13 仮想現実と現実
仮想現実の世界と現実の違いってなんだろうね。
仮想現実と現実の違い?ん~多分…色々あると思うけど。俺にとってその違いは"想い"かな。
"想い"?YATOはスピリチュアルな側面で違うって思っているのかな?
スピリチュアル?違うよ、質量とかそういったデータ量とかもそうだけど。現実は"産まれた"その瞬間から始まるけど、仮想現実はどうしても中途半端なスタートになるじゃん。
なるほど…。"想い"って言うから勘違いしてたけど、つまりは現実では赤ん坊の無垢で無知な状態からだけど、仮想現実でそれはない…なるほど、なるほど。
知識の有無よりも、そこが"自分の世界"だって思えるかどうかなんだよな。
産まれた瞬間から仮想現実で育った人間は間違いなくそっちが本物って思うだろうね。
違う違う!両方本物なんだって!だから"想い"って言ってるだろ…たくお前は――
ごめんごめん、そうだったね"偽物か本物か"は前に結論が出ていたんだっけ。本人が偽物って思っちゃうと現実も仮想現実も偽物だし、その逆もって。
たとえどれだけ人間が進化してもそれだけは変わらないと思うな。だって"人間"だから。
ん~じゃーさYATO。仮想現実で人間、プレイヤーとNPCを見分けるためにはどうすればいい?あ!この時、触ったり話しかけたり長時間観察したりしちゃだめだよ。
NPCと……やっぱ"アレ"かな。
ほ~もう見当が付いた顔だね。それじゃ、YATOの答えを聞かせてもらおうかな。
答えは"呼吸"だ。
『もう瀕死状態からか~向こうで遊びすぎちゃった所為だな~これ』
目の前のボスが独り言を呟く。
その口元がこの世界のプログラムには組み込まれない行為を繰り返す。
口から空気を吸う行為。酸素なんてものが存在しない仮想現実で確かに息を吸って吐いてを定期的にしている。
HMCの感覚遮断は、現実の脳から仮想現実のアバターを動かす上で必要なことだ。
そうでもしなければアバターを動かす度に現実で体が動いてしまうことになる。
現実の"におい"や"感触"。それらも現実で振れている服や室温によって、仮想現実にいるのに自室の空気感満載で台無しになってしまう。
感覚を遮断することは脳が臓器などに送る生命維持に必要な部分も遮断してしまうが、それはHMCが代わりを果たしてくれる。
人間は複雑に臓器などへ脳から命令を出しているように感じられるが、実際に生命維持に必要な命令を出すのは単純なことの繰り返しで、それに関して言えばHMCでも問題なく代わりができる。
つまり、仮想現実と現実で繋がっているのは脳だけということになる。
現実でHMCが脳の代わりをして、仮想現実で脳がアバターを動かす。それが成立している現状で動悸や痛みで干渉し合うことはない。
現実の体に針を刺しても仮想現実の方では何も感じないし、仮想現実で痛みを負っても現実で動悸が速くなることはない。
しかし、互いに干渉しないはずの現実の体と仮想現実の体で唯一あることで繋がってしまい、その結果HMCによって強制ログアウトされてしまうことがある。
それが仮想現実のアバターの"口を塞ぐこと"だ。もしくは"口のないアバター"を動かした時。
ドゥラジェネレータ・リリバーは脳が勘違いで生成する"本来ないはず"の痛みを緩和する感覚再生エンジンだが、脳の勘違い、つまり"錯覚"は痛みだけではない。
現実にある体を動かすHMCは心臓を常に安静な状態で動かす。仮想現実でいくら脳を使って走っても疲労するのは脳だけ。
仮想現実に空気を作り出すのは無理ではないのだろうが、酸素や窒素そういったものはまだ再現ができないしメリットもない。
仮想のアバターに実際に肺は存在するもののそれは、においを嗅ぐ仮定で生じる鼻呼吸の時にそれらが動いた方がリアルだというだけで、本来は呼吸する必要がないためそれはいらない機能である。
しかし、日常で"無意識に呼吸する"ということを人の脳は仮想世界でも間違いなく行う。それによって脳は正常を保とうとする。
仮想のアバターに脳は呼吸するための命令を送り続けることになるのだが、それを"止める"または"できない状態"だと脳はどうなるだろうか?
