32 繋がり
第9エリアはシトリーという街が最南にあり、北へ向かうほど森林地帯が広がりだす。
本来ならプレイヤーの最初の難関になるであろうハイドして進めないフルエンカウントの平原エリアになっている。
が、現状は中盤で現れるはずのモンスターがゾロゾロと徘徊し、プレイヤーにとっては1対4になったり、5対35になったりするデンジャーゾーンになってしまっていた。
レベリングの効率だけなら別のエリアの方が格段にし易い。
そのため、シトリーに拠点を置く幻影の地平線のサブマスターナナでさえ、初めてエリア内へと足を踏み入れたぐらいだ。
フルエンカウントだけあって敵の認識範囲に入ってしまうとタゲは絶対に離れない。
しかし、ナナの通る場所はモンスターの沸かないエリア内にあるモンスターの死角。
隣接する第10エリアとの境界。そこをナナは移動しているのだ。そこは地上と空の交わった地平線のような場所。
この移動方法はアスランが見つけたもので、ギルドの名前の由来でもある。
もしかするとヤトもこの方法で移動しているのかもしれないが、アスランが先かヤトが先かは今は問題ではない。
ナナが急ぐ理由は前回との条件の違いである。
ヤトがいなくなってすでに時間が経ちすぎている上に、ボスのフィールドがどの辺りにあるのかも見当すらついていない。
境界の上を移動していてそれが見つかる可能性も低い。が、今回平原ということが幸いし、遠くまで見渡せるためフィールドの波さえ視認できれば問題はない。
駆けるナナの視界に潮の満ち引きの様な波が映る。
境界上から出てそこへ一目散のナナは、敵に視認されないよう最速で平原を駆け抜ける。
ボスのフィールド内に人影が見え、他には一切何もいなかった。
フィールドの前で立ち止まったナナ。
彼女の存在にヤトは気付かない様子でウィンドウに目線を止めている。
その光景から分かること。それは既に彼がボスを倒しているという事実。
ナナはフィールドへと入ると、自身のAGIの最大を出し切ってヤトへと体当たりした。
「この~バカァァアア!!」
「――がぁ!!」
不意打ちだったからか、ヤトは避けることなくその攻撃を受けた。
倒れた彼はナナを視界に入れると言う。
「…いきなり――何しやがる…」
ヤトは驚きですぐに立ち上がれなかった。
ナナはヤトの言葉に、無言で倒れる彼の上に腰を下ろして右手と左手を交互に振り下ろした。
「…ちょっ。待て、どうしたんだ――落ち着け!」
堪らずヤトはその両手を受け止める。
受け止めた瞬間にナナは叫んだ。
「心配した!!」
ナナは目から止め処なく涙を流しながらヤトに叫び続けた。
「1人で戦って!1人で死のうなんて!!絶対にさせないんだから!!」
ヤトは黙って彼女の言葉を聞く。
「人は1人じゃなんにもできないのよ!1人で悩んでそれで解決しようなんて無理なの!」
「……」
「私を頼ってよ!今度こそ助けてみせるから!必ず力になってあげるんだから!!」
その言葉はナナが親友を救えなかった痛みから出た言葉だ。
ヤトはただただ泣く彼女を支え続けた。
しばらくして泣き止んだナナはヤトの胸から顔を離す。
ヤトは彼女が立ち上がるとすぐに自身も体を起こした。
「ごめん、私…取り乱しちゃって」
「別に、構わないさ……けど、さっきの――"1人で戦って1人で死のうなんて"ってやつ。どういう意味だ?」
「…どうって、ヤトがほら、何とか権限でBJさんたちを助けるために人を斬ったんでしょ?それでヤトが死のうとしているんじゃないかって…」
ナナの言葉にヤトは「なるほど、なるほど」と言う。
「それに、フレンドもブロック状態だったし。ここ最近ブラックプレイヤーを狩っているって――」
「それは俺じゃない」
「え?」
「最近ブラックプレイヤー狩りをしているのは別人だ。フレンドをブロックしたのは、BJに変なこと言っちまったからだし。別に死のうなんて考えていない」
「……じゃ…私の――」
ナナはそうと分かるとその場にへたり込んだ。そして、「そっか…よかった」と呟いた。
立ち上がった彼女はヤトに眉を吊り上げて言う。
「どうして1人でボスと戦ったりしたの!ヤトも言ったよね!ボス攻略は難しいって!」
「言ったけど、それはキーボスのことで…ここはほらキーボスじゃないことは分かっていたし」
「……それって…どういうこと?」
「つまり、俺は単に経験値を稼ごうと――2ヶ月もサボっていたんだからな。ザコ狩りするよりも、チートじゃないだろうボスと戦った方が手っ取り早いってさ」
「それ、勘で"ここのボスがチートじゃない"と思って戦ったってこと?」
「いいや。ヘイビアのボスと戦った時エリア拡張がなかったからな。傾向からして、街のあるエリアボスはキーにはなりえないんだろうと思っていた」
「もし全部のボスがチートボスだったらって考えなかったの?」
「それはないだろ。もし、全てのエリアボスがチート設定に変えられていたりしたら、もうGM側に工作員がいるどころか、作った製作元もこの事件に関わっているってことになる」
「…確かにそれは」
そんなことが可能ならいちいちボスをチート化するでなし、モンスター全てをチート化すれば手っ取り早い。
「可能性で言うと5%もなかったんだ。絶対的にそれだったから俺は戦ったんだ。だから、心配なんて必要なかったんだ」
「…心配するなって方が無理よ。いきなり姿を消していなくなるんだもん」
ナナの言葉にヤトは、「いいやそんなことはない」と言う。
「俺は伝言を残しておいたんだが――聞いていないか?」
「……伝言?なんのこと――」
結論から言うと、ヤトは伝言を残しておいた。
彼のコピーのコピー、シャドーという名のウサギの人形にタキシード姿の小さき者に。
その事実をシャドーに確認すると彼は言った。
「ふむ。どうやら私の機能異常で"他人からの伝言を伝え忘れる"という問題が発生しているようだ」
その聞き苦しい言い訳にカイトは、「マリシャさんの胸に夢中で忘れてたなんて…言わないよね」と本気で怒っている様子だった。
マリシャはヤトに笑顔で「お帰り」と言って、ナナにも同様にそう言った。
そして、BJやファミリアのメンバーがゾロゾロと集まるといよいよ大騒動だ。
ヤトも「おいおい…」と言うほど、自身のことでここまで人が集まっていることに驚く。
その時BJがヤトに言った言葉は、「ここにいる全員がお前の心配してたんだぞ」だった。
ヤトはその場に集まった人間のことをそれほど気に留めてもいなかったが、逆に彼をその場にいる全員が気にしていた。
その事実は彼にとって本当に意外なものだった。
集まった面々にBJが言う。
「無事!俺のダチが見つかりました!皆さん!ご協力ありがとうございました!!」
BJに促されるようにヤトは集まった人に向けて頭を下げた。
その姿にヤトの誤解がその場で一瞬で解けたのは、BJが事前に説明していたのと、あの時助けられたファミリアメンバーと猫の手たちが説明して歩いたからだ。
カイトがヤトに抱きついて何度もお帰りを言う。
おそらく、この時にヤトが自身のことを彼ら、BJ、カイト、ナナ、マリシャに話そうと決意したのかもしれない。
ちなみに――シャドーはこの後ナナに散々玩具にされてしまうのだが、それはヤトも知らないことだ。




