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53 帰還した者


 2077年8月。


 都内某所―――仮想現実管理課の主要施設。


 そこではネットワークに繋がった据え置きのHMCシステムがいくつもおかれている。

 重要なデータの保管もされるため、一般の人間は出入りすることができない。

 しかし、明らかに一般人だと分かる姿がそこにいる。


 黒髪にツインテール。身長は156ぐらいで、学校の制服を着ている女の子。

 夏服の制服は特有の色香を放っている。

 デスクトップの前に座っている仮想現実管理課の男性職員の視線は、時折その色香に吸い寄せられてしまう。


 低めのソファーに座っているせいか、そのスカートから覗く太ももがさらに刺激的に職員の視線を誘う。

 女の子はテーブルの上のアイスコーヒー、そのストローに口をつけると一口飲み喉を潤す。

 グラスからテーブルに垂れた水を手拭きで拭う。そして、小さい手を膝に乗せ静かに何かを待っている。


 彼女がしばらく待っていると右手側の扉から大柄な男が1人入ってくる。

 男は彼女と視線を交えると少し腕を組んでから向かい側へと腰を据えた。

 少し違和感があるのはソファーが低いせいだろう。


「私が総務省情報流通行政局情報流通振興課情報犯罪対策室仮想現実管理課の小野です。…先に言っておきますが、放送のデジタル化なんてことはもうしてないです。主にICTの利活用の高度化や郵政事業の抜本的見直しに取り組んでいるけど、このVRCDはまったく別のことをしています」

 長々しい名前のあとに、放送デジタル化云々と言ったのは、おそらくそれを聞かれることが多いからだろう。


「ICT方面にしろ、郵政にしろ、大体はもう完了して次に仕事を与えられたのが、情報犯罪対策室なんて看板で仮想現実管理課というどこかを真似したような名称だ。元々はそちら側の方がネット関連の安全・安心を担っていたんだが、過去の問題が浮き彫りになると情報流通行政局長が向こうから権限を横取りしようとしてこちらにしわ寄せが来ているんだ」

 おそらく彼は長々しい名前にうんざりしているのだろう。皮肉混じりの愚痴が止まらない。


「あ、あの~」

 言葉を挟もうとした女の子だったが、小野はすぐに自身から本題に入る。


「で、小野坂(おのさか)(りん)さん……なんの用ですか?」


 小野坂凜。それがカイトのリアルネームである。


「あなたが小野さん……ヤト―――神谷(かみや)裕人(ひろと)くんからあなた宛に伝言があります」


 カイトの目の前に座っている人物こそ、ヤトを仮想現実管理課のエージェントとして引き入れた男である。

 ヤトの名前を出された小野は腕組みをして、「彼が一般人に素性を教えるとは」と驚きを露にする。


「いいでしょう。その伝言窺いましょう」


「ヤト、――裕人くんは、"俺は人を殺した。それでも今間違ったことをしているとは思わない。もし、帰れなかった場合は後の事は頼む"――そう言っていました」


「………なるほど――」


「あの。"後の事"ってなんですか?」


「…それをキミに教えるのは少し難しい。伝言は確かに受け取りました。あなたはこれから普通の生活に戻って下さい」

 小野はカイトをあしらう様にそう言うと、首につけた端末を操作して視界内に何かを表示させて操作しだす。


「あ、あの。ボク――私も、関係者です。彼に関することはあなたに聞いても構わないと、ヤ…裕人くんから言われています」


「………そうですか。それよりも、彼は"人を殺した"と自分で思っているらしいが…それは大きな間違いだ」


 カイトは首を傾げて、「それはどういう意味ですか?」と小野に聞く。


「BCOの運営データとこちらのデータを照らし合わせて、神谷くんがVRCD権限を発動させた人物は5人。それぞれの状況から警察には1人の情報を……おっと、コレは教える必要はないか」

