44 独りきりの戦場
広い砂漠地帯。
しかし、砂漠と言っても少し熱く感じる程度の設定だ。
転送されてすぐに違和感に気付く。
ヤトの視線に映った姿はピエロの姿をしていた。アバターではない。
VRの中の映像。所謂ホログラムなどの3D映像となんらかわりない。
そして、それは口を開き、悪意を持って微笑んだ。
「やっと見つけた……ひ、ひひひひ!HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!――はは……VRCDのイヌ…Rights」
「…Rights(権限)――どうやらようやく俺という存在に気が付いたか…ジョーカー」
RightsとはVRCD権限を持つエージェントのことを指す。
その名称はVRCD内とそれを嫌悪する立場の者たち、違法業者側の人間しか呼ばない。
「ああYATO…愚かにも僕の前に立ちはだかる正義。お前のことを見つけたらどうしてやろうかと、毎日楽しみでしかたなかったよ~ヒヒヒ」
モニターの前のジョーカーの顔が大きく引き裂かれたような笑みを浮かべる。
「今日は、お前の処刑を行うために色々と用意してきたんだ」
「………処刑ね…」
「まず、システムでお前のストレージをロックする!」
【Lock】Item storageと表示され、ヤトが実際にウィンドウを開くとアイテムの文字が暗く表示されていた。
「なるほど――」
「そして、ストレージの中で一番STRの低い武器を強制装備!」
ジョーカーがそう言うと手元に見たことあるがヤトが知らない武器が現れる。
「……コレは…物干し竿?」
ユニークアイテムのそれはマリシャがヤトに贈った物。
おそらくストレージでスワーとして残っていたのだろう。
「似合いの武器だなライツ――」
その言葉にヤトは鼻で笑うと手に持ったそれを振り回す。
右手で回しながら、それを左手に移動して床に片方を突く。
「正直こっちの方が性に合っているんだが…」
ヤトにとっては剣より棒、棒より槍、槍より素手が得意であるためにそう言う。
ジョーカーはそれを見て少し沈黙する。
「で、今日はお前と戦うのか――ジョーカー?」
ヤトは挑発的に物干し竿をジョーカーに向ける。
それに対して、腕を前に突き出し指を左右に振ると、「チッチッチ――」とジョーカーは言う。
「今日用意した舞台はコレだけでは終わらないぞ!――ハイ!!」
指を鳴らした途端、無数のエフェクトがその場所に現れて次々とプレイヤーを出現させる。
「ん?何コレ…味方がいるのか」「沢山いるな――」「どいつが日本人?」
それぞれに言いたいことを言うプレイヤーたちは現状を理解していない様子。
「注~目!今からあの日本人"チート"プレイヤーを全員で処刑します!」
視線がジョーカーへ集まり、次にヤトへと向かう。
「殺します、日本人」「クソ!ジャップ!!」「死ね!小日本!」
おそらく集められたプレイヤーは日本人嫌いの外国人たち。
数は数えられないが、それはジョーカー自らがヤトに言う。
「総勢100名の敵だ……せいぜい足掻いてくれよライツ――いや、YATO――」
そう言って消え去るジョーカー。残されたヤトは100人のプレイヤーと対峙する。
開始のゴングはない。
いや、韓国人らしきプレイヤーの罵声がそれになった。
突っ込んでくるプレイヤーの剣を避け、左手の棒を背後で回し、足に引っ掛けて転げたところに右手で棒を打ちつける。
HPバーが4分の1減るのを確認したヤトは素早く3回同じように棒を打ちつけた。
ヘルスの消失でプレイヤーがゆっくりとエフェクトへと変わる。
「……まずは1人――」
1人いなくなったところでまだ99人いて、その誰もがそれを見て怯みはしない。
一斉に群れてヤトに近づくプレイヤーたち。
その光景は中世欧州の戦争を彷彿させていた。
しかし、その対象はたった一人。
その1人が華麗な棒捌きで戦う姿は中国のアクション映画にも見える。
砂漠の上でアクロバットな動きに他のプレイヤーは一切ついていけない。
巻き上がる砂が細かく再現されて、一層ヤトの動きがアクロバティックに見える。
ステータスが同一にもかかわらずまったく違う動きをするヤトに、「チーターが!!」と叫ぶプレイヤーたち。
黒いファンタジーコートと物干し竿という組み合わせは、普通なら変に見えてもしかたない。が、今はその動きが玄人過ぎて見蕩れるプレイヤーも現れる。
そんなプレイヤーも一瞬で足を棒で払われて、宙を舞っている間に4連突でヘルスを削られエフェクトへと変わる。
集団に囲まれても棒を器用に使い、頭上から囲いの外へと逃れ、その後にスキルによる素早い一突きが集団を吹き飛ばす。
「何をしている!相手は1人だぞ!!」
ジョーカーの声が響くとプレイヤーたちはブツブツと文句を垂れる。
「相手はチーターなんだろ」「あー無理ゲー」「パフミパフ!!パフナ!」
相手がチート使いであれば当然の反応。妙な言葉は韓国のあまりに酷い罵声でNGワードを喋ったためのものだ。
モニターで確認しているジョーカーは、イライラして右手に持っていた物を認識できないままに放り投げてしまう。
投げた物はPCのマウス。電池が飛び出てカバーが外れても、ジョーカーはモニターから目を離さない。
ヤトは戦意を失った相手でも容赦なく倒していく。
数が減ってくると、ようやく"ゲームらしい"戦い方をするプレイヤーが現れ始める。
左右に展開して投剣で攻撃。それを牽制で回避した所に大剣などでスキルを放つ。外れたらそれをカバーするために楯専がタンクとして前に入る。
「…少しは頭を使うようになったか――」
ヤトも相手が"烏合の衆"から"パーティー"に変わったことを理解して戦う。
棒で投剣を弾くことも容易にできたのだが、ヤトとしては、耐久値が減って壊れてしまうことを懸念して全てをかわし続けた。
戦闘開始から20分。
すでにプレイヤーの残りは30人を切っていた。
そして、ついにヤトが振るっていた棒の耐久値が攻撃による減少でなくなり、中ほどからヒビが入って砕ける演出が入る。
プレイヤーたちはそれを見て笑顔を浮かべた。
1人のプレイヤーが大剣を振りかぶって斬りかかる。が、それは時期尚早だった。
黒いファンタジーコートがフワっと広がり、大剣が空を斬るとそれ振るう男の体が上下逆さになる。
地面を仰ぎ見る男の横で、軽くジャンプしたヤトが踵を振り下ろすと、鎧を身に付けた男が地面に叩きつけられて砂塵を巻き上げる。
ヤトが倒れるプレイヤーを足蹴にすると、始めに棒で地面に伏した状況とほぼ同じ光景。違うのはヘルスの減少量ぐらいだ。
「……武器がなくなった――だからといって勝率が上がる訳ではないんだが――」
そこまでしてやっとヤトの強さに気がついたプレイヤーたちは、もう自棄で突撃しだした。
ヤトは向かってくる男たちをいなして殴る蹴るの猛攻。
少し距離をとって見ているプレイヤーは、「アメージング…」と言って呆ける。
気がつくと呟いたプレイヤー以外はもう1人もいない。
「1対100で100が負ける…確かにチートと言われるはずだ…」
男がそう言う理由は本来チートが、アイテムやステータスに反映されるが、アバターを動かすことには反映されないため。
例えば、自動でCPUとして常識離れの武術や動きができたとしても、それを人にチートでさせるのは無理。
それに、CPUがいくら強いステータスや武術の動きができても、1人を見ている間に他の方向の攻撃は防ぎきれない。
破壊不能な設定なら別だが、それなしに無傷ということに驚かないFDVRMMOプレイヤーはいない。
「あんたに負けるのなら仕方ないな――」
男の捨て台詞を聞いたヤトは、特に何も返答せずに殴って倒してしまう。
広い砂漠に一人だけになったヤトは呟く。
「……"コンバットグローブ"がなかったらダメージは通らなかっただろうな…」
そう呟くヤトは手元のグローブをギュッと握り閉める。
コンバットグローブは装飾のユニークアイテム。
効果は、"防具による殴打のダメージ減少を無くす"というものだ。
そうして戦いを終えたヤトは、再び転移して元いた場所へと戻るのだった。




