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63 メイドとアイス


 2077年8月。


 都内某所―――個人所有のマンション。いや、億ション。


 その入り口には警備員がいて、警備員の隣に最新の顔認証機能で自動ドアが開閉する仕組みになっている。

 カイト、小野坂(おのさか)(りん)はその顔認証の自動ドアの前で家主から色々と質問されていた。

 名前は?裕人とはどういった関係で?彼女かい?100文字以内で裕人への愛を語りなさい…。と飛び抜けたセンスの持ち主であることがこの瞬間で理解できた。

 困っていたカイトを救ったのは、後ろから現れたメイド姿の女性だった。

 顔認証機能がその人物を許可しているため簡単に扉が開きカイトはその後に続く。

 警備のお姉さんは家主とカイトのやり取りを聞いていたため、それを止めることはしなかった。


 カイトは目の前のメイドの格好が家主の趣味であると察する。

 年齢は20代で綺麗な顔立ちに"赤いメガネがとても似合う女性だな"とカイトは思う。

 個人所有とはいえ、メイドを雇うほどの金持ちが住んでいるだ。そうカイトが思ったのも束の間、郵便ポストを見て驚きを露にする。

 そう、個人所有のマンションにポストが一つ。つまりは、この5階建ての建物の中に住んでいるのは家主だけということだ。


 ということは、さっき前を歩いていた赤いメガネの似合うメイドさんも、家主の家に向ったということになる事に気付くカイト。

 2台のエレベーターうち1台が3階で止まっていることから、そこに家主がいることが分かる。

 カイトは左のエレベーターに入ると、明らかに家主の意地悪な性格が反映されたボタンの位置に苦戦する。

 身長的に2階のボタンまでしか届かない仕様になっているため、カイトは制服の下の身長の割りに大きな胸を揺らしてジャンプする。

 どうにか3階のボタンを押したカイトはホッと胸を撫で下ろすも、左側に付いていた音声で止まる場所を決められる機能に気付き顔を真っ赤にする。

 エレベーターのカメラにバッチリと映ってしまったであろうその映像を消してやりたい気分になったカイトは、頬を膨らませてカメラを睨んだ。

 ここまでを想定して、ボタンの配置をしていたとしたら意地悪を通り超えて、悪意があるとしか言いようがない。


 3階に着くとエレベーターの前がすぐに玄関だった。

 電子錠にインターホン。その前でさっきすれ違ったメイドさんが何かやりとりをしていた。


『キミが"私はご主人様のメス豚です"と言えば入れてあげよう!』

 カイトは一瞬思考停止する。

 メイドさんは溜め息を吐きゆっくりと息を吸うと響かせるように言う。


「私は"神谷裕人"様のメイドです!ご主人様のためならメス犬にもなります!」

 その言葉にインターホンのいい声は低い声で言う。


『日笠くん…キミの雇い主は一応私なんだけどね』


「………早く開けないとアイスが融けてしまいますが?」


『ファ!!だめだよ!早く入りなさい!』


「私の後ろにもう1人女子高生の姿が見えるのですけど…」


『その子も入れてあげなさい!それよりも!はよ!アイス!』

 インターホンから聞こえる声はいい声なのにもかかわらず、言動は子どものようだった。


 カイトはメイドさんに手招きされて小走りで近づく。

 メイドさんが扉を開くと、「お邪魔します」と言ったカイトの前に、清潔というか生活感がないというか綺麗な玄関が目に入る。

 目の前を歩くメイドさんが靴のまま壁から少し出っ張った謎の機械的な何かに足を置く。

 すると、右足のヒールの裏側の洗浄をしているのか水の音がする。乾燥の送風音を含めた片足5秒のその行為を終えたメイドさんは、ヒールを履いたまま廊下を先へと歩いていく。

