18 VRCD権限
この世界は好きか?その質問にカイトは、「今はまだ分からないよ」と答えた。
俺は彼…、実際には彼女だったんだが。この世界を好きになって欲しくて、会話する時間を割いた。
VRに関する話題は大体した。
カイトが一番食いついた話題は、FDVR内外に関連する性犯罪についてだった。
"親しい人が事件に巻き込まれた"と聞いた俺は、自身の考えを話す上で配慮を強いられたことを記憶している。
いつもはずけずけと物言う俺が、回りくどく"他人を気遣って会話をする"という体験をしたのはおそらくそれが初めてだった。
FDVRの性犯罪は内側になると極端に検挙率が下がってしまう。加害者も被害者も共に仮想の体での出来事になるからだ。
特にMODを使用した犯罪になると検挙率はさらに下がる。HMCからのデータを使用するMODアイテムはサーバーを有するGM側でも把握し辛い。
カイトは当時、「被害者は裁判の終了まで時間が掛かりすぎるせいで、泣き寝入りすることが多いと思うな」と言っていた。
確かに専門家の行政機関VRCDでもタイトル内部の犯罪には手を焼いていた。
まさか、カイトが被害者になるなんて想像もしていなかった。
きっと、この世界に囚われた直後からだろうから二ヶ月近くということになる。
まったく…気付けなかった自分に腹が立つ。
「待て――」
呼び止めると男はカイトを離して視線をゆっくりこっちへ向けた。
男が手を上げると、仲間であろう男が6人ほど現れる。
頭の上にはTの文字。
「しつこいヤローだ…お前こいつに惚れたのか?いいぜ、だったら一日だけ貸してやるよ。体のどこに振れてもヒーヒー言うように設定しておいてやるからさー」
うるさい雑音がノイズのように耳に纏わりつく。ここ(BCO)に囚われて久しくこういったゲスに会っていなかった。
現実でも仮想現実でもこういうゲスは腐るほどいる。
「ヤト…もういいんだ。キミを巻き込むつもりはなかった。ただ、どうにかしたくて――」
悪いのは誰だ?カイトか?この世界か?いいや違う。この世界は悪も正義もない。人の中にある悪が悪い。
「もしも力尽くでって言う気なら…」
男が合図を送るとその仲間は俺の腕を押さえ込もうとする。
「悪く思うな――デュエルで強制ログアウトしてもらうぞ」
押さえつけた俺に剣を突きたててデュエルでHPを削ろうとしているらしい。
「……面白い冗談だ――」
片手を軽く振ると押さえていた男の仲間が街中を吹っ飛んでいく。
STRに差がつけば見た目がどうであれ押さえ込むなんてことはできない。
「俺を押さえつけたいならLvを20は上げてこい――」
拳を振り上げた男の腕を左手で払い手首を握り、反対へと投げ飛ばし別の男と一緒に吹き飛ばす。
足払いした後全力で蹴り飛ばすと建物に直撃して、衝撃でNPCにエマジェンシーの表示とハラスメント警告の表示が現れる。
「そ、そんなことをしても、この首輪があるかぎりこいつは快楽から逃れられないぞ!」
男の言葉にカイトも目を背ける。
彼女も諦めてしまっているのだ。
そんなことも含めて俺は諦めてやる気はない。
「仮想現実で絶対的な力を持つ者は誰だと思う?」
俺の問いかけに男は困惑の表情を浮かべる。
カイトは顔を上げて昔を思い出した様子で答えた。
「…GMと純粋に強いプレイヤー。それにチーターだよ」
そのカイトの答えは過去に彼女が俺に言ったのと同じ。
そして、その時俺が言った答えは――
「正解は、GMとチーターと"VRCD権限を持ったプレイヤー"だ」
VRCD権限とは、仮想現実(空間)で違法MODを摘発するためにVRCDに認定された一般のプレイヤー(プロプレイヤー)等が持つ権限。
違法行為を直接対処することができ、それによってVRCDにネット経由でIPアドレスなどの個人情報を取得することもできる。
この権限を執行すればVR内での現行犯を目撃記録、違法MODのデータ削除等実力行使できるのだ。
日本サーバー内でならどこでも執行できるそれは、時と場合によるが仮想現実で唯一GMよりも強力な権限を持つ。
「VRCD権限発動―――エージェントID【YATO‐0031‐9218】オブジェクト"S"――ジェネレート」
囁くように言葉を詠唱したヤトの突き出した右手に全体が黒い長剣が現れる。
