25 変化するBCO
2077年2月17日
ヤトが意識を失ってから一月以上経過した。
ボクのところにヤトを担いできたのは幻影の地平線のサブマスターナナだった。
第7エリアのボス討伐でヤトが意識を失ったと聞いた。
頭の上に"ログアウト"が表示されていないから感覚器官はそのまま残っているだろうと推測する。けど、ゆすっても叩いても起きやしなかった。
ナナに「どうしてボクのことが分かったの?」と質問すると、彼女は変なことを言った。
ヤトの記憶を見た。ナナはそう言うとヤトを隠すためにボクのホームを選んだと言う。
幸い、ボクは長い期間閉じ込められていて顔や名前が知られていない。だから、ナナはボクに最初に話したんだろう。
その後、マリシャさんにもナナが伝えてBJにもそれが伝わっている。
この一月でこのBCOは変化した。
始まりし街は隔離されて、内から出れなくなってしまった。と言っても完全ではないため、ナナは3日に一回はヤトの様子を見にくる。
閉鎖しているのはギルドオーダーだ。彼らはあの日、自らが第7エリアを開放したギルドだと名乗りを上げた。
しかし、2月2日に"第7エリアを攻略したのは幻影の地平線だ"と正式に発表されると、それまでの英雄視されていた部分が偽りであることが判明し、二つのギルドの間で抗争めいた騒動となった。
始まりし街をオーダーが占拠し、ヘイビアをクラウンが。第7エリアの先にある第9エリアの街シトリーには、幻影の地平線とそれに前習えなギルドやソロプレイヤーが占拠した。
1週間の間に見る見る街は変化し、プレイヤー同士のケンカも口での言い合いから今ではデュエルにまで発展してしまうこともある。
特に、オーダーに所属するテスターの中には、非テスターたちからモンスタードロップのレアアイテムを巻き上げる行為もあったり。
「ヤト…この世界が崩れそうだよ」
ベットに横たわる黒い髪を撫でると仮想のアバターであることを再確認できる。
その横の小さいテーブルに置いてある花瓶に生けた花は、VRらしく枯れない。
絶対に枯れないはずのそれさえ今は儚く見えてしまう。
「で言ったわけだ。"お前たちを倒すのに左手はいらない"ってね」
「片手で倒しちゃったの!7人を!?ヤトって格闘技使えるんだ~それでそれで?」
ボクの後ろで椅子に座っているのはマリシャ。
そして、もう1人の饒舌なヤトはAIのシャドー。
その姿がタキシードを着た小さなウサギなのは、ヤトのアイテムストレージ内にあったレアアイテムで、アバターとして唯一シャドーが同期できたものだったから。
シャドーのことは、ナナがヤトの記憶を見たことからその存在を見つけることができた。
その小さなウサギの人形は自らシャドーと名乗り、ヤトにとってコピーで双子で弟のようなものだと言った。
そして、さらにそのコピーのコピーらしい。けど、だいぶ性格は別物だった。
「二人とも、もう少し静かにしなよ。ヤトに迷惑だよ」
ボクの言葉に二足歩行のタキシードを着たウサギの人形は、マリシャの膝上に立って言う。
「カイト心配は要らない。なぜならジャスティスは、言うなら"深い睡眠"についている状態だ」
「だからって――」
「いいかい、彼は戦闘中に常人の脳の限界を超えた処理をしたことで現実の体で鼻血、もしくは吐血を起こしてしまったと推測される」
「それって本当に大丈夫なのかな。FD中の人が吐血するなんて聞いたことないけど」
「彼は特別だよ体が、いや、脳がそういう風になってしまっているんだ。吐血や鼻血はストレスからきて、放っておくと強制ログアウトさせられてしまう。が、すぐに対処すればそれは回避できる」
「なら、なんで起きないのさ」
「いいかいカイト。ジャスティスの脳は常人を超えられるが、同時に常人と同じ性能なんだ。脳が負荷による経験からProgressしようとしているから起きるのに時間がかかっているんだろう」
「プログレス?成長…発展しているってこと?」
「Mr.ジャスティスはそうやって脳の拡張を行ってきた。無論彼にその意識はないがね。人の神秘のなせる業と言える…が、AIとして言えば―――"エラー"としか言いようがない」
まるでヤトと話している気になる。
けど、マリシャの胸をモフモフしている姿は絶対的にヤトとは違うと思うな。
「ね~うさちゃん。ヤトのコピーならヤトの好きな人って誰だか分かる?」
唐突なマリシャさんの言葉にボクは戸惑いを隠せない。
「ななななにいっているんだい!ヤトのプライバシー的には、そういうことを本人以外から言われるのは嫌じゃないかな!いや、きっと嫌だと思うよ!」