 真似るように右足を機械に挿入するカイトは一瞬身震いする。

 靴の後ろを見て見るとすっかり綺麗になっていた。と言っても、カイトの靴は元々そこまで汚れてはいなかったのだが。


 室内をメイド姿を追って歩くカイトはあまりの広さに少しだけ驚く。

 彼女も専門医師を父にもつお嬢様ではあるが、億ションに住む機会はない。

 一軒屋で暮らす彼女からしたら新鮮なのは当然なのだ。


 そして、奥まで進むカイトは広いリビングに入る。

 リビングにはさっきのメイドさんに、白衣姿の中年おじさんがアイスのフタを開けて早速食べようとしている。


「あの…」

 カイトが話しかけると家主らしき白衣の中年がバッと立ち上がった。


「私の名前は(ひろし)という。ちなみにこちらのメイドは日笠(ひかさ)(なつめ)くん!私の奴隷兼家政婦と言ったところかな」

 という男の挨拶の途中でメイドさんがカイトに、「日笠です。裕人さんの身の回りの世話をしています」と挨拶する。


「私の挨拶にカットインするとは日笠くんも随分偉くなったな!…で、どうしてキミは制服を着ているのかね小野坂凜くん――」


 流れるような会話の中でカイトは、「半年間休んでいたということで、夏休み返上で学校で授業を受けているからです」と言う。


「あれれ~おかしいぞ~。確かBCOからの帰還者の学生は、主に1年間は精神的補助が行える特設の学校で修学すると小野くんに聞いたんだが…」


「はい。でも学校によって元通りに通学しながら指定の病院の精神科に通えば問題ないということで…」


「そうか、キミが通っているのは私立だね――しかも、お嬢様学校だ!小柄な体躯に大きな胸…共学だったら男子が"驚愕"するところだよ!」

 暫しの沈黙。

 そして、その沈黙を破ったのはメイドの日笠棗だった。


「裕人様のお世話をしてきます」

 そう言って日笠棗は廊下へ向う。

 カイトは裕人と聞いて、「ボクも――」と立ち上がる。

 しかし、神谷博――ヤトの父親がそれを制止する。


「凜ちゃん、キミは少し私と話をしてからだ」


「でも、ヤト――裕人くんがいるんですよね?」


「ああ、日笠くんが行ったのは裕人のところだ。でも、言っていただろ?"世話"をすると」


「ボクもお手伝いします!」

 カイトは小さな拳を握りそう言う。

 指を振ると笑みを浮かべて、「いいのかい?」とヤトの父は忠告する。


「今、裕人の所へ向うとあいつは"裸"で、下半身の局部を日笠くんが丁寧に洗うことで大変なことになっているぞ…それでも手伝うというのかい?」

 その言葉にカイトはそれを想像し顔を赤らめて、スカートを押さえながらゆっくりと腰を下ろした。


「…ところで話は変わるんだが、小野くんから裕人が人を殺してはいないと聞いていたかもしれない」

 カイトは顔を振ってから返事をする。


「確かに裕人は人を殺していない。しかし、小野くんが言うには"VRCDのデータでは5人ではなく6人裕人が権限を発動させている"らしいんだが、どうやら1人行方が分からなくなっているようなんだ」


「行方不明?でもBCOの運営側のデータからその人物の名前とID名は分かっているんですよね。プレイヤー名を聞いてもいいですか?私が知っているかもしれないですし」


「それがね、その行方不明の人間はBCOのデータ内に残っていないらしいんだ。ID名や住所、その他全て不明なんだよ」

 BCO内にデータが残っていないことからカイトはあることを思い出す。


「そういえば、ヤトがBCO外の人と対戦した時に1人だけ日本人を権限で倒したと言ってました。もしかしたら、その1人が行方不明なのかも」


「……運営データに何度かテストサーバーにアクセスした形跡があったらしい。外部からのアクセスだったから特定できなかったのか、フムフム…」


 そして話はカイトがどうしてここへ来たのかに入る。

 カイトは前置きで、記憶が消されていることで正確に伝えられるか分からないと言ってから話そうとする。

 しかし、今度はその言葉にヤトの父は待ったをかける。


「それはおかしいな。人の記憶は確かに消せるだろう。信号を作り出すことも可能だ。しかし、それをHMCを通して人の脳に送るのは無理なことだ」


「でも記憶を無くしている人は実際にいるんですよ?私だってここの住所を聞いたのを忘れていたし」


「……もしかすると、逆じゃないのかな」


「逆?」

 カイトは思わず首を傾げる。


「"記憶が消された"んじゃなくて、"記憶させられた"のかもしれない。つまり、偽の記憶…いや夢と言うべきかもしれない。おそらく自身の知らないことは記憶に残らないということじゃないかな」


「え……それは」


「そう、キミは元々裕人から住所を聞いてはないということだ。大体、あの自己セキュリティーの塊でできている裕人がゲーム内で住所を話すことはまず考えられない」

 その話にカイトは頭を押さえる。

 自身に植え付けられた記憶があるなんていうのは誰でもショックが大きいはず。


「夢は時々現実と勘違いしてしまうが、それと同じことがキミたちにも起きたということだ」


「そんな…私確かに聞いたんです」


「残念だが、人の記憶がネットワークを通じて消せるなんてことはない。HMCの保護機能は万全だ。…しかし、どうもこれは暴発(ぼうはつ)に思えてならない」


「暴発?どういうことですか?」


「BCOを乗っ取った組織が、おそらくはそういった機能を持つシステムを起動した時に、たまたまBCOに連動して機能が反映されてしまい、BCOプレイヤーの記憶に一部夢か現実か分からないものを生成したのかもしれない。つまりは"記憶を生成するシステム"が運用されているのかもしれない」


「記憶…メモリージェネレータ、いや、メモワールジェネレータというべきかも」

 カイトの言葉に、「いいネーミングセンスだね」とヤトの父親は指さす。


「これは小野くんにも報告しなくてはいけないな。米国側の意見は勘違いですとね――」

 立ち上がった神谷博にカイトは用件を伝える。


「あの!ヤトが…裕人くんが伝えてくれと言っていました。"早くなんとかしろ"――って」

 それを聞いたヤトの父親は笑い声を吹き出してしまう。


「はははは!"早く何とかしろ"と言ったのか!確かに聞き受けた!今もブラックボックスとして解析が一向に進んでない代物を、"早く何とかしろ"の一言で私が何とかできるような言い方ではないか!」


「……それで、どうなんでしょうか?ヤトは、BCOに囚われた人たちは――」


 神谷博は白衣を翻して背を向けると真剣な声で言う。


「私を誰だと思っている?神谷博、奇才多しといえど私ほどHMCとコネクトシステムに詳しい研究者はいない。小野くんがもうすぐ私の研究所へあの装置を持ってきてくれることになっている」

 カイトは、「みんなを助けて下さい!」と両手を握り締めて言う。

 そして、神谷博は背を向けたまま親指を立てるとリビングを後にした。


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