「執行対象に告ぐ。速やかにMODを破棄せよ……でないと"強制ログアウト"させる」
男は武器を構えて「仮想課のエージェント!!」と叫ぶ。
「何でこんな所に仮想課の奴がいやがる!!しかもこんなガキが?!」
カイトは何が起こったのか分からないといった風にヤトを見ている。
「い、いいのか!俺がログアウトすれば頭に付けられた爆弾が爆発して!だ、誰かを巻き込むかもしれないぞ!」
男の言葉にヤトは右手を下げる。
男はその様子を見て笑みを浮かべる。
が、次の瞬間にはヤトが素早く男の横を通過して剣を払った。
「悪いが、最後通告はしない性質なんだ――」
男の体がバタリと音を立てて倒れる。
倒れた男の頭上にはログアウトの表示。
強制ログアウトではなく、本人によるログアウトの場合に限りそのアバターは仮想世界に1日は残り続ける。
周りにいた男の仲間が軽く悲鳴を上げる。
「この世界には監獄なんてものはない……こういう場合、斬った方が楽だとは思わないか?」
鋭い視線に男たちは慌ててその場から去っていく。
騒ぎに集まったプレイヤーもヤトを恐れてその場を逃げていく。
周りのプレイヤーの目には、街中――圏内でPKが行われたに等しいため、逃げてしまうのも仕方が無いことだ。
へたり込むカイトに近づいたヤトは、その首に付いているMODアイテムを斬ると首から外れ落ちる。
「ヤト……キミは!ボクのためなんかに――」
カイトは自身のためにヤトが"人を殺した"と涙を流す。
泣き止まない彼女の頭を撫でながら「泣き止め」と言ったヤトは、いつもより柔らかな表情をしていた。
しばらくして泣き止んだカイトは、すぐにヤトに話を聞こうとする。
「…ヤト――キミ、仮想課の――」
すでに黒い長剣が消えていているが、カイトはヤトの右手を見ながらそう言う。
が、その言葉を彼は否定した。
「仮想課じゃない。Virtual Reality Custodian Division……VRCD。仮想現実管理課だ」
「…それって、仮想課と何が違うのかな?」
「仮想課は、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室のことだ。VRCDは、総務省情報流通行政局情報流通振―――」
「長い長いよ……ふ……ふふ。ヤトは本当に面白い人だね」
調子が戻ってきたカイトはヤトへと手を伸ばす。
「そして…いい男だ」
カイトは左手を出し続けるがヤトは気が付かない。
「ヤト……こういう時は手を差し伸べる方が、現実でも、仮想現実でも、いい男の嗜みだよ」
眉を顰めたヤトは漸く気がついてカイトの手を引いて立たせようとするが、バランスを崩して意図せず抱きしめる形になってしまう。
頬を染めるカイトは自身の胸の高鳴りに違和感を覚える。
「それよりカイト。あの男のホームにはまだMODを付けた人がいるんだろ?いくらあの男がログアウトしても、ジェネレートされたアイテムは消えやしない」
「そうだね。彼女たちを解放しないと――」
そう言って顔を反らしたカイトは男のホームへとヤトを案内した。
本来ホームは購入者に権限が与えられるが、その購入者がアカウントを削除した場合に限り、自動でストックルーム内のアイテム破棄されたあとで売却物件に指し換わる。
BCOでは入室申請に許可された者以外は誰でも入れない。が、今回はすんなりカイトが中に入れてヤトに許可も出せた。
中に入ったヤトは再びあの黒い剣で5人の女プレイヤーの首輪を外した。
その際に1人の女がその首輪を外すことに抵抗するが、ヤトは「コレに囚われている必要はない」と言って無理に消し去った。
カイトの話では"望んでそうなった人"だったのだろうとのことだった。
この仮想世界に囚われた絶望からそういった行動をとってしまうのは仕方のない事なのかも知れない。
しかし、ヤトはもう一度その女プレイヤーに言う。
この世界は誰も縛ったりしない―――
この世界は自由なのだから―――
ヤトがそこまで言い切ることで、女は漸く1人で立ちその部屋を後にした。
その後、この件は誰の耳にも入ることは無く終息した。
しかし、ヤトの一件は広く広まることになった。
圏内でPKをした"ブラックプレイヤー"として。