 咳払いした小野は、「思考しながら話すと饒舌になるのは私の悪い癖だ」と言う。


「とにかく、彼がVRCD権限で切り伏せた者たちはそれぞれ元気にしている。1人からはBCOの情報提供をしてもらっている」


「じゃ、ヤトは誰も殺していないんですね」


 カイトはホッと胸を撫で下ろすと、「よかった」と呟いた。

 小野は何かの操作をし終えると首の端末を触り視界から消した。

 そしてカイトに、とある仮定の話をし始める。


「これはあくまで推測だが、VRCD権限で斬られた者は誰でも無事に帰還しうるのだと思う」


「誰でもですか?」


「ああ、キミも知っていると思うが、BCOに囚われたプレイヤーがHMCに付けた外部パーツは"高度なブラックボックス"だった」


 カイトや帰還した者たちのHMCに外付けされたそれを解析した専門家が公表したのは、それが現状では完全に解析できない代物だということだった。

 そう、解析されたのはカイトたちが帰還した後。

 それまでにBCO内で死亡した者たちがどうなったのかと言うと、ジョーカーの宣言通り頭を半壊させて死亡していた。


 全員がそうなったわけではない。一部のプレイヤーはとある条件下でのみ脳内を高周波で破壊されてしまっていた。

 外部パーツの内部は高度な構造をしていて、中東製の新型の小型爆弾に似たものが内臓されていた。爆発はそれが原因だ。


 機械部分は日本やアメリカの最新のものよりも一世代は先にあるもの。

 爆弾にしても、純正のものより性能で優れたものだった。


「解体過程で爆発したのは200個ほど。今も解体作業は続いている。そして、解体したものを解析するのにも手間取っている」


「ネットニュースで見ました。専門家の人が"絶対にありえない構造物"だと言っていました」


「ああ。何せ、中東とアメリカ-日本の合作のものなど考えられない。しかし、存在するということはコレを作った者がいるということだ」


 敵対している同士の性能を持ち合わせる構造物などどうやっても作られることはない。

 もし作られるとしたなら情報が漏洩しているということになる。

 しかし、もし仮にそれだとしても、その構造物が元の物よりも性能が高いということになると、専門家も"絶対にありえない"と口にするだろう。


「この謎の多い外部パーツはプレイヤーの死亡時に爆発する仕組みになっている。しかし、どこかしらと繋がっているようで、VRCD権限の持つ個人特定のシステムによってハックしようとすると、それをさせないために強制的にネットワークを切ってしまうようだ」


「それって、ハッキングされないように向こうからネットワークを切断しているってことですか?」


「そうだ。だから、神谷くんがVRCD権限を使い斬った者たちは爆発することなく帰還できている。彼はまだ人を殺していない」


 小野はそう言うとカイトに、「用件はそれで終わりかい?」と聞く。


「あと、裕人くんが今どこの病院にいるのか聞いても構いませんか?」


「…それは本人から自宅を聞いていれば家族から聞けることではないですか?本人が教えなかったことを教えることはできないですね」


「違うんです!教えてもらうには教えてもらったんです。でも、どういう訳か思い出せなくて――」


 その原因は医者にも分からなかった。カイトは帰還してから記憶の一部を思い出せない。

 それはカイトに限らず、複数のBCOプレイヤー帰還者も同様に起こっている症状だ。


「帰還者特有の記憶障害……その原因は今も調査が進められている。博士の見解では――"特定の記憶消去信号"がネットを介してプレイヤーに送られたのが原因――と言っていたが…」


「記憶の消去?そんなこと可能なんですか?」


「元々人の脳は"覚える"機能と"忘れる"機能を持っている。しかし、"忘れる"機能は日常では余り使わないことが多い。その機能が使われるのは精神が耐えられないほどの苦痛を伴った時だけ。それも制御も利かない範囲でだ」


「その機能を機械的に再現してボクたちの脳に影響を与えたということですか?」


「……また、饒舌になっていたようだ。キミの状況は理解した。神谷くんの所在を教えるとしよう」


「ありがとうございます!」


「彼は仮想課指定の病院にはいない。彼は自宅で現在も生存している。住所は――」


 カイトは小野からヤトの自宅の場所を聞くとすぐに首の端末にメモを取ろうとする。

 しかし、小野がそれを制止して、「この施設では一般の端末は使用してはいけない」と言う。


「え?でもさっき小野さんが――」


「私の首についているこれは仕事用だ。情報の一切を抜き取られてもいいならその端末の電源を入れても構わないが…おすすめはしない」

 カイトはその言葉に静かに首元から手を離す。


「小野さん、最後に一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「ヤトをエージェントにしたのはどうしてですか?彼はただの子どもですよ」


「……そんなことを聞きたいのかい?そんなの決まっている。彼が――」


 彼が、正義を求めていたからだ。


 その小野の言葉にカイトは少し違和感を懐いた。

 レッテルや肩書きを嫌うヤトが、"正義"という言葉を求める。

 そんな肩書きなど本当にあのヤトが求めていたのだろうか?

 カイトは、小野が嘘を吐いている気がして仕方がなかった。


 カイトは仮想現実管理課の主要施設を出ると、セミの鳴き声が鳴り響く中、覚えたての住所へと足を向ける。


 小野坂(おのさか)(りん)――カイトは現実世界に帰還していた。


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