1 歪まされた世界
2076年11月
デジタル表記の時計が、視界中央の上部で11:00に変わると俺は頭のHMC:Head Mounted Connectの指定位置を2回指でタップする。
笑みを浮かべる顔が無表情に変わる頃には俺は仮想空間にいることだろう。
そして、夕方には一度休憩するまでは多分ログアウトもしないだろう。
そんなことを考えながら俺の意識は体から離れてHMCを通しその世界へと向かう。
例の空間に設定した姿の俺が目の前の項目を視界に入れる。
CharacterName:
その項目に打ち込むのはこの世界の俺の名前。
「Y―A――T―Oっと…」
YATOそれが俺の名前である。
名前が決定した時点で何故か新たに項目が表示される。
「"キャラクターを引き継ぎますか?"……なんだこれ――」
内容はテスト期間のステータスを引き継ぐかどうかだった。
そんなこと普通なら絶対にありえない。より早く強くなるためにプレイヤーが努力するVRMMOにとって、テストからの引継ぎはチートを使うようなものだ。
GM側がそんなことを理解していながら引き継ぎの項目を入れるなんてことは馬鹿げたことで。
新規ユーザーからしたら堪ったもんじゃない。
「引き継ぎ…」
俺はこの数週間のことを考えると、どうしても"いいえ"を選択する気にはなれなかった。
しかし、逆にこれが不具合だった場合は、スタートダッシュが完全に出遅れることになる。
「………」
他のテスターだったらどうするだろう。
"いいえ"を選べば間違いなく誰よりも有利に動ける。
しかし、"はい"を選べば圧倒的な有利か、二日ぐらいの不利かのどちらかになる。
「他のテスターなら――」
誰しも、こう思うかもしれない。
二日ぐらいの遅れなら取り戻せる、と――
"いいえ"を選ぶテスターは、確実に堅実にをこなす相手だ。
「かけで大事なのは決断力と無謀だ――」
俺は"はい"を選択した。
この賭けはこのタイトルにおいての分岐点。
軽快なファンファーレと同時に突然現れたポリゴンの荒いピエロ。
俺はGMのイタズラなのかと思って少し後ずさる。
『やーやーどうも!プレイヤーの諸君!BCOの世界へようこそ!』
いかにもピエロっぽい高い声。見た目は妙に不気味さを放っていた。
『僕はジョーカー。君たちには個別にお知らせをしているよ!』
何かのイベントか?まだ名前を決めただけなのにそんなはずがない。
『現在時刻を持ってプレイヤー諸君は、このBCO――Blade Chain Onlineに囚われの身となりました!おめでとー!』
FDVRMMOが普及し始めた頃にそういう事件があって、今ではあまり振れてはいけない話題になっている。
まして、GM側がそれに近い内容のイベントを進行するなんてありえない。
その違和感に徐々に鼓動が速くなる。
『オープンと同時に、マスコミ各社やネットにはそれとなく情報を与えたから、現状君たちの身は安全だ!』
「一体どういうつもりなんだ…」
一方的なピエロの話は続く。
『君たちに届いたであろうプレゼントは受け取って貰えたことだろう!』
目の前に開いたウィンドウにはある画像が表示されていた。
「これは今朝の…」
朝方に配達員から受け取った小型の外部ハード。
『その画像のハードはセキュリティーなんちゃらって書いてあったと思うけど!』
『全部うっそ~!これはね!超小型のセンサー爆弾なのです!』
「……」
爆弾。今このピエロは爆弾と言ったのか?
『これをHMCに取り付けて、このBCOにログインしたら最後!爆弾のセンサーが作動しちゃうのです!』
『想像してみて!キミの頭がレンジに入った生卵みたいに弾けちゃうところを!』
何かの冗談なのか――
『発動したらこの爆弾は取り外し不可能!無理に外そうとすればタイマーが起動して10秒でバン!気付かずにHMCを外してもバン!』
『もちろん、この世界で死んじゃっても―――バン!』
「イタズラにしては度が過ぎる…」
『まだ疑っているキミ~!左手でログアウトのボタンを押してみよう!』
俺は左手を振ってウィンドウを開くと――
キャラクターステータス、装備、図鑑、機能、その他――
それに続くはずのログアウトの文字が無くなっていた。
『もうそろそろ信用した?信用しようが信用しなかろうが、キミたちにここから出る手段は何一つとして残ってない!!』
これはじゃまるでいつかのデスゲームの再現ではないか。そんなはずはないのに、背筋が凍る感覚に襲われる。
『あ!間違いました!出る手段はあるのです!これはゲーム!ルールを設けよう!ルールは簡単!このゲームの全大陸をクリアすること!』
いつか見た過去の事件の実体験の話を自身が体験している違和感。
『そして!優しい~僕はもう一つ!クリア条件を増やしてあげます!その条件は――』
「………」
『約2千人のテスターの全滅!もしくは約8千人の非テスターの全滅だ~!始まるぞ!P!V!P!質が勝るのか!数が勝るのか!?』
「……なん…だと――」
ピエロのアバターが不敵な笑みを浮かべいる。
『テスターの頭には"T"の文字が浮かんでいるから、しっかりと差別化できているのでご安心を~!』
"テスター"対"非テスター"。
『どうだい!サイコーのゲームだろ?人と人との殺し合い…楽しいね~!ぞくぞくするね~!爆弾が付いたキミたちの現実の体も~病院に運び入れるなんてできないだろうね~!』
アレが本当に爆弾だった場合、こっちで死んだ瞬間に現実では爆発が起こる。
つまり、誰が近くにいるか分からないのにBCO内で急に死んだりしたら、現実で人を巻き込んで爆発してしまう。
誰も、怖くて近づけない。意識のない体を介護するどころじゃない。
そう考えると、過去の事件よりもたちが悪い。
『あ!そうだ!まだ残酷なお知らせがあります!テスター諸君!"いいえ"を選んだキミ~!残念!』
俺が"はい"を選択したアレか――
『弱くてニューゲームだよ!始まった途端に"始まりし街"からのスタートだ!周りは非テスターだらけ!どうだい!興奮するだろ~!』
この時、俺の脳裏には記憶にある始まりし街で敵だと言われた連中から囲まれて袋叩きにあう…。そんな光景が広がって――ハッとする。
『"はい"を選んだキミは運がいいね~!すぐに非テスターたちを殺せちゃうよ!僕なら興奮して鼻血がでちゃうな~!』
俺は自分が他プレイヤーを殺すことがイメージできない。本当に命のやり取りをしたことなんてないのだから。
『それじゃ~!Let's Killing!――――』
ピエロの頭がパン!と破裂して消える。
「…悪趣味だな――」
その後、すぐに俺の視界は真っ暗になった。