「なにカイトが慌ててるの~?別にヤトが構わないって言わなくても~、うさちゃんが言ってもいいって言ったら大丈夫でしょ~?だって本人のコピーなんだし」
「ダメだめ駄目!絶対ダメだよ!きっとヤトは嫌がるよ!」
ボクが必死にマリシャを説得しようとしたらシャドーは空気を読まずに言い出した。
「いいだろう!乙女なら男が自身を好きでないかどうかを知りたいのは当然だ!私が教えよう!ヤトが好きな人!それは―――」
どうしよう。シャドーを説得できそうにない。
「それはそれは!」
期待の眼差しを向けるマリシャさん。しかし、シャドーの答えは意外なものだった。
「ペラプットプププのプタライブデト!」
「……」
その言葉が人の名前だとは到底思えない。
マリシャさんも口を開けたまま止まっている。
「…ね~うさちゃんもう一度ヤトの好きな人を教えて~」
「だから、ペラプットプププのプタライブデトだと言っているだろ………どうした二人とも?」
「その…"ペラプットプププのプタライブデト"ってのはなんだい?何かの復活の呪文かな?」
小さなウサギの人形は短い手で自身の頭を触る。
「どうやら、切り離しの際にその辺の記憶領域は不要だと思った私の本体が中途半端に省いたらしいな。知っているがデータが破損しているため言えない。むしろ"知っている振り"をしていたようだ」
ボクとマリシャさんはガクッと肩を落とした。
その後、ドッと疲れが出て気分転換にヤトの体を触ろうとした時。
コンコンとドアが叩かれる音がして部屋を出ると、入り口のドアの内側にウィンドウが表示される。
そこに映ったのはナナで、ボクは迷わず"入室許可"を押した。
「やぁ、いらっしゃい」
騎士服ではなくNPC街娘風のナナは入ってすぐにそれを聞く。
「ヤトは?」
「いつも通り…今も夢の中だよ」
「……」
ナナは少し視線を落とすとヤトの寝かせた部屋へ向かう。
「外の様子は?」
「外もいつもと一緒。非テスターがテスターに怯えて始まりし街からどんどんヘイビアへ移っているわ。その途中でいるはずない強力なモンスターに襲われた人もいたみたい」
「オーダーはその機能を完全に失っているね。今やBCO1の凶悪ギルドだよ」
「確かにそうだけど、子どもたちや非テスターを護るプレイヤーだっているのよ。ヤトのフレンドのBJさんたちのギルドにそういった人たちがオーダーから移っているし」
「BJさんね。マリシャさんもギルドの一員として戦っているし、あのポジティブな性格は今の始まりし街には必要な存在になってしまったからね」
マリシャさんに挨拶したナナはヤトの隣に座ってその手を握る。
「でも、こんな状況にしたのはアスラン……いいえ、幻影の地平線の所為でもある」
「……第7エリアのボス討伐の件だね。ワザとオーダーの手柄に見えるように日を置いてから名乗り出て混乱を起こさせた。KJって人もあの日以来表に出てきてないようだし」
「ヤトのことを探しているのかもしれないわ。ラビットを第9エリアの街シトリーで何度か見かけたもの」
シャドーがマリシャさんの胸をあまりに揉むのが気になって、とりあえずボクの膝元に捕らえる。
「まさか、始まりし街にいるなんて考えもしないだろうね」
マリシャさんが「灯台下暗しね」と笑顔で言うと、シャドーをボクの膝から奪い取った。
「アスランもどういう訳かヤトのことを探しているようだし。私も疑われているようで…早くヤトには目を覚ましてもらわないと」
「そうだね。バレンタインイベントも終わっちゃったし、イベントアイテムで観覧車エリアに行けたのにな~」
「……カイト、あなたって女の子が好きなのよね?」
唐突にボクの顔を覗きこむナナの顔は美人で綺麗な顔で、ボクの可愛い綺麗な顔と対面させると、昔なら想像しただけで興奮していたのに今はちょっとした危機感を感じる。
「…隠しても仕方ないから言うけど、ボクは可愛い綺麗な女の子と―――ヤトが好き」
本当なら顔から火が吹くほどに恥ずかしいけど、なんとか表情にでないようにがんばった。
「……知ってた。だって女の子だもん。一度危ない所を救われたら好きにもなっちゃうわよね」
笑顔でそう言うナナはヤトのことを好きに違いない。
でも、彼女がどうしてヤトを好きなのか、その理由が私には分からない。
マリシャさんもヤトのことを好きでいるみたいで…。
ついつい寝ているヤトの変わりに、マリシャさんの胸を揉むウサギの柔らかいデコを弾いてやるのだ。
「えい――」




