36 4月の道化
2077年4月
ピエロは3度目の恐怖を運んできた。
4月1日に現れたピエロは、『エイプリルフールだよ!明日皆死んじゃうよ!!どうしよう!?』とだけ言い残して消え去った。
そして、翌日正午過ぎに現れたピエロは、『昨日の信じた人~!バカだよね~!』と言って嘘であったことを明かす。
その嘘で何人が恐怖したかは定かではない。
そして、MALICIOUS GAMEという名の新たなクエストによって俺は、現状36戦目のデスマッチを開始しようとしている。
ゲームの説明時に"日本サーバー"とピエロが言ったことから、やはり日本以外にも同じ状況の他国のプレイヤーがいることが分かった。
そして、BCOに外部から接続できることからサーバー内に裏口があることも分かる。それはつまり、このBCOを作ったアーツの開発スタッフもしくはスポンサーの中にこれを企てた存在がいるということに繋がる。
だが、それが分かった所でそれが"個"であるか、"集"であるか、"組織"であるかは分からない。その上その目的となるとさらに分からない。
しかし、それらは今はどうでもいいことだ。今はこのゲームで一番になることが大事だ。
サーバーの中で一番になれば、報酬として帰還できる人を選べる。帰還人数は現状のほぼ半分で人選はBJに頼んでいる。
俺にKJ、アスランにヘイザー、後の6人もギルドのマスターやテスターのトッププレイヤーたちが、どこにいようと転移で強制的に戦闘フィールドとなる別の場所でほぼ同ステータスの敵と戦うことになる。
誰かが負ければ繰り上がりで別のプレイヤーがリストに載ることになる。
そうなればいづれナナやBJも、このMALICIOUS GAMEで外のVRユーザーと戦うことになる。
負ければ死。勝てば再び別の戦いが待っている。
日本サーバーで一番挑まれる可能性が高いのが俺であることは始めから理解していた。
VRCDのイヌとして、国内のタイトルには片っ端から登録し違法者をVRCD権限で排除していたのだから、ある程度恨みを買っているのは分かっていた。
しかし、8割の対戦相手がある格闘技のタイトルで俺のデータを元にしたAIと、対戦経験のあるやつらが挑んでくることが多かったのは俺としては意外だった。
それに、対戦するプレイヤーが今のところ外人。日本人以外であることも分かっている。
外国語が自動和訳されていることが会話から理解できた。
英語ならそれほど違和感はないが、韓国語やロシア語あとどこだか分からない言葉も時おり混じっていた。
なかでも韓国人の罵詈雑言はすでに聞き取れないぐらいで、取りあえず一瞬で勝利したことは覚えている。
それ以外の国の人間の中には、どうやら俺のAIの方のファンだったらしく挨拶からしっかりとしていて、戦闘後に「ありがとうございました」とか「本当に強い」とか言われることが多かった。
時に、「また修行付けて下さい」などと言う者もいて。俺の方は命がかかっていると分かってはいないようすだった。
ファンと名乗ったプレイヤーたちとの戦いは、基本剣ではなく素手での戦闘になるわけだが……。
相手の拳が遅いのか、俺の脳の処理速度が早すぎるのか。相手の動きが止まって見えることが多く、俺に攻撃が一度も当たらないことも度々あった。
ステータスがここまでくると格闘戦において組み技は必要ない。
というよりも、むしろ無理に素手で戦うより武器を持って挑んでくれた方が2,3回は攻撃が当たるかも知れないのだが……。
「死んでしまえよ!!小日本が!!!」
振りぬかれた剣がゆっくりと目の前を下がってゆく。
右にも左にも避けられる。が、取りあえず剣で弾いてみる。
「ぐぅ!!」
さすがは俺と同ステータス。吹き飛ぶということはない。
会ったことのない目の前のプレイヤーは、俺のHPバーが無くなると俺が死ぬことを理解しているのだろうか。
理解してここに立っているとすると彼は"悪"となるのだろうか。
「お前は悪か?」
「…あ゛?何を言っている?悪?それは小日本のこと!」
「お前は日本人だから俺を殺そうとしているのか?」
「だったらどうするんだ――」
「なら日本人の何が悪なんだ?」
「うるさい!バカ!!」
言葉が通じても理解し合える訳じゃない。理解できたとしても納得し合えるとは限らない。
そして、こいつは"悪"じゃない…ただの"子ども"だ。
払われた剣をかわし、切り上げからの振り下ろし。
もう一度剣を振り上げたところに突きを当てる。
赤いエフェクトと黒系統のエフェクトが飛散し消失する。
「悪とはなんだ――」
俺の正義は――――どこにある?
