭を撫でながら、「また指吸わせてあげるから」と言う。

 その言葉に黒ネコは「フ、私を赤ん坊扱いするな……………約束は――絶対だぞ」とキメ顔でそう言った。


 仰向けに横になるエレンの左手に針を差し込むと痛みで顔が歪む。

 そして、注射器の中身を全て注入するとナナは針を抜く。

 この時ようやくナナは胸を撫で下ろした。

 その様子を後ろで見ていたアーロンはふと思ったことを口に出す。


「ナナはエレンちゃんのことが好きなの?」

 その質問に黒ネコはヒゲを反応させる。


「どうしたの急に?」


「だって、ナナのエレンちゃんに対する行動力がただごとじゃない様に見えたからね」


「私にとってエレンは仲間だから――」


「でも、知り合ったのはつい最近よね?それって一目惚れとは違うの?」

 アーロンの言葉にナナは苦笑いを浮かべて髪の毛を触る。


「そういうのじゃない。って言うか…恋愛とか……そこまで考える余裕ないよ」


「確かに、あのコールが昔の――だもの。無理もないわ」

 アーロンの言葉にナナは、「全然違うんだけど――」と苦笑いを浮かべる。


「本当のこと言うとねナナちゃん。私、リーフって女が大嫌いなのよ」

 その言葉にナナは少し驚きを顔に浮かべる。


「でもね、初めてナナがヘルモンドちゃんを尋ねて来てあのお願いをしている姿を見た時。私、理解したのよ…"この子はいい子だ"ってね」


「……一歩間違えばアーロンとも敵対してたのか…(アーロンだけは敵に回したくないな)」

 呟いたナナは不意に握り締められた左手に注目する。


「ナナ、これだけは覚えておいてくれ。キミを――愛していた――」

 今にも死にそうな顔でそのセリフ吐いたエレンに、ナナの肩から飛び下りた黒ネコが、「死ね!今すぐ()ぜろ!」と顔を踏みつける。

 その様子を見てナナもアーロンも声を出して笑うのだった。



 次の日、ナナは早速BJの元へと向うことをヘルモンドとアーロンに伝える。

 しかし、その話の最中に乱入してきたグレンとその部下たちによって話しは中断した。

 グレンたちがヘルモンドのところへ来た理由はすぐに理解できた。


「この度は俺んとこの部下が失礼をしました!」

 グレンはそう言うと2人の部下の頭を叩いて下げさせる。

 その2人はナナが気絶させた2人で、コールがグレンを通してナナに謝ることを命令したのだ。

 しかし、ナナにしてみれば色々言われたのは確かに不快だったが、"一方的に蹴り飛ばした"という罪悪感がなくもないため困り顔をする。


「分かったからもう頭を上げて……用件はそれだけ?」


「実はこれから29から下のメトロにも足を広げようとしているんですが…ヘルモンドさんにも一つお手伝いしてほしいんです」


「…また島を広げるんですか?コールさんは既に手広く足を伸ばしているようですが…」

 ヘルモンドはオドオドした愛想笑いを浮かべてそう聞く。

 グレンは眉をピクリとさせる。


「実はコールの旦那がアスランの旦那の口利きで24番街の女豹を狩るらしくて、その間にある街をついでに押さえておこうと言う話になったんですよ」

 ナナはアスランの名前に少し反応する。


「アスランさんが24番街のあの人を?」

 ヘルモンドは意外そうな口ぶりで疑問を言う。


「アスランさんはその件を手打ちにしたと思っていたんですが…今更彼女になんの用なんでしょうか――」

 グレンはその言葉に首を傾げる。

 どうやらヘルモンドは女豹と呼ばれる女を詳しく知っている様子で、眉を顰めずにはいられないようだった。


「…取りあえず、アスランさんには私がお話を窺った方がいいようです」


「で、手を貸してくれるんですか?」

 グレンの言葉にアゴに手を当てて何かを考えるヘルモンド。


「アーロンさん、リ……失礼――ナナさん」


「な~にヘルモンドちゃん」


「交渉役としてあなたたち2人で29番街以下の状況を調べてきて下さい」

 グレンは、「交渉は必要ありませんよ」と自分たちが話をすることを告げる。

 しかし、ヘルモンドは首を横に振った。


「交渉は私たちにとっては必須です。話し合いで解決できない場合のみにこちらとしても力を貸しましょう」

 ヘルモンドの言い様にグレンは身を乗り出そうとする。

 しかし、大男がその間に割って入るとその顔を見下ろした。


「ダメよグレ~ンちゃん。こうなったヘルモンドちゃんは"絶対に"譲らないんだから」

 片目を瞑るアーロンにグレンは後ずさると、「分かりました…」と言ってその場を後にした。



 グレンとその部下が帰った後ナナはヘルモンドにつめ寄る。

 彼女はBJの元へと向うつもりだったため、ヘルモンドが勝手に交渉人に選んだことが不満なのだ。


「落ち着いてリ、…ナナさん。別に本当に交渉人に選んだ訳じゃないんです」


「なら、どういうことなんですか?」


「交渉人にしておいた方が、ナナさんにいい条件になると思ったからです」

 いい条件?と疑問を浮かべるナナ。

 すると、アーロンはナナの腰に手を回して歩き出す。


「ちょっと、アーロン?」


「私は交渉人としてナナと29番街より下の番号のメトロを調査してきますね~。で、ついでにBJって人にも会ってきちゃいなさいってヘルモンドちゃんは言っているのよ」

 ナナはアーロンの言葉にヘルモンドに視線を向ける。

 右手を振るヘルモンドにナナは頭を下げるとその部屋を後にした。


 ヘルモンドのいる建物は地下鉄の駅一角を居住区に変えた所。

 改札はなく、非常階段以外はガレキでエスカレーターなどは地上への道が塞がり、エレベーターなどは故障で動かない。

 ホームの一部にはモグラの家があり常時商人として売買ができる。

 ナナも移動する前に回復薬などをダラーで購入する。


 この世界での買い物は普段のMMOと比べて面倒である。その要因となっているのが品物の大きさ。

 バックパックを腰に付けているナナは、BCOのアンプルと比べてやや大きくなった回復薬のビンを大量には持ち歩けない。

 3個入れると後は鉤つきのロープ、右手のフックショットの予備、煙球に爆弾を入れるともう限界だ。

 重さは超人的身体能力で難なく持ち上げられるが、アイテムが単なるデータとして所持できないとこういう弊害が起こるのだ。

 それゆえ、黒ネコのシャドーの存在は大きい。

 この世界で、唯一アイテムストレージを開くことができる黒ネコを、形態用バックとしてナナは活用している。


「シャドー、どれぐらい開いてる?」


「容量なら30。スタックできるものならそれだけ入る」


「回復系がスタックできて、煙球とかは無理だっけ?」


「YES!その通りだ!」

 黒ネコとナナの会話にアーロンは眉を顰める。


「さっきから2人して何?すたっく?何の話~」

 アーロンが巨体で地団駄を踏むとハリボテに近い建物が鈍い音を立てる。


「こっちの話よ……アーロン、足元が揺れる」


「ちょっと!それは私が太っているって意味!!」

 アーロンの言葉にシャドーは、「それ以前の問題であると推測する…」と聞こえないように呟いた。


 仕度をし終えたナナは、いよいよ29番街――クロウの縄張りに向うことになった。


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