61 眷属
工場の建物内に入ったBJ。
侵入後すぐにナナに肩を掴まれる。
ナナは人指し指を口元に置き目線を下に向ける。
「嫌な予感がする。どうやら眷属がいるようだ」
小さな黒いネコが尻尾を立ててそう言う。
「どうして眷属だと?」
ナナは黒ネコにそう尋ねる。
黒ネコのシャドーは彼女の肩に上ると手を舐めてから、「勘だ」と言った。
「ね、BJ…もし眷属に出会っても戦わずに逃げて」
「は?なんでだ」
「言っても分からないかもだけど、彼らも人間なのよ」
「……確かにそうだな。奴らだって元は人間だもんな」
「…………そういう意味じゃないんだけどな――」
ナナの呟きはBJには聞こえない。
彼女はメモリージェネレータで記憶遮断されていない。
それは偶然にもBCOが終了した時にシャドー、ヤトの人格のコピーのコピーがアイテムストレージ内にいたため。
Blade Chain OnlineからVAMPIRE METROへと世界が移行する時、数秒間だけHMCへとアクセスできる時間があった。
その時に記憶を遮断するための信号を、そうとは知らずにシャドーは感知して防ぐことに成功した。
防ぐといっても、単に信号をHMC内の別のアバターに飛ばしただけでいつ気付かれるか分からない。
そして気付かれたならナナも確実にBJのように記憶遮断されてしまい、新たな記憶をジェネレートされてしまうだろう。
記憶の保ったナナは、眷属がプレイヤーであると知っているために、BJに"出会ったら逃げろ"と忠告したのである。
ナナにしたら"忠告"というよりも"願い"だったのかもしれない。
「とにかく、今は静かに行動しましょう」
「ああ!勿論だ!」
BJの言葉に黒ネコが、「早速声がうるさいんだが…」と呆れた顔をする。
工場内は本来自動で開くドアが全て開け放たれていた。
シャドーの案内で道を進むナナとBJ。
BJが飛び出たコードに躓いてナナの尻に顔を埋めたり、飛び出たコードを直接握って感電したりとハプニングもあったが、2人はそれらしき部屋を見つける。
部屋の中には試験管やハイテクな機械が置かれていた。
BJが当たりを探ると"抗血清"の文字が書かれてある機械を見つける。
「お…ぉ~ぃ」
BJはナナを呼んで機械を指差す。
「どうやらコレで抗血清を作れるらしいわね」
丁寧に動作方法が画で記されていて、ナナはそれ通りに試験管と保管庫と書かれた場所から取り出した液体を入れた。
スイッチを押すと機械が動いて試験管がクルクルと回りだす。
機械には360sと表示されていて6分はかかることが分かる。
2人は"これで抗血清が手に入る"とその場に腰を下ろした。
「BJあなたに話しておかなくちゃならないことがあるの」
ナナは神妙な面持ちでBJにそう言うと、自身の知りうる限りのBJの本当の記憶を話した。
BJは戸惑いながらもナナの話を真剣に聞く。
「後私が知っているのは……そうね…あなたが25歳で彼女がいない人ってことぐらいかな」
「俺が25?」
BJが不思議がるのも無理はない。
記憶上32歳のBJ、その前のこの世界がゲームで偽物の記憶で殺し合いを強いられている、なんてこともとてもじゃないが寝耳に水だ。
「ナルミヤバンジョウ…日本人――は~やばいな頭パンクしそうだ」
「ふふ。覚えておいて…ヤトの名前、マリシャっていう名前、ファミリアってギルドに――」
「そのギルドのメンバーだろ?俺の仲間でおそらくは26番街より下の数字のメトロにいるかもしれない…だっけ」
「そう。絶対に忘れないで。もしかすると真祖に襲われて眷属になってるかもしれないってこともね――」
BJは内心――んなこと言われてもな――そう思っていた。
機械が止まる音は抗血清の完成を意味する。
ナナは自動で開いた機械の側面から注射器を2本取り出す。
