64 真実を知る者
アトリアン歴2308年6月。
工場でBJと別れたナナは黒ネコのシャドーを連れ、31番街のマンホールからメトロへと戻っていた。
眷属3人を簡単に撒いてしまったナナ。彼女がわざわざ地上から31番街まで逃げたのには理由がある。
30番街で工場へ向う前に2人ほど気絶させてしまったために、急いでいるのもあって30番街を避けたのだ。
33番街から30番街をテリトリーとする第4真祖と会うこともなく、ナナは31番街のマンホールまでは無事に辿り着いた。
そして、31番街は彼女にとっては安全な土地ではない。
少数のグループによって構成される組織が土地をめぐって日々睨み合っている場所だ。
歩いているナナのすぐ横でも、金髪の頭の男と赤髪の頭の男が言い合いをしている。
どうやら、金髪の建物が少し赤髪の土地に入っているようだ。
その建物を見たナナは少し眉を顰める。
「アレって公衆トイレじゃないの?」
ナナがそう思うのも無理はない。
建物は仮設トイレの大きさしかなく、その下の溝が排泄物を流す場所に見えるからだ。
実際にそれが行われるとメトロはとても暮らし辛い場所になることだろう。臭い的に…。
現状仮想世界で排泄を再現する利点は少ない。プレイヤーたちもそれを行わなくいいことになんら疑問を持たないだろう。
「ナナ仮想世界においてトイレなどという物は――」
トイレの一言でシャドーの解説スイッチが入ってしまったが、それの対応は既にマスターしているナナは軽く聞き流す。
そして、解説が続く中、ナナは32番街へと続く入り口を通る。
30番街より先ではほぼほぼ通路を封鎖するようなことを禁止している。
これは暗黙の了解で誰しもが守っている決まりだ。
「つまるところ、"汚い物には蓋をする"もしくは"汚物は隠す"という風に再現することをしないのさ。人間の真理とは"汚物は消毒"なのだろうな」
「あ~はいはい…」
ナナが気のない返事を黒ネコのシャドーにすると、目の前にファンキーでパンクなファッションとヘアースタイルの男たちが道を塞いだ。
男たちの間を通り抜けようとナナは左に進路を変える。すると、男たちも右へと移動する。
「黒髪美人の黒ネコを連れたヴァンパイアハンター……どうやら間違いないらしいな」
「……?」
首を傾げるナナ。
男たちは7人でニヤニヤと彼女を見る。
「あんたのこと…大分広まってるぜ。30番街でグレンのところの部下に手を出したんだろ?」
「グレン……彼ら、あのグレンの部下だったのね(面倒なのを相手にしちゃったな)」
「黒ネコを連れた黒髪美人のハンターに10万ダラーの懸賞金だとさ。さすがは34番街から30番街で幅を利かせるグレン一家だぜ。気前がいい――」
「10万ダラー…ちょっと少ないわね」
ナナがそう呟くと黒ネコが、「10万で手に入るなら安いものだな」と言う。
「おい…今、ネコが喋ったぞ!こいつを見せ物にすりゃ10万なんて簡単に稼げるぞ!」
男たちの目の色が"10万ダラー"から"喋るネコ"に変わった。その瞬間、「シャドーを渡せば見逃してくれるかな」とナナが言うと黒ネコの顔が一変する。
「悪いけど…急いでるの。どいてくれない?」
「…悪いが、こっちも急いでいるんだ。そっちこそ俺たちと一緒に来てもらうぞ」
ナナは溜め息を吐いて両手でガンブレイドに手を触れる。
すると、彼らの足元に銃声と共に弾痕が刻まれる。
その銃声はハンドガンではなくショットガンのものだった。
「な、なんだテメー!」
男たちの後ろからガンズマンハットを被った大男が立っていた。
厳つい顔の白人の大男はタイトなスーツ姿で片手に長剣のガンブレイドを持っている。
ギロリと睨み付けるその第一声は――
「その子には手を出させないわよ、子ネコちゃんたち」
大男はドスの効いた声で方目を閉じる。
「なんだ!?テメーは!!」
「…アーロン?!どうしてここに?」
ナナが大男をアーロンと呼ぶと、7人の内の1人が口に手を当てる。
「あ、アーロンだって!?おい、こいつ"協会"の連中だぜ!しかもNO.2の"男食い"のアーロンだ!!」
仲間の言葉でナナに喋っていた男が、「協会の一味だったのかこの女――」と顔を顰める。
「協会なんてしったことかよ!」
景気よく飛び出した隣の男だったが、アーロンが片手で捕まえると徐に男の口元を貪る。
もがく男は、とうとう全身の力が抜けて糸が切れた人形のようになってしまう。
「や、やべぇ"男イーター"のアーロン!」
