14 リザルト
バトルフィールドの外で座り込む面々。
その疲労感は体からではなく脳が感じているもの。
誰もが達成感の無いまま目の前に表示されるリザルトを眺めている。
ヤトはその中で木に背を預けてリザルトの確認を終えてアイテムストレージを整頓していた。
「ね、ヤト…この後、話できるかな?」
出会った時とは違う態度のナナに、ヤトは"別に構わないけど"と答える。
そんな二人の耳に突如響く怒号。
「ふざけるな!なんだこの戦いは!たかが最初の大陸の最初のエリアのボス一体との戦闘で何人死んだ!!」
アスランはその太い腕で地面を殴りつけると周りの男たちも呟き始める。
これクリアできんのかな。
無理だろーな……いつチート級の奴が出てきてもおかしくないしさ。
俺、攻略組み抜けるわ――
………攻略組み抜けたところでだろ?この世界で何すんだよ…モンスターと戦う以外に何ができるんだ?
女の子とイチャイチャとか?
それ以外は~、味覚エンジンの限界を超える料理作るとか?
無いわ~。…エロゲ的な感じでNPCの女の子の開拓ルート探す?
1人でやってろよ……あ~なんでこんなゲームに…。
それぞれ愚痴を言う中1人がそれを口に出す。
「このゲームのクリア条件ってもう一つあったよな?」
このゲームのクリア条件は全ての大陸の攻略。そして、"テスターの全滅"もしくは"非テスターの全滅"である。
「そう言えば…そんなのもあったな」
冗談交じりで男が、「非テスター狩りしちゃう?」といった瞬間今度はKJが怒号を上げる。
「馬鹿なことを言うな!この世界でPKは人殺しと同じなんだぞ?!私たちオーダーは彼らを護る組織のはずだ!」
そのKJの言葉に男たちは顔を俯ける。
「あんたにそんなこと言う資格があるのか?な、KJ――――」
アスランの鋭い目付きがKJを睨む。
「どういう意味だアスラン――」
「あんたさっきの戦いで俺たちを見捨てようとしたろ?」
その言葉はKJの旨に深く刺さる。
言い訳も何も通用しない。なぜなら、それが事実だから。
KJはゆっくりと立ち上がり、アスランを含むその場のプレイヤーを一瞥して深く頭を下げた。
「………申し訳ない――」
その姿を見たアスランがさらに言う。
「謝れば済むとでも?死んだ仲間が生き返ると?」
「無論だ。死んだ者は生き返りはしない。だが、私は、ギルドマスターとして軽率な行動は取れなかった。私がいなくなることでオーダーは瓦解する。そうなれば折角作り上げた秩序がなくなってしまう」
「それはお前を慕って共に剣を取った者よりも大事か?ここにいる誰よりも?」
「………ここにいる誰よりもだ。私がいなくなっても問題ないのなら私は迷わず参加した!」
「詭弁だな!言い訳にしか聞こえない!」
アスランはKJの言葉に怒りを露にして怒鳴りつけた。KJは冷静に冷静に耽々と己の存在意義を説こうとする。
そんな二人の言い争いにすら他のプレイヤーは無気力というか他人事のように野次馬化している。
「責任転嫁するのはその辺にしておけ」
二人に対しそう言ったのはヤトだった。彼はボロマントを靡かせながらいつも以上に鋭い目付きで睨んでいる。
「責任転嫁だと……、ヤトお前には感謝している。助けに駆けつけてくれなかったら全滅も有り得た。が、それとこれとは別だ」
アスランはそう言うとKJを指差してもう一度、「こいつは俺たちの信頼を裏切ったんだ」と言う。
すると、ヤトはやれやれという雰囲気でKJを指差す。
「KJはなんだ?プレイヤーだ、アスラン、あんたもな。勘違いするんじゃない、"この世界に英雄は存在しない"」
その言葉にKJはハッとする。
「大体アスラン、あんたらだって覚悟してたんだろ?こうなることは想定できた。この世界は理不尽の塊が存在している」
理不尽の塊。それはジョーカーを指して言った言葉だ。
「俺から見たら、あんたらは覚悟なんて全然ないように見えた。第3エリアのボス戦でのん気にフルレイドで戦っていたあんたらは、まだこの世界を"ゲーム"だと思っている」