それを持ち帰るための箱も置いてあったが最後の一つのようだった。
「…BJがコレ使って」
「……そっちだってコレが無いと困るだろ?」
「大丈夫、私にはシャドーがいるから」
ナナはそう言ってシャドーに抗血清の入った注射器を差し出した。
「言っておくがナナ、私は便利なネコ型のロボットではないんだぞ。…ネコだけど」
右手をスラッシュするシャドーにBJは首を傾げる。
シャドーが空中を右手、いや、右前足でフモフモしてから左手で注射器に触る。
BJがジッと見つめる中で注射器はエフェクトを放って消え失せる。
「はぁ!……え!今ここにあったよな!注射!」
「シー!声が大きい。アレよ、ちょっとした手品なの」
ナナはボソっと"見せるんじゃなかった"と呟いた。
そして、BJはシャドーがフモフモとしているのを眺めながら異変に気付く。
小さな黒ネコが地面にいて、ナナは溜め息を付いて気付いていないがグールが物影から音もなく顔を覗かせる。
声をかければ気付かれる。
BJは仕方なくガンブレイドを抜いて撃った。
グールの顔は吹っ飛び。シャドーの顔も驚きで白目を向き、ナナは飛び退いてガンブレイドを抜く。
「…ありがとうBJ」
「いや別に…それより――」
「ナナ、BJの言う通り"それより"だ…アイテム整理に気を取られて警戒を怠ってしまった」
シャドーはすぐにナナの肩に乗る。
大きな爆発音がするとシャドーは言った。
「眷属がこっちへ向ってきている。それも複数だ――」
「BJ。眷属との戦闘経験は?」
「もちろんあるぜ!…っても2年も前だけどな」
「…2年ね。なら安心だわ」
「へ?ブランクが2年もあるのにどうして安全なんだよ」
BJの言葉からナナが安心するのも無理はない。
なにせBCOが終了してまだ2年も経っていないのだから。
「BJは先に逃げて。後は私が引き受けるから」
「おいおい、そりゃないぜ!俺だってヴァンパイアハンターなんだぜ!」
「呆れた…さっきも言ったけど、戦うのは無し出会っても戦わないでって言ってるでしょ」
ナナがそう言うと、「だから無意味だと言ったろうに」と黒ネコが首を振る。
素早くバックパックから四角い塊を取り出したナナ。
「爆弾よ。これがあれば問題なく逃げれるから」
「………でもよ」
「待ってる人がいるんでしょ?」
その言葉にBJの脳裏にトオマの顔が浮かぶ。
BJは一度決めたら後悔はしない性質だ。
「分かった!俺は先に失礼するぜ!急がなきゃいけねーからな。…だが、そっちもちゃんと逃げろよ――ナナ」
ナナは2本の指を立てて顔の前に突き出し廊下を走っていく。
そして、BJは窓を蹴破って鉤付きロープで地上へ飛び降りた。
飛び降りてすぐに大きな爆発音が響く。
「さっそくかよ!」
走り出したBJは工場の敷地内を出ようとする。が、その道を塞ぐように人影が現れた。
「…ちっ眷属か――」
青色の服はどこかスーツにも見える騎士服。金髪に白い肌の男は笑みを浮かべると2本の牙が露になる。
BJはすぐにガンブレイドに手をかける。
しかし、ナナの言葉が頭に浮かび鞘から引き抜くことはなかった。
「はいはいはい!逃げますとも~!」
バックパックから煙幕玉を取り出して目の前に放り、自身は右側の金網を登りだすBJ。
あっという間に金網の天辺へ着くとカーボーイハットを押さえながら飛び降りた。
広がった煙が眷属の剣によって払われる。
再び姿を現した眷属は金網の向こうのBJを見て、諦めたのか剣を鞘に収めると工場内へと消えて行った。
「諦めたのか…フー!なんとかなったが、これじゃーハンターの名折れだぜ」
BJは愚痴りながらも笑みを浮かべた。
「ナナは――逃げ切れたかな…」
そんな呟きを引き摺りながらBJはメトロへと帰る。




