20 秩序の異変
オーダーのホームから出たヤトは足早に街中へと向かう。
そんな彼を呼び止める女の声。それは、今や幻影の地平線のサブマスターになったナナだった。
彼女は正月期間に会った時とは違って騎士コートを着ていて、それがオーダーメイドの見た目装備だと言うことと、ギルドの指定服だということを言った。
ヤトがオーダーのホームに入っていくのを見かけたギルドメンバーの知らせを聞いて彼女が外で待ち伏せていたのだ。
ナナの所属ギルド幻影の地平線は、オーダーの無謀なボス攻略を良くは思っていない。あえて言うなら、アスランがと言ってもいい。
アスランからその行動を注視するように言われたナナも、その行動には年末から気を配っていた。そんな時にオーダーがヤトを呼び出したとの報告が入ったため今彼女が彼の前にいる。
彼女はオーダーと何を話したのかヤトに聞くが、彼がそのことで口を開くことは無く。
1人始まりし街の転移ポートへ向かうその背中をナナは悲痛な表情で見送った。
「…ギルマスには――」
ギルドメンバーにそう聞かれたナナは顔を拭ってから答える。
アスランには自分が伝えに行く。そして男にオーダーを見張るよう言う。
周囲に溶け込むような見た目の男は、ナナにそう言われると人ごみに入っていく。
その後、ヘイビアのギルド本部でアスランに会うナナはヤトのことを報告する。
ナナは「たぶん、KJはヤトに第7エリアのボス攻略を依頼したんだと思う」と伝えて援軍を出すことを提案する。
が、アスランは首を縦に振らなかった。
「ナナも聞いてるだろ。第7エリアのボスは超レイド級モンスターだ。オーダーが初見で倒そうなんて気を起こしたから死者が多かったが、俺たちはそんなバカな真似はできない」
アスランの意見に、ナナは過去にヤトが救援に駆けつけてくれなければ死んでいたことを言うが、彼にとってみれば"それはそれ"でしかなかった。
ナナの異様な拘り様にアスランは食いつく。
「どうしてあいつに執着する?あいつはただのプレイヤーだぞ。…確かに戦いで異常なセンスを持っていた。しかし、ナナのその慌て方……」
"あいつを好きだとしか思えない"
そんな言葉をアスランは飲み込んだ。
ナナはどうしても援軍を出さないようなら1人でも行く。と頑なだったために、アスランは仕方なくギルドを上げて第7エリアを目指すことになる。
しかし、まずはギルドの数名で、"本当にヤト、もしくはオーダーのメンバーが再びボス戦に挑もうとしているのか"を確かめることを決める。
勿論ナナはそのメンバーに手を上げた。
「何も、ヤトも今日事を起こそうなど考える馬鹿ではないだろう。準備だってできていないはずだ」
アスランの言葉はもっともで、ナナも「そうね」と言って納得した様子だった。
第7エリアへナナたちが到着するとヤトの姿はなかった。ボスが倒された様子もない。
ナナはホッと胸を撫で下ろし、約3時間ほどそこで待機したが、その日はヤトもオーダーも来そうにないためその場にいたギルドメンバーに解散を告げて自身もホームへと帰宅した。
翌朝、その行動はいつも朝行う携帯端末を確認するように、自身のフレンド欄を確認する。知り合いが生きているかどうかの確認でもある。
【KJ】:IN:ORDER:始まりし街街中
【YATO】※ブロック
【ASURAN】:IN:Phantom Horizon:ヘイビア街中
【JKU】:IN:Phantom Horizon:ヘイビア街中
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そこには、昨日まで解除されていたヤトの部分が、再びブロックされていた。二度見したナナはベッドから跳ね起きた。
すぐにメッセージをアスランに飛ばし1人で第7エリアへと向かった。
第7エリアを含む第一の大陸の最初のエリアは平原と草原と若干の森で構成されていて、南部から北東に行くにつれて森が深くなっている。
逆に北西に進むと平原が絶えることなく広がり、現状視認できる第7エリアの先には三つ目の街が窺える。
オーダーが第7エリアの攻略に躍起になるのもそのせいでもある。
最初に第7エリアを開放すれば、その街のギルド本部を一番最初に得られるため、オーダーが必死なのはその所為かもしれない。
平原の駆けるナナは、時折モンスターに阻まれながらも、エリアボスの戦闘フィールドへと急いだ。
モンスターに阻まれる彼女。不意に広がるVR特有エラー処理のコマンドが背景を駆ける。
それは第7エリア全体に広がる。モンスターの動きがエラー処理に巻き込まれて一時停止する。
その隙にナナは走り出した。
エリアボスの戦闘フィールドに辿り着いたナナが目にした光景はVRの世界では異様だった。
地面の大部分にエラーエフェクト広がり、モンスターのいないフィールドにいくつもの剣が消えずにジェネレートされている。
仮想現実において、アイテムは所有者から離れて数十秒、もしくは装備変更された場合に消失してしまう。消失と言ってもデータとしてアイテムストレージ内には存在する。
しかし、ナナの目の前にはアイテムである剣が少なくとも数十散らばっている。
その剣の中心で、天を仰ぎ見る男が風にボロマントを靡かせて停止していた。
ナナが戦闘フィールドへ入ろうとするが、彼女が足を踏み入れるとその体を何かが駆け抜けた。
彼女の視界に映し出された映像はおそらくはヤトの記憶。
HMCから本来アバターへ送られるヤトの意識が、アバターを通して仮想空間にデータとして溢れているようだった。
立ち止まるナナはポロポロと涙を流していた。
ヤトの意識が刹那的に彼女の記憶に流れ込んだからだ。
やがて足元のエラーがヤトに向かって集束していく。
エラーが直るにつれ散らばったアイテムも消えていく。
白いエフェクトと青いエフェクトが舞い上がり、緑のエフェクトと黄いエフェクトが降り注いだ。
ヤトの足元までそれが届くと、彼の体が膝を突く。
前のめりに倒れそうになる彼の体をナナは後ろから抱き止めた。
そして、エラーから復旧したシステムがリザルトの表示を出す。
ノイズ混じりのファンファーレと共に戦闘フィールドがノンアクティブになる。
駆けつけた幻影の地平線が、ナナに抱かれたヤトと、ボスが倒された証であるボスフィールド内の十字架を見る。
そのクロスには戦闘に参加したギルドの名前が記されるはずだった。が、エラーがあった所為かそれは空白表示で誰が倒したとも判らない状態になった。
しかし、本来オートでそれがなされるはずだったのだが、システムが遅延していたため遅く表示されることになる。
その表記には【Phantom Horizon】と記されていた。
それを目にしたアスランは、ナナが抱える気を失っているヤトを一瞥して言った。
悪いが―――利用させてもらう―――




