21 YATO
ヘイビアのストックルームでアイテムを取り出し、ストレージ内を整理し直す。
俺はその場でLvを上げる。溜めておいたEXP分で11は上昇した。
ステータスを振る手が震えているのに気がつく。
恐怖か武者震いか。
昔親父に言われたことがある。
"お前は仮想現実でできている"と――――
YATOというプレイヤーネームはリアルの名前からきている。
神谷裕人。その名から谷と人をとってヤトと名づけた。
苗字と名前の後ろの漢字二文字からなんてのはMMOプレイヤーでは珍しくもない。
親父はHMCの開発主任で、母はその会社の役員。
幼少から身近にあったFD環境が今の俺を構成している。
兄は母の教育を受け、俺は親父から教育を受けた。妹は――今は気にしなくていい。
母は兄を優秀な跡継ぎとして育て、俺には関心が無かった。
親父は2歳の俺にHMCを付けさせて仮想現実に度々ダイブさせた。
当時、HMCの使用規定に年齢制限は無かった。が、俺が5歳になった頃、5歳しては普通とは違った価値観を持っていると親父が理解すると9歳以上の規定が付けられた。
大人しい、正義感の強い少年。いや、正義感の"強すぎる"少年。
小学3年の時、クラスでイジメをしていた同級生を半殺しにした。
殴る蹴るではない。腕の間接を外して、足首をヒビが入るくらいに踏みつけて、首を絞めて気絶させた。
イジメを受けていた同級生も、イジメをしていた同級生とも、大して関係の深い相手ではなかった。
呼び出された親父はノラリクラリと事を治めて、母は相手側に訴えないよう金をチラつかせて圧力をかけた。
その時の母の顔は覚えていない。おそらく顔を合わせていなかったからだ。
その後も何度かそういうことがあった。次第に周囲とは距離をとられ、学校にいる間は勉強、家に帰るとVRへの日々。
初恋は親父の開発したAI搭載のNPC。仮想現実で初めて本気で恋をして、それは"開発中止"で唐突に壊れた。
目の前でAIチップを叩き割った親父を始めは恨んだ。だが、仕方ないことだと理解する自分がいて。
時間の経過と共に心の傷は癒えた。
その後、小学5年の頃VR世界で出会ったプレイヤーに対し恋心が芽生え、そのアバターの中の女性が違法HMCによって日々、実の父に虐待を受けていることを聞く。
本人に住所を聞いて比較的近場だったため、彼女にどの時間帯にそれが行われているのかをあらかじめ聞いておいた俺は家に乗り込んだ。
HMCを付けた裸の女性、数人の裸の男たち。
後で聞いた話だが、女性は中学三年で裸の男たちは、その父親の集めた売春相手だったそうだ。
HMCで意識や感覚のない未成年にそういった行為をすることは、それまでも度々ニュースで目にしていた。
全員の下腹部を潰してVR世界で覚えた格闘術を駆使し女性を助けた。
その後、警察の事情聴取。
病院で精神鑑定を受けた。
異世界逃避症候群【Different World Hegira Syndrome 】、ネット用語ではVRESCと呼ばれる病気だと診断された。
中でも特殊な英雄願望症候群【Argonaut Syndrome】かも知れないと診断した精神科医は言ったそうだ。
それは英雄症候群【Hero Syndrome】とは少し違ったものらしい。その辺は専門家にでも詳しく語ってもらいたいところだ。
母のおかげで精神病院に入院はせずに済んだが、その時母に言われた言葉が「厨二病はVRの中だけにしなさい」だった。
その日からVRにおいて悪いと感じたものや事を徹底的に根絶しようとした。
非正規タイトルを純粋なプレイヤーとしてチーターと戦ったり、違法MODを使うプレイヤーにも挑んだりした。
幸い親父から対チートシステムや削除ツールをHMCに入れられていて、こと違法MODやチートには強かった。
小学6年でカイトと出会って、久しぶりに友達のような存在を持った。
しかし、中学一年になる頃には別の違法タイトルへ入るようになってカイトとは疎遠になっていった。
どれだけ駆除しても違法は、悪は無くならなかった。
中学二年の春頃に親父に紹介されたのがVRCD、仮想現実管理課の小野という男。
彼の権限で与えられたのは仮想現実での特級権限。
IDからジェネレートされたそれらで、違法者並びチーターやアイテムを斬る撃つなどの攻撃行為をすると、相手側の情報を抜き取ると同時にアイテム削除、アカウント停止にすることができるとのことだった。
その日から、ダイブ時間が大幅に増えた。
仮想現実において悪を根絶できないことは分かっていた。
しかし、リアルにも影響力のあるVRCD権限は俺に可能性を見せた。
戦って戦って戦って戦って戦った。
ある日、ダイブ中にそれは起きた。
チーターとの激しい戦闘後、思考が途切れて気がつけば強制ログアウト。
横になっていたベットが血だらけ。鼻血と吐血。
診断結果は過度の脳疲労。現状ストレスが原因と見られるとのこと。
医師も"特におかしい部分は見当たりませんが"と不思議がって脳の検査もしたが異常は無かった。
父が独自に俺を診断した結果、脳の現状使える機関を超えて使用したことで、脳内になんらかの異常を発し、その結果体が問題を知らせようとしたことが原因だとのこと。
根拠も何もないが、親父は"常人の脳の限界"と言って、それを超えるための手段を提示してくれた。
HMCによる脳の処理能力の向上。体の脳に加えてHMCの平行情報処理によって仮想の体の限界を引き出すことができる。
一秒の間に目の前を通り過ぎるボールが、最大1000分の一秒感覚で視認することができ、体もそれと同様に動かすことができる。
もちろん、仮想の体のステータスによってその動きの速度は変わってしまう。
その力は仮想のものだった。しかし、仮想世界での現状"最強の武器"になりえた。
VRCDの小野さん曰く、日本サーバーにおいて俺の取り締まった違法者は、プロを越えて一番多いらしい。
しかし、千人以上の違法者を裁いても実刑3割がいいところで、罰金80万ほどで済む者も少なくなかった。
性犯罪者の再犯率も下がらない。新たに湧く悪。
現実でも、仮想現実でも――――
小野さんは"人がいる限り犯罪はなくならない"と言った。
親父は"人と言う生き物は魔が差す生き物だ"と言った。
二人の意見はもっともだ。が、個人的観点から言わせてもらうなら、人が罪を犯すのは人だからではない。
その人を構成する悪の割合が多くなれば、人は悪事を働けるのだ。
つまり、その人間の構成をリセットできれば…。
しかし、その考えは"人権の尊重"の言葉に阻まれる。
高が10代の子どもの考えでは至れない。
俺を構成する殆どは自身の正義でしかない。
それは他人にとって"悪"なのかもしれない。
それでも、"無理だから"と諦めてやれるほど…俺は平常じゃない。
"だが、ミスタージャスティス……ジャスティスジャンキーよ。本当のお前はどこにいる?"
それは、俺の脳と平行して処理を行うため親父がHMCに内蔵したAI:Shadowが俺に言った言葉。
俺の人格をコピーしているはずなのに使用すると時々考えを問い質す。
自問自答のはずが、その行為は明らかに別もの。
"お前はどこにいる?"と聞かれた俺は、いつも"悪の前に"と答える。
その答え自体が"英雄願望症候群"に違いない。
LV:57
HP:11073(19931)
STR:285(550)
VIT:146(432)
DEX:150(241)
AGI:190(382)
今表示させているステータスも俺を構成するものの一つ。
スキル、アイテム、NPC、エネミーですらも―――
そういえば、こうして純粋にゲームを攻略するのはいつの頃以来だろう。
「超レイド級のボス……面白い」
―――そう言った俺は、おそらく笑みを浮かべていたに違いない。




