12 死闘
敵はチート級モンスター。
現状はヘルス3分の1をきったところで状態に変化あり。
最低被ダメージは運がよければ4000以下、悪ければ以上。
スキルは発動は無し、今のところだが。
こちらの最大ダメージがSTR極振りの大刀でのスキル攻撃で500程度。
ステータスに関しては分からない。
「例えヤトくんがいても状況は変わらなかった」
その言葉にヤトはフィールド内に目を向ける。
「……確かに俺が入った所でだな――」
「え?…諦めるの?」
小さく呟くようなナナの声にヤトは率直な気持ちを吐露する。
「ゲームにおいてチートってのはバランスの崩壊を意味している。どれだけ普通の強さのプレイヤーがいても1人のチーターには敵わない。もし敵ったとしたならチーターが手加減していただけだ」
その言葉にKJは心の中で同意する。
胸の前で手を握っていたナナはその手をそっと解いた。
ヤトに対して期待をし過ぎた彼女は、自身の腰から武器を引き抜いて言った。
「私は行くわ!」
この言葉、その行動にヤトが動いてくれる。彼があの"YATO"なら間違いなく助けに来てくれる。
その場にいた誰も聞こえないナナの心の声は、彼女が以前からヤトのことを知っている口ぶりだった。
KJはナナを止めようと腕を伸ばした。が、彼女のステータスはAGI型で伸ばした手は空を掴んだ。
「ナナ!!……バカな――」
無謀な行動に伸ばした腕はそのまま、KJは呆然と立ち尽くす。
その時、隣にいたヤトの周囲で軽快なファンファーレが響き渡る。
ヤトの頭の上には"LEVEL UP!!"の文字が大きく表示されていて、それは1度ではなく、2、3、4、5、6、7―――漸く止まったヤトの手元ではウィンドウが複数開かれていた。
「ヤトくん…何を―――」
KJは驚きのあまり、ナナがフィールドに入った時よりも目を見開いていた。
「相手はチート級、ステ振りしないと戦えない」
「……どうしてキミが――」
KJの言葉にヤトは左手を払ってウィンドウを消す。
「…今それは重要なことか?」
迷いも疑問も葛藤も全てが無意味。
ヤトという存在をKJは完全に思い違いしていた。
この世界に囚われた時に彼が見せた笑み、あの時に感じた彼の強さを目にできるかもしれない。
そう考えると自然とKJは自身のステータスウィンドウを開く。再び軽快なファンファーレが4回。
すぐにステ振りを済ませて、フィールドへと入って行く男の背中を追った。
チェーンソーを大刀で受けているアスランのHPバーが見る見る減って赤く変わる。
「アスラン!!」
ナナが叫びながらデスピエロ一号の背面から攻撃を開始した。
ダメージ1。
その瞬間アスランの大刀からチェーンソーが離れてなぎ払い攻撃がナナを襲う。
それが強スキルなのは間違いない。
AGI極振りのナナはおそらくひとたまりもない。だが、そこはAGI極振り。彼女は、そのチェーンソー紙一重でかわす、がその身につけた防具を掠り、防具が鮮やかなエフェクトを放ち消失した。
その姿は日常のVRMMOでなら男どもが歓声を上げるアーマーブレイクによる上半身下着姿だが、その場はそんな状況ではない。
必死の形相を浮かべる面々にモーター音を響かせるエネミー。
「アサルトラッシュ!!」
そのナナの言葉はスキルを発動させるコール。
5~7のダメージ数値が複数回表示される。
アーマーブレイクを気にせず戦うナナは、スキルによる硬直の約0,6秒間に上から振ってくるチェーンソーが視界に入り周囲の景色がスローになった。
うそ――私、死んじゃう。
硬直が解けて動こうとする間もスローで、絶対にかわせないそれが振り下ろされるのを見ている。
瞬間、視界のチェーンソーが見たこともない大きな黒い剣で弾き飛ばされる。
黒い影が目の前を覆い隠すと彼女が声をかけた。
「ヤト―――」
その言葉に反応することなく、ヤトはその大剣を地面に放り棄て左手でウィンドウを操作して長剣を出現させる。
出現させた長剣を腰から引き抜いてそのままデスピエロ一号へ向け駆け出した。
他のプレイヤーに応戦しているその横腹に長剣を突き刺しそのまま背面へと駆ける。
剣は突き刺さったまま傷を広げるとダメージに継続性が付与される。
最初の突きが248、その後背後に移動する間に87、75、79のダメージを与えて最後に振り抜いた瞬間に210のダメージが表示される。
この時内側にいた者も外にいた者も誰もが"勝てるかも"ではなく、"勝てる"という確信を得た。
「このまま削るぞ!!」
アスランの号令。
それに答える多数の声。
楯専がヘイトの高いアスランを護りながら左手でVITを上げるアンプルを飲む。
構える楯にチェーンソーが横薙ぎに襲い掛かるとHPバーが秒速で削れて行く。
チェーンソーに付加された武器属性が歪剣や鋸刀と同じ断続性であるため、回転する刃の部分がたとえ楯であろうと触れている間ダメージを受けてしまう。
本来ダメージの低い攻撃が、STRが高い分かなりの蓄積ダメージになってしまっている。
焦る楯専の横から細い鋭利な剣が下から上へとチェーンソーを跳ね除けた。
「余り受けすぎるな!ヘルスがすぐに尽きるぞ!」
「すまない!」
KJの加勢はオーダーのメンバーには複雑だった。一度は見捨てられたと思った彼らがこの状況でそれを許せる時間はない。
