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59 30番街


「ちょ、待て――待ってって!俺、今、急いでんだよ――」

 エイリーンに馬乗りでキスされるBJ。


「だったら早くすませないとね。じゃないとクロウに気付かれちゃう」

 上着を脱ぎ捨てて胸を露出させようとするエイリーンの手をBJは掴む。


「待て、こうしよう!帰りに必ず寄るから、だから、今は俺の用事を優先させてくれないか?」

 BJは内心"俺ってこんなに女にだらしない奴だったっけ"と不思議がっているが、偽りでも自身の記憶にもしっかりと刻まれているのだから間違いない。


「……そう言ってクロウとだけ――」

 寂しそうな顔のエイリーンにBJは"責任は俺にあるんだ"と言い聞かせて、「後で必ずだ」とキメ顔でくさいセリフを囁いた。



 エイリーンの誘惑を振り払ったBJはその後クロウの向った29番街へと足を運ぶ。

 彼には急がなくてはならない事情がある。16番街で待つトオマのために。

 BJが家を出てすでに20時間が経過しようとしていた。

 回復薬は買えるだけ買って備蓄してきたため、トオマはまだしばらくはもつ。が、それでも急ぐにことに損はない。


「遅かったじゃないBJ……ねーその口元どうしたの?」


「は?何?何かついてるか?」

 BJは素でさっき摘み食いしたバケットのカスでも付いているのかと思い、クロウに取ってくれと頼むがそれが口紅であるということをクロウは理解したのか。


「………」

 唐突に無言でBJにキスするクロウ。


「―――な、どうした急に?」


「ちょっと"上書き"してやろうって思っただけ」

 頬を染めるクロウはBJの脛を軽く蹴飛ばす。


「いで!…たく、なんなんだよ~」


「ちょっとは痛い目にあっておかないと死ぬよ――BJ」

 クロウの言葉は確かに的を得ていた。現状BJのフラグの立ち方は異常だ。

 しかし、とうの本人は本当に気にも止めていない様子。


 クロウは29番街のことで手いっぱいでその場で別れた。

 その後、ワイアットの案内でBJは30番街の入り口まで到着する。


「ここから先が30番街か…」


「……死者も避けるって言われているぜ。ケヒ!」

 不敵な笑みを浮かべるワイアットにBJは、「寒気をどうも!おかげで涼しくなってきたぜ~」と言う。


 30番街に足を踏み入れたBJ。

 さっそく違和感を覚える。

 モグラの数が少ないのだ。というか、ほぼほぼ見かけない。

 見えるモグラはどれも男で道具屋か鍛冶屋しかいない。

 女にしたら子どもから老人までいないとなると違和感しかない。


「なんだ……真祖でも攻め込んできたのか?」

 BJは取りあえず噂で得た情報を頼りに30番街の酒場へと向う。

 噂ではそこの亭主が抗血清の情報を持っていて、どこかのヴァンパイアハンターが高値で仕入れたと言う話だった。


「ここが、どうやら酒場らしいな」

 常にオープンな入り口を通ると円テーブルが4つ置いてあり椅子が乱立している。

 二つのテーブルに3人と2人のグループが酒を口にしながら、見知らぬよそ者のBJを一瞥している。

 店主はポッチャリとした中年のおっさんで、酒場にいる全員がどうやらヴァンパイアハンターのようだった。

 BJは入り口を真っ直ぐ店主のいるカウンターへと向う。

 ありきたりにグラスを拭く店主は、「いらっしゃい」と言ってBJに注文を聞く。


「注文?…バーボンロックで。後、情報がほしいな…例えば"抗血清"を取引してくれるハンターのこととかな」


「………フン。バーボン」


「…………(愛想のねー店主だな)」

 店主はグラスに酒を注ぐとBJの前に乱暴に置いた。

 BJは、「どうも――」と呆れ顔で返す。


「それで、情報の方は?」


「……"抗血清"ね。あんたこの辺の人じゃないから知らんだろうが、ここ最近それを取り扱うハンターはいなくなっちまったよ」


「いなくなった?前はいたってことでいいのか?」


「ああ。抗血清を作る機械のある工場がどうやら眷属どもの巣窟になっちまったらしくてな。皆、手を引いてジャンクあさりに夢中ってわけだ」