1人がそう叫んで逃げ出すと、「そっちの通り名で呼ばないでよ」とアーロンは言う。
「10万ダラーじゃ割りに合わねー」
男たちは糸の切れた仲間を引き摺りながら、ナナとアーロンの前から消え失せた。
嵐が過ぎ去りナナの前には大男が残るのみ。
大男はガンブレイドを鞘にしまうと笑みを浮かべる。
「お早いお帰りね。それで、例の物は手に入ったの?」
「うん、ちゃんと手に入れてきた。でも、なんでアーロンがこっちに?」
「も~バカね。"黒ネコを連れた黒髪美人の"なんて広まっているんだからそりゃ迎えにも来るわ」
アーロンの言葉通りグレンという男の出した情報が36番街まで広まったことで、それがナナであるとすぐに理解した協会がアーロンを迎えによこしたのだ。
「それより早くエレンちゃんに抗血清を与えないと眷属化が始まっているの」
「眷属化が?そこまで悪いのエレン――」
ナナの言葉にアーロンは肯く。
早く帰らないとと言ったナナは足早に31番街を後にする。
エレンとは協会の一員でナナの同僚というところだ。
ナナの知るかぎりでは、この世界は日本サーバーとアメリカサーバーとを繋げて、日本人とアメリカ人が記憶を生成されて生きている。
協会は複数のグループの長が集ってできた組織。それはギルドというよりも"マフィア"と言った方が当てはまる。断じて"悪い意味"ではない。
どこもかしこもが裏で繋がっているのが協会で、普段は交流もなにもないが、いざと言う時には互いに手を貸しあうことを約束し合っている。
「ヘルモンドどういうことだ?堂々とこっちの縄張りを荒らしてくれやがって」
「これは~コールさん。すいませんね彼女は規格外でして私が言ってもどうにも言うことを聞いてくれなくて…やっぱり私、リーダーに向いてないのでしょうか?」
ヘルモンドは白髪を七三分けしたメガネ男。対するコールはヤンキーのような顔の日本人だ。
「お前がリーダーに向いてないとかどうとかはどうでもいいんだよ!こっちの島で暴れるなと言ってんだ!」
「帰ってきたら十分叱りつけますよ。コラ、駄目だろってね」
ナヨナヨとそう言ったヘルモンドにコールは呆れ顔だ。
互いの部下が後ろで控えているからか個室はピリピリしている。
すると、突然にヘルモンドの左側の扉が開いて大男が現れる。
「ヘルモンドちゃん、ただいま。あら!コールちゃんいらっしゃい!」
現れたのはアーロンで、コールは顔をクシャッと歪めると顔を背ける。
「おやおや、アーロンさんお早いお帰りで…で彼女は――」
「勿論一緒よ。ほらナナ――」
アーロンの影からナナが現れるとコールは睨み付けた。
ナナはその視線に気付くも無視してヘルモンドの近くへ向う。
「おかえりなさいリーフさん。それで、言うことは?」
ヘルモンドはナナをリーフと呼んでそう言う。
「グレンの部下を気絶させた件かしら…。通行料にって"胸を揉ませろ"だの"尻を触らせろ"って下品なことを言ったから靴底を舐めさせてあげただけ」
ナナは毅然とした態度でそう言うとコールは目を見開く。
「ああ゛?俺の部下の躾が悪かったって言いたいのか?」
コールの後ろに立っていた坊主頭の白人が拳を握り締めて前に出る。
おそらくは彼がグレンで、コールがその上司といったところだろう。
「まー待てグレン。リーフ……お前の態度次第でこの件は手打ちにしてやってもいい。また俺の元へ帰ってくれば――」
「"ナナ"よ。言ったでしょ?リーフという名は捨てたの」
リーフとは、シャドーが7NANA7というアバターを守るために変わりに繋いだアバターの名前である。
ナナ以外の記憶上で彼女は"リーフ"という存在で、コールに惚れ込んでいる女ということになっている。
しかし、ナナにリーフの記憶がないために、彼女はコールから離れて一番関連のないベルモンドのところへと身を置いているのだ。
「リーフ…お前は誰にそんな名前を付けられたんだ?ベルモンドか?それともエレンの小僧か?どこの誰に寝取られたんだ俺は!」
コールが机を力いっぱい叩くとベルモンドはビク!と振るえる。
怒りを露にするコールにしてみれば、昨日までベットを共にしていた女が名前を変え別の組織に入ったことになる。その感情に至るのも無理はない。
ナナにしてみれば、自分が演じるはずだったそれは知ったことではないのだが、同時にリーフの役割が気になってもいた。
「勘違いしないでコール…これは私の意思。エレンは仲間よ」
ナナはそう言い切るがコールがそれを受け入れることはなかった。




