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51 中断


 ジョーカーは右足で地面を踏み鳴らす。

 その瞬間だけ目で見えない波動のようなものが放たれた。

 波動は俺やKJを吹き飛ばすほどの威力を持ち合わせていて、さらにはHPも3割ほど吹き飛んだ。


「これはBCOの第3大陸のカンティネンボスのスキル"巨人の踏み足"と同じ効果があるんだ」


 おそらくは大陸を舞台にした特超級のレイドバトルがカンティネンボスの登場する場だったんだろうが。


 KJはゴロゴロと地面を転がっていく。俺も受身を取るのが精一杯で攻撃にはいけなかった。

 とてもじゃないがコレを連発されると――いよいよ俺も奥の手を出さないと仕方がない。

 HPをアンプルで回復してまた刀を避ける時間が続く。

 俺の槍は破壊不能の文字に阻まれ、KJは簡単には戦線復帰は難しそうだ。

 槍だけじゃなく、拳も蹴りもどうにもならない。

 防戦一方。


「VRCD権限を使えよライツ――」


 俺はVRCD権限を使わない。

 それは人を斬ってしまった後悔か、命を奪った罪悪感からか――

 今はまだ答えが見つからない。


「どうにもならないか」

 俺がそう呟いた時だった。

 ジョーカーの動きが止まる。それがどうしてなのかは分からない。

 だが、確かにジョーカーは左手で頭を押さえて苦しみだすと地面に膝を突いて嗚咽を漏らす。

 何がどうなっているか分からないが、おそらくこれは唯一の好機。


「KJ!」


「ああ!」


 立ち上がり駆け出すKJ。ジョーカーは刀から手を放して両手で頭を押さえる。


「――はあ゛!!」

 振り下ろされる大刀。

 それは確かにimmortal(イモータル) object(オブジェクト)と表示された絶対防壁を破壊した。が、ジョーカーの体に大刀が当たることはなかった。


「こ、これは!?」


「転移か……」



 エフェクトに包まれたジョーカーは一瞬にして姿が消え失せる。

 そして響く聞き覚えのない声。


「…こんにちはお2人とも。私は"バットマン"と申します」


「……バットマン―――だと?」

 KJはそう言うと大刀を地面に叩きつける。


「声だけではなく姿を見せたらどうだ!!」


 バットマンと名乗る声の主は、KJの言葉にその姿を現すことはなかった。


「いやはや、期待にこたえることができず面目ないしだいですが、私は戦闘はいたしません。ジョーカー君が戦意を失せたため助けに入っただけです。彼も重要なファクターですので――」


「助けに?演技かとも思ったが…どうやら違ったようだな」


「元々あなたたちの戦いはジョーカー君が割って入っていいものではなかったのですが~。彼も責任感の強い人間ですから~」


「責任感?……それで、私たちは戦いを続ければいいのか?」

 KJの言葉にバットマンは笑い声を出すと言った。


「はは~は!それでも構いませんが…今回はそれも中断いたします。お詫びにと言ってはなんですが、あなたたち2人だけに特別にいいことを教えて差し上げましょう」


「……お詫び?何をだ――」

 俺がそう聞くとバットマンは再び笑い声を出して言う。


「はは~は!この後、10分後――このBCOはサービスを終了します」


「…何だと?」


「――BCOが終わる?」


 俺もKJも意外な答えに少しだけ戸惑う。

 何せ誰しもBCOの終了ということがリアルへの帰還と同義だったからだ。


「ええ、BCOは終了します!そして舞台は新境地へと移行する。あー心配しないで下さい、帰還の件はこちらで"Lvの低い者たち"を対象に行いますので」


「待て――Lvの低い者だと!」


「はい!今回の報酬は1位の特権ですから、お2人になってしまった以上はこちらの最良に任せていただきたいです~はい!」


 KJは納得のいかない顔をしている。

 俺はそれほどではなかった。何せ、信用度としては口約束程度しかなかったからだ。


「KJ聞いたろ。BCOは終わる…でも、このデスゲームはまだ終わらないらしい」


「デスゲーム?いいえ!これは進化論ですよ!純粋に人の"変化"を促し、その過程を記録する実証形の進化論!DNAや遺伝による変化ではなく、あえて"脳だけ"の変化を私たちは望んでいます」


 私たち――


「お前たち"組織"の望みはそれか?」


 少しだけブラフを投じてみる。ここでのブラフとは組織という言葉で引き出せるものがないかどうか。

 "お前たちが組織だと理解しているぞ"、というブラフでYESかNOかを引き出す。


「……私たちの望み?…いいえ!これはむしろ私の望みですよ!」

 その瞬間の違和感は小さなものではなかった。

 バットマンは今"私たちの望み"と言っておきながら、すぐにそれを否定し"私の望み"と言い換えた。

 集団の望みであるかのように見えたそれは、よくよく考えれば個人の望みでしかなかった――そんなことは稀である。

 望みとは、ある一つに対し複数が同じ方向性を持っていたなら"集団の望み"になる。


 しかし、"個人の望み"だと断言してしまった以上はその望み自体が他とは別物、まったくもって別の方向性を持っているということになる。

 そんな勘違いはほぼありえない。

 バットマン自身が"個人の望み"を"集団の望み"のように言っておきながら訂正する。

 まるで、ついさっきまではバットマン自身が"集団"の一部であったのに、俺の質問によってただの"個"へと変わったかのようではないか。


「スタンドアローンコンプレックスって訳でもないだろうに――」


 組織でありながら縦にも横にも繋がらず、しかし、同じ目的を意識してそれぞれのやり方で行動し連携する。

 そんなやつらとなると今後の展開がますます見えない。

 一体、最終的にBCOで捕らえたプレイヤーに何をさせて、その結果に何を求めているのか…。

 そして、バットマンという存在が完全なスタンドアローンで動き出した事実。


「どうやらようやく私も愉悦というものを覚えたようです!今後も互いに進化していきましょう!」


 そう言ったバットマンの声は、それ以降聞こえなくなった。

 残された時間は8分程度か。


「どうやら茶番だったようだ。ヤト、これは私の勝手な頼みなんだが――」


 KJはそう言うと、いつの間にか装備し直した長剣と楯を手に、俺に斬りかかってきた。

 咄嗟に槍で受ける。


「何のつもりだ。もう、俺たちが戦う理由はないだろ?」

 笑いを浮かべるKJは囁くように、「いいや、理由ならある」と言って俺を弾き飛ばした。


 空中で体勢を立て直し着地した俺はKJを見る。


「ヤト――キミは自身の"正義"に対して何かを戸惑っている。いや、その正義自体が"未熟"と言ってもいい」


「俺の"正義"が"未熟"……」

 仮に俺の正義が未熟なら、成熟した正義とは?その二つの違いは一体なんだろうか。


「宣言しよう!私は今後も秩序という正義で人を斬るぞ。戦わず、逃げ、その身だけを守ろうとする"弱者"は斬って捨てる!」


「急にどうしたんだ?気でも狂ったのか――」


「私は至って冷静だ。ヤト…、キミの正義は私には捨て置けない。未熟な正義はただの暴力。暴力は悪だ。つまり、キミは悪だ――」

 KJの言葉は理解できる。が、納得できるものではなかった。


「キミの正義は決定的に破綻している。悪がなんなのかすら分かっていないんじゃないか?己の欲望のまま、ただ"それを受け入れられないから"と暴力を振るうのは"子どもの行動"だ」


「………」

 俺はKJに反論するだけのものをこの身に持ってはいない。


「私にとってキミは悪だ…。さぁ―――キミのその覚束無い正義で私の正義とどう戦う?」


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