11 理不尽な凶鬼
BCOにおいて敵のステータスは、特定の防具に付属されたスキルの能力で見るか、レアドロップアイテムを使うことだけで可能となる。
アスランの仲間の1人。頭にゴーグルを装備したハンター風の男は、この場で唯一そのスキルを有している。
ゆえに彼は一度外に出て安全圏にいたにも関わらず内側に戻ったのだが、彼はそれを後悔している。
「なんなんだよこれ…」
彼の視界に表示されたそれは、数秒間フィールド内のPTにも共有で見えている。
Name:デスピエロ一号
LV:犬の平均寿命よりは長い
HP:プライスレス
STR:ゴリラ【動物】とんでもなく強い
VIT:強化防弾ガラス【メイドインジャパン】意外と割れる
DEX:ジェンガ【おもちゃ】1人でするボッチゲーww
AGI:100メートル3秒フラット【世界新】壁に体当たりしたらDEATH
数値ですらないそれを目にしたアスランは怒りを口元に刻む。
「ふざけやがって!!」
叫ぶオーダーのメンバー。
「コノヤロー!が!」
スラッシュスピアは剣でありながらリーチのある武器。
その形状から柄の長い剣、【柄長剣】と種別されている。
右に駆け出した勇猛な先陣のPTから1人がそれでデスピエロ一号を攻撃した。
HPバーは三段に分かれていて、それの一番上がほんのミリ程度減ってその頭にダメージの表示が浮かぶ。
「ダメージ5!推定VIT250以上……」
現状でVIT250はLv的に見るとLv25以上は確定。
その他のステータスもその時点で250以上はあることになる。
「敵の攻撃きます!」
「俺が受ける!」
楯を装備した男はステータスをVITに極振りした"