62 気宇壮大な女たち
無事にメトロに帰ったBJは1時間だけナナを待つことにした。
しかし、1時間経ってもナナは姿を現さなかった。
仕方なく16番街への帰路に着くBJ。
29番街に入ると出迎えたのはクロウ――ではなくエイリーンだった。
「よ!おつかれ!それじゃ俺は急ぐからさ~」
そう言ってBJは何事もないように彼女の横を通り―――過ぎることはできなかった。
「待って。今ならクロウはBJがここにいるって知らないはずよ」
「…だろうな」
「だから、その…」
エイリーンは黒い肌でもハッキリと分かるぐらい頬を赤らめる。
「悪いがエイリーン…こっちは急ぎの用事がある。人の命が係っているんだ」
「人の命?そんなこと言って私を騙す気なの?」
「バカ、騙してまでお前といたくないわけがないだろ」
BJは頭を掻いてそう言う。
エイリーンは、「なら今度は必ずここへ戻ってきてよね」とBJの腕を握る。
さすがにこれ以上寄り道する時間はないとBJは駆け足で29番街を抜け26番街に着く。
26番街のクロウの家を一瞥したBJはそのまま25番街へと向う。
「ちょっとそこ行く浮気者」
「おわ!って、なんだクロウかよ」
壁にもたれて腕を組むクロウはBJの言葉に、「何に驚いたんだ?」と言って壁を離れる。
「で、そんなに急いでどこへ行くBJ」
「決まってるだろ、帰るんだよ」
クロウはフっと鼻で笑って言う。
「"死の24番街"をどうやって抜けるつもりだ?」
BJは行きしなにガンブレイドを突きつけられたことを思い出す。
このままだと帰りは地獄一直線。
「あぶねー。もう少しで地獄への門を開いちまうところだったぜ!…でも、困ったな~どう帰ったもんか」
「私に一つ考えがある」
「お!本当か!よし!その考え乗った!」
それからしばらくして、クロウの家に入って行った2人が扉を開けて出てくる。
黒いドレスに着飾ったクロウが胸を揺らしながら階段を下りていくと部下たちが鼻の下を伸ばす。
「何やってんだ?さっさとこないかいBJ――」
「てめー…クロウ!絶対に許さねーぞ!」
家から出てきたBJが階段を下りるとクロウの部下たちは一斉にゲロを吐く。
なんとBJは、赤いドレスを纏い赤いカツラを被って現れたのだ。吐くのも無理はない。
「似合ってるぞBJ"ちゃん"」
クロウは不敵な笑みを浮かべてBJにそう言う。
彼女の作戦とはBJに女装させること。
さらにクロウがその前を歩くことで違和感を消す。
「俺がドレス着る意味あったのかよ!」
「え?あるでしょ」
「バックパックとガンブレイドは!?」
「それは私の家で預かっておく。また向こうの女に住み着かれたら困るからな」
「…そういうことかよ!ったく――」
BJはまんまとクロウの思い通りに動かされる。
そして、BJは19番街まで帰るのだが、26番街の検問所に向うまでにドミニクに笑われ、検問所でゲイルがゲロを吐き、23番街でムキムキの女性に気に入られて…。
と、色々とありはしたが…BJのひげ面が女装した場面など誰も期待していないに違いないから省略する。
「BJお帰―――り?どうしたのその格好」
ベロニカの前に現れたBJは胸に偽装させたズボンとシャツに着替えていたが、その顔にはしっかりと化粧をしていた。
「色々あんだよ、色々な……で、トオマの容態は?」
「大丈夫よ。って言っても体調がいいわけじゃないんだけど」
「どうやら間に合ったらしいな」
BJはベロニカに筒状の入れ物を渡す。
「何コレ?」
ベロニカはそれを開けるとすぐに何なのかを理解する。
「抗血清ね」
「苦労したんだぜ。どれだけ大変だったか~」
ベロニカはBJの頬にキスすると、「これだけで足りないなら後でもっとしてあげるから――」と言ってトオマのいる部屋へと入って行った。
BJは笑顔でそれを見送り、右側に掛かっていたカガミに映った自身の顔を見て、「わぉ!お、俺かよ」と驚くのだった。
その後、抗血清によってトオマはすっかり元気になる。
ミチルやミシェル、他の子どもたちもようやく安心して過ごせるようになる。
が、どうやらBJにとっては"これからが"大変な様で…。
一難さってまた一難。
ベロニカがトオマに抗血清を投与後。
すぐに祝杯にご馳走をと買い物に行くために玄関のトタンを押し開けた瞬間。目の前に現れた黒いドレスのスレンダーで豊満な胸の持ち主が道を阻んだ。
「…どちら様?」
「そうね――こちらはBJの"妻"ってことでいいかしら?あ、名前はクロウだ」
「……"妻"――…こんにちは、それじゃ…」
ベロニカは気にせずにクロウの横を通り過ぎようとする。
「待ちな…BJは私が連れて帰る――言いたいのはそれだけ」
クロウがそう言ってもベロニカは何も言わずに歩いていく。
「…泥棒ネコってわけでもないか――」
彼女はそう呟くとベロニカとBJの家から立ち去った。
メトロでの調理はほぼ行われない。
取り残された人類は主に缶から取り出した食べ物を主食とする。
「ちょっと!ブレット!それはトーマのなんだから!」
ミシェルは、横で短い金髪細目の子どもが缶を掴んだ瞬間頬を膨らませる。
「いいよミシェル。ボクはほらこっちのサバ缶が好きだからさ」
「ほらムイ、これハムエッグの。タカユキはこっちのハンバーグね」
ミチルは自分より下の黒髪の女の子と男の子の面倒を見ている。
彼女としてもトーマの体調がよくなったおかげで、また笑顔で過ごせるようになった。
BJもそんな子どもたちを見て満足げに笑顔を浮かべる。
楽しげな夕食風景。
しかし、ベロニカだけは1人あることを悩んでいた。
夕食後ベロニカに呼び出されたBJは2人の寝室にいた。
「話ってなんだよ?今日はもう疲れてクタクタなんだけどな」
「いいから座って――」
ベロニカは笑顔でそう言う。BJはベロニカの悩みになど気付かず、のん気にあくびをする。
「今日BJの"妻"だって人が来ていたわ」
それを聞いたBJは咽る。
「いつだったか…私が言ったこと覚えてる?BJはいつかここからいなくなっちゃう。お父さんみたいにね」
「ベロニカの親父さん……確か、真祖に――」
「そう第7真祖に見つかって死んじゃった。私や根無し草だった子どもたちを残してね」
「親を無くした子どもを拾っちゃ自分の子どもにしたんだろ~すげー人だな、ベロニカの親父さん」
「私たちを残してどこかへ行っちゃうんでしょ?」
ベロニカの言葉にBJは頭を掻く。
「……一つだけ言うとな。俺はさいて~な男だ!腐ったミカンのようなクズ野郎だ!…だからさ、もっと怒っていいんだぞベロニカ」
BJはそっとベロニカを抱き寄せる。
「…優しくするな~バカ――」
ギュッとBJを抱きしめるベロニカは顔を埋めるようにして涙を流す。
「3年も一緒にいたのに、子どもすらできなかったわね…」
「おいおいベロニカ、子どもだけが愛の形じゃねぞ。それに、永遠に会えないってわけじゃないんだ。また帰ってくる」
「この女たらし。…絶対なんだからね――」
次の日にはBJとクロウは16番街を去る。勿論、BJは女装してだが…想像はしない。
BJを深く追求しないクロウが器のでかさを窺えるが、その分BJの株が下がる気がしなくもない。
この世界で女性関係にアレなBJが、ベロニカ-クロウ-エイリーンと次々女性との問題を抱えても平然としているのは、おそらく女性たちのおかげだろう。
そして、BJが今も心配する30番街の工場で別れたナナがどうなったのか。
彼女は無事に帰れたのかを彼が知るのはもう少し後になってからだ。