呼吸はできないが脳に酸素は届いている。この矛盾に対し脳は精神的なストレスを感じて"セロトニン"を分泌する。
その結果、脳内の"セロトニン"の量が増えていき、そのストレスが解消されないままでいて危険状態になると"セロトニン症候群"に陥る。
そうならないための対策は現状ではHMCの強制ログアウトしかなく、今後の課題として今も研究されている。
目の前のエネミーは呼吸している。
「プレイヤーになったとはどういうことだ?」
KJの言葉に俺はどう説明するか考えた。が、今はそんな暇はない。
のん気に会話しながら戦闘ができる状況じゃない。
「それより、今は戦闘に集中するべきだ」
自分で言っておきながらこんなことを言うのは本当は間違っているのかもしれない。
だが、そう呟いてしまうほどに現状は危うい。
できればただのプログラムされたCPUの敵の方がまだマシだった。
俺の焦りを知ってか知らずか周りも攻撃に踏み出せずにいる。
『あ!本当にいる!これ本物?本物かな?』
訳の分からない事を言い出すデスピエロ一号に困惑する周りの連中。
戦闘中に突然会話をし始めるモンスターなんてありえないのだから無理もない。
『YATOさん?ねぇ聞こえてるんでしょ?本物?』
俺の名前を呼ぶその目の前のモンスターは完全に油断していた。
チャンスだ――
装備を投剣"アサルトダーツ"に変更して奇襲。その攻撃が剣で切り落とされることは想定済み。
だが、二刀流といえど間隙を狙えばダメージは与えられる。
駆け出して最後の投剣が弾かれる瞬間に再度レイブンソードに持ち替え腰の柄を握る。
側面を衝くためにトップスピードのまま側宙からの後方宙返りでデスピエロ一号の横腹に逆さのまま斬り付ける。
斬り付けた勢いで体を回転させて地面に着くと勢いを殺さずに遠心力で背中へ剣を振る。
隙があったはずのデスピエロ一号はその攻撃を二刀流で受け止めると再び話し出した。
『やべーこれ本物だわ~マジYATOさんパネ~』
「………」
左手で操作して装備を変更する。
防がれた長剣が手元から消え、次に装備した"バーバリアンの大剣"でガードごと斬り伏せる。が、2cmほど刃が当たっただけで防がれてしまう。
STRが高いだけあって剣によるガードがしっかりとしている。もしCPUなら完全に通っていただろに。
舌打ちした俺の視界にはKJの姿とアスランの姿が入る。
二人の攻撃がいいダメージを与えるとデスピエロ一号がケラケラと笑って言った。
『やベー体大き過ぎて戦いにくいやー。これどうやって調節すんの?』
このモンスターを操っているやつは遊びのつもりだ。
そう分かった瞬間俺は叫んでいた。
「総攻撃だ!スキルを使え!!」
「おう!!」「やってやらー!」「ふざけやがって!!」
それぞれ思い思いのタイミングで一斉攻撃をする。
『え!うそ!ちょっと待ってよ!まだ設定の途中な――』
俺の思惑通り全く反撃のないまま、二人ほどのスキルが防がれただけで攻撃が成功する。
ヘルスを完全に削り切られたデスピエロ一号は、『あ~あ、やられちゃった~』と呟いてポリゴンにノイズが入りながらエフェクトなしに消失した。
こうして俺たちはデスピエロ一号を倒した。
が、その代償は多くて誰も歓喜の声は上げなかった。
KJもアスランもナナも全員がその場に座り呼吸を荒くしている。
数秒するとすぐに平常な呼吸に戻るも、脳内は未だに戦闘の余韻から抜け出せない様子だった。
俺は大剣を消すと歩きながら忠告する。
「早くここを出たほうがいい。また何が出てくるか分からないからな」
俺の言葉に全員が駆け足で戦闘フィールドを後にした。