「ならその工場に行けば手に入るって訳だな?」

 店主は、「お勧めはせんがな」と再びグラスを拭き始める。

 そしてBJはもう一つ気になったことを店主に尋ねた。


「ここいらのモグラはどうしたんだ?やけに数が少ないようだが――」

 BJの言葉に店主はグラスを拭く手をピタリと止める。

 そして顔をグイっと近づけると小声で囁いた。


「モグラ狩りにあってんのさ」


「モグラ狩り?どこの誰がそんなことしてんだよ」


「さーな。気付いたら数が減ってるからな…そのうちまた減るんじゃないか」

 その他人事でお構いなしな態度はBJもイラッとする。

 が、話を聞かせてくれた手前怒鳴ることもできずに、「ごっそさん!マズイ酒だったぜ」と言ってダラーを置くと店を出た。


 その後、BJは30番街をウロウロと探索した。

 しかし、モグラがさらわれている様子はなく、ジャンクを漁った帰りのヴァンパイアハンターに工場の話を聞く。

 すると女のヴァンパイアハンターがBJとよく似た境遇で工場へ向うという話を耳した。

 話からするにその女は38番街の住人で、かなり強いハンターで黒いネコを連れているらしい。

 BJはその女と一緒なら安全に薬を確保できると考えて、工場近くの30番街の地上への階段を上って行った。

 階段の行き止まりは頑丈そうな扉があり、その前に数人のハンターが気を失って伸びていた。

 どうやらこの扉を管理する一味の下っ端のようだった。 


 扉が少しだけ開いていたため、女が既にその工場へ向ったことを察する。

 すぐに後を追って工場へと向うBJだったが、時折目に入るジャンクに目移りする。

 ふと、ワイアットの言葉を思い出す。


「死者も避けるって言ってたが…それほどでもなかったな――」

 BJの言う通り特に妨害や小競り合いなどは見かけなかった。しいて言えばさっき倒れていたやつらぐらいだ。

 一先ずBJは難なく工場へと向うことになった。



 真祖のテリトリーは隷属の化け物が徘徊するが、それは13番街だろうが30番街だろうが危険性は変わらない。

 あえて違う所を言えば土地勘がないと、いざという時に行き止まりで万事休すに陥るぐらいだ。

 そして、BJが今いるのは行き止まり。

 ハウンドに追われて逃げ回った挙句に迷子になった。


「やばいなこれ…」


 BJはバックパックに手を突っ込んで鉤付きのロープを取り出そうとする。

 しかし、その時助け舟のようにロープが上から降ってくるではないか。

 躊躇せず素早くそれを掴むと驚くスピードで体が宙へ舞った。


「なんつーバカヂカラだ~」

 軽々と鉄塔の上に引っ張られたBJは行き追いあまって頭をぶつける。

 痛がる彼にロープの持ち主が声をかける。


「B…Jなの?」


「は?」

 顔を上げたBJの前には黒髪をアンシンメトリーに右側をロングに左側をショートにした女が立っていた。

 腰に短剣を2本持つ女は、まだ口にもしていないBJの名を呼んだ。


「どこかで会ったっけか?君みたいな美人さんを忘れるはずないんだけどな――」

 BJがキメ顔でそう言うと女はクスクスと笑い出す。

 2人がそうしていると唐突に女の肩に黒い物体が現れる。


「そいつに話しかけても意味はないだろ。他の奴らとなんら変わらないさ」

 明らかに人の言葉を話すそれは黒いネコだった。

 女の肩に乗っている時点で不自然だが、それが話すとなお不自然。

 しかも、それの大きさは手の平に収まるほどに小さい。


「…小さいネコが喋りやがった――」

 鳩が豆鉄砲を食らった顔をするBJ。


「ちょっと…シャドー」


「悪い。久しぶりの対面を邪魔するのもどうかと思ったが、リリアックかクローがこちらに向ってきている」


「…………やっぱ喋ってる」


「BJ――話は後よ。ついて来て!」

 そう言った女は右手に付いた高度文明の産物である"フックショット"を隣の建物へと打ち込む。

 そして、女は簡単にジップライン降下をやってのける。

 BJは、「迷っている暇はねーようだな!」と落ちてあった湾曲した鉄パイプを使って女の後に続いた。


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