それでも、KJの存在は大きく彼がデスピエロ一号の攻撃を防ぐとスキルで数十秒間は被ダメージが全て10になる。
この間に周囲は完全に立て直して負傷した者も戦闘に再び参加することができる。
だが、この戦いで関心をさらったのはKJではなくヤトの存在である。
全ての攻撃をかわし、人間にできる動きとは思えない攻撃をしている。"妙な"というより"華麗"に、演舞のように空中でアクロバットしながら剣で攻撃する姿は、CGのアニメーションを見ているようだった。
『TTTTTTTTTaたた大変結構!!変体します!!』
その言葉通りローブ姿がのっぺらな子どもへと姿を変える。HPバーの二本目がなくなったことによる変化。
変化といっても"見てくれが"という意味で大きさや動きは大して変わっていない。
空中で消え去るチェーンソーの変わりにビームサーベルが現れる。
『ブン!ブン!ブブン!ははは!』
振りぬかれたそれを必死にかわすが、アスランの仲間の刀を持った男とナナの隣にいたオーダーの長剣の男と楯専1人が一撃で塵となり舞う。
「そんな…一撃で―――」
その間も攻撃し続けるヤトはスキルを発動し、キリモミで側面を突き抜けるとTWIST STRIKEの文字が浮かびダメージ970を与える。
「形態変化!!ダメージ通るぞ!その代わりにヒットすればこちらも一撃だと思え!掠っても瀕死だぞ!」
アスランの言葉通り、変化したデスピエロ一号はSTRの上昇と引き換えにかなりVITが低くなっていた。
ナナの攻撃も二桁に届くほどに。が、ダメージが通るとはいえ戦い易くなった訳ではない。
確実に武器の振りが速くなっている。そこはさすがチートという感じだ。
しかし、こちらにもチート級の動きをしている剣士がいた。
ブン!ワ゛ン!!ボワン!!
音が耳元に響く中、右手で切り上げ、左手で装備変更し大剣を振り下ろす。
装備変更によるデメリットはスキルチャージタイムのリセットのみ。軽装で走って重装に変更し攻撃することは可能だが、戦いながらウィンドウを操作することは常人では無理。"常人"では。
仮想空間にある重力で大剣をノッペラな子どもの姿のそれにダメージを負わせる。中ほどで再び大剣が消失すると今度は短剣をボロマントの内から三本放り投げる。
投擲武器は投剣の一つだけ。性能が上がると投げられる回数と距離が変わる。その武器にスキルはなく、唯一通常攻撃にリチャージが入る。
投げ捨て、リチャージ後再投擲できる。それが投擲武器の強み。
ヤトのヘイトが上昇したためデスピエロ一号の攻撃が彼へと向く。ヤトはVITに関しては防具頼りで、楯はストレージにあるものの普段は使わない。
しかし、ヘイトの上昇からの回避は通常時に比べると難易度が段違い。
ゆえに左手で装備を換える手が忙しくなる。
体を覆うほどの楯に、見た目は変わらないが防具もVIT特化。AGIを完全に棄てたその装備は最小限のSTRとVITに劣らないDEXを有した防御装備と言ってもいい。
右から左へ薙ぎ払ったビームサーベルがヤトの体の前の楯を撫でると、3000のダメージ表示がその頭上に現れる。
その後瞬間で装備をSTR・AGI型へ変更して、左手を左側へと振ってアンプルを手元に出す。
アンプルを口元に当てながら再び右手で腰の剣を抜きざまに薙ぎ払う。
自身の頭上に緑の2100の数字とデスピエロ一号の頭上に340の数字。同時に放たれたKJのスキルダメージも加算されてそのヘルスポイントが赤く変化する。
アスランがすぐに大刀を構えてスキルを発動しようとする。が、彼は敵のいない左側から衝撃を受けて弾き飛ばされる。
「何だ――」
呟いたアスランはエネミーが瀕死になったことに気付いていなかった。ゆえにそれに気付いた幻影の地平線のメンバーの楯専が彼を弾き飛ばしたのだ。
笑みを浮かべるその男にアスランは手を伸ばした。
「サノォォオオオオ!!」
素早い3連撃は初見回避不可能。
『SSSSSSSせ、成敗!!!』
歯を食いしばったアスランは大刀を振りかぶった。
上から振り下ろされ、その後、下から跳ねるように斬り上がってアスラン自身も跳ね上がる。
その軌道には漢字表記で翔竜斬の文字が現れる。
ラストのHPバーが7割減った時点で瀕死の赤色に変わった。
逆に言うと、まだそれだけ残っているのにもかかわらず瀕死の状態に判定されている時点でやはりチート。
エネミー側の瀕死時のボーナスは基本ステータスの上昇と初見回避不可能スキルだけ。
だが、このデスピエロ一号はどうやらそれだけではない様子だった。
左手の出現。ビームサーベルももう一本現れた。
ノッペラだったその表情に口が現れて微笑む。
そして言う。
『IIIIIIIIIIIIイイイイイイ………It's showtime!!』
振り上げたビームサーベルを一瞥してそれを攻撃の意図なく振るう。
その行動はまるで"試し切り"のようだった。
その瞬間ヤトは言う。
「全員離れろ………こいつはNPCじゃない――」
「何を言っている」
アスランもKJもナナもそこにいる全員がその言葉を理解できないままにヤトを一瞥してもう一度視線を戻す。
目の前にいるエネミーの姿を観察するヤトはもう一度呟く。
間違いない――――"今"、こいつは―――プレイヤーになった。