アスランは言葉を失う。
このBCOにおいて戦闘フィールドは人数で広さが変わる。
通常VRMMOのボス戦は最大参加人数がフルレイド20~25人だが、BCOでは制限なしに設定されている。
おそらく"騎士団"が200人の定員なのもその設定が要因なのかもしれない。
やはり大規模なPvP要素を踏まえた設定なのかもしれなかった。
ヤトはこの時、これらの設定とジョーカーの言葉を刷り合わせた大規模なPvPが、おそらくは2000対8000を可能にすると考えていた。
今後この世界において、1万人規模の戦闘フィードが発生するとなると、1大陸を用いて1個の戦闘フィールドにしてしまうということが起こりうるかもしれない。
彼のそんな考えを、今この世界で同じように危惧している者はいないだろう。
「俺なら予想した必要Lvの倍にしておくフレキシィビリティーを持って然るべきだと思うんだが」
「フレキシビ……」
アスランはどうやら横文字に対して適応能力が低い様子だった。
「確かにそうだ。"攻略組み"などと言って人数を絞り、精鋭だけでボスと戦おうとした私の判断ミスだ」
KJはそう言ってもう一度アスラン等に頭を下げる。
「戦いで人が死んだ責任を押し付け合うのは勝手だが、自分の選択を棚に上げて他人の責任にするのは"カッコ悪い"し、見てて吐き気がする」
ヤトはそう言うと、"非テスター狩り"を呟いた男のもとへ行き上から睨み付け言った。
「人殺しをしたいなら俺が相手になってやる」
男は"冗談だ"と言って苦笑いを浮かべて首を振った。
重苦しい空気の中、最後にヤトはあることを言った。
「この戦いで得た物が無いと思っている奴、今後の戦いで得るものが無いと思っている奴、"アレ"を見て"生きててよかった"とでも思うんだな」
ヤトが指を指す方向を無気力で見た男たちは一斉にその表情をデレッとさせる。
視線の先には、先の戦闘でダガーで華麗に戦っていたナナの姿がある。
BCOにおいて耐久度は防具や武器だけでなく服や下着にも存在する。
下着はストレージの中で着脱ができるアイテムであり、服もそれに同じである。
ナナは先の戦闘でアーマーブレイクされたため戦闘時に下着姿を露にしていたが、誰もそれどころではないため注目を集めなかった。
が、現状その下着姿だったナナが何故かそれすら身に付けておらず。本人は気付かずに大胆に手を後ろにまわして無意識に強調させていた。
おそらくは戦闘で耐久度の低い下着が何らかの経緯でブレイクされたのだろうが、必死だったため誰も気がつかなかったのだろう。
「お、おおおおおおおおおおおお!!」「……女神だ」「ぱい、ぱいが…」「揺れている」
妙な視線を感じたナナはキョトンとした様子で、自分を指差すヤトと周囲の男のデレっとした顔を見た。
何…この視線は?なんか、気持ち悪いんだけど――
後ずさるナナは未だに自身の置かれた状況を理解できていない。
ヤトはテクテクとナナの方へと向かい。すれ違いざまに「単純な生き物なんだよ男って奴は――」と呟いて去って行く。
「ちょっと!!ヤト!今度!話聞いてよね!!」
ナナの言葉に右手を上げて返事をするヤト。
そしてまだ自身の状況を理解しないナナはもう一度男たちの方を向いて、「何?何か文句でもあるの!」と怒ってみせるのだった。
険悪な雰囲気は無くなり、アスランもKJと互いに視線を交わさなかったが笑みを浮かべていた。
この日、"ジョーカーの襲来"として大きく記事が出回った。死者48名。
そう、チート級モンスターは第5エリアだけでなく、第6エリアにも現れて猛威を振るっていた。
プレイヤーたちは恐怖し、第6以降のエリア開放後一月経った今でも、誰もエリアボスと戦っていない。
攻略速度は鈍足化し、プレイヤーホームから出てこなくなる者も現れだした。
そして、二月が経過した頃に開放された第7エリアのボス攻略を成功させた記事が出回ると、誰もが"救世のギルド"として褒め称えた。
そのギルドの名前は―――幻影の地平線。