視界が歪み、もといた場所に転送される。
目を開ける前に横から衝撃がくる。
「ヤトお帰り!体、大丈夫?」
目を開けると左にカイトが立っていた。
いつの間にか日々の拠点となったこのホームも、どこに何があるかぐらいは把握できるほど時間を重ねた。
「ただいまカイト――」
MALICIOUS GAMEの期間がどれぐらいになるか今は分かっていない。
しかし、今の俺には自身の正義と悪というものの正体を見定めるにはいい機会になりそうだ。
「どうやら全員無事勝っているようだ」
ウィンドウに表示されたリスト表に目を向けると10人の名前が書かれている。
以前と変わらないことから誰も負けていないことが見てとれる。
始まりし街の雰囲気はこのクエスト開始後よくなった。
帰還への希望が濃厚となって、いつ終えるとも分からない恐怖の執着地点が見えたことがそうさせるのだろう。
しかし同時に、テスターたちは戸惑っている者も少なくない。
非戦闘員たちは"帰れる"と信じて疑わないが、今まで戦ってきた者たちだって帰還することが望みであることは間違いないのだ。
ヘイザーなどはテスターたちの帰還を謳ってトップを狙っている。
アスランも、自身のギルドのメンバーの帰還を優先している。
KJがどういう考えかは分からないが、ラビット曰くオーダーは"邪魔な人材の帰還を優先する"というよく分からないことを言っているらしい。
だから、他の奴にトップは譲れない。が、かといって彼らの意見を無視してもいいものかが悩みどころだ…。
俺の考えを察しているのかカイトは心配しているようだ。
「ね、ヤトは誰を帰すつもりでいるの?」
「…俺は子ども、女性、Lvの低い非テスターの順かな」
俺の答えにカイトは小さい声で言う。
「子どもには入らなくても、女性とLvの低い非テスターにはボクは入っちゃうんだよね……」
グッとカイトの握る手に力が入る。
「ヤトやBJ、マリシャやナナたちを残して帰りたくはないな…」
「そうは言ってもジョーカーが言っていただろ…選択できるのは曖昧なワードだけだ。それに俺はカイトだけでも先にリアルに戻ってほしいと思っている」
「それはボクが弱いから?」
「……いいや、違う。本当ならカイト、BJ、マリシャ、ナナそれにファミリアのメンバーを優先して返したい。けど、そうもいかない」
「あの囚われていた期間の遅れがなかったら、ボクもそれなりにLvを上げれたんだけどね…」
カイトは肩を落としてそう言うと机に額を当てて、「くやしいな~」と笑顔を浮かべているが、その目には涙が滲んでいた。
カイトはこのBCOで辛い経験をした。
唐突にこの時、俺は彼女にこのBCOの中で何かを見出してほしくなった。
「よし。カイト、これから少し出かけようか――」
カイトを連れて始まりし街の外へと出る。
向かう先は第2エリアの天岩戸と称される場所だ。
「ここはボスモンスターが護っていたボックス部屋…財物庫」
「こんなところへ連れてきて一体何をするんだい?」
「今日はカイトに気持ちよくなってもらおうと思っている」
その言葉にカイトは、「ヤ、ヤト!一体ボクに何するつもりなのさ!」と赤面して慌てている。
俺はその慌て方が何故か可愛く見えてイタズラしたくなってしまう。普段なら絶対にそんな考えには至らない。
「カイトは俺が何をしようとしているのか分かるのか?」
「な―――――」
耳まで真っ赤に染めたカイトが、「ヤトの意地悪――」と言ったところであの男がやってくる。
「わり~遅れちまったか?」
BJが右手を上げて近づいてくるとその後ろにはマリシャがいた。
「ごめんねヤト、カイトちゃん少し遅くなっちゃった~」
2人の登場にカイトは、「へ?どういうこと?」と疑問を浮かべる。
BJとマリシャを呼んだのは俺なのだが、カイトには教えていなかった。
特にサプライズという訳でもないが。
不思議そうな顔で、「ねーねー何するの?ね~ヤト」と尋ねるカイトに言う。
「まぁ、もう1人来るまで待ってよカイト」
しばらくすると旅人風の姿のナナが現れて、「ごめんね、アスランのレベリンクしてて遅れちゃった」と言う。
全員が揃った所で、俺は咳払いして言う。
「えーこれから、純粋にこのBCOを遊んでみようと思って皆には集まってもらったんだが…」
俺の言葉にBJは腕を組んで言う。
「ぶっちゃけ命かかってて楽しめるもんでもなかったからな~。俺はいい機会だと思うぜ」
「思い出作りをしようってことなんでしょ?違うのヤト――」
ナナの言葉に俺は頷く。
今日ここに皆を集めた目的はBCOでの思い出を作っておこうと思ったからだ。
MALICIOUS GAMEの報酬で帰還できるのは約4千人。
子どもと非戦闘員の合計が約1500人。非戦闘員以外の女性プレイヤーが1000人。それだけで2500人になる。
Lv30以下のその他プレイヤーが約4000人。この中からランダムに残りの人数が選別されるわけだが、正直それは希望論に過ぎない。
ジョーカー側の企みで実際には1人も帰還できない可能性だってありうることだ。
逆に当初の人数より多く帰還できることだってある。
わざわざゲーム性のある物言いをしている以上は、ジョーカー側も何らかのプロットを描いてここまできているはずだ。
ゆえに絶望したり悲観したりするのは必ずしも必要とは言えない。
ジョーカーたちの上にいるのが組織だとして、彼らの目的といえるものが何なのかは不明だが。
"プレイヤーを殺害する"のが目的ではなく、他の目的の副産物が"プレイヤーの死"であるような気がする。
これは俺の推測の域を出ないわけだが―――
「ねーヤト何をするんだい?」
カイトの言葉に俺は左手の操作でアイテムを出す。
それは、先に騎士の姿を模った宝石が付いた杖。
「今からボスを再召喚してこの4人で戦うんだ」
俺の言葉にカイトは少し間を取って叫んだ。
「え~!!」
それは、カイトにとって初めてのボス戦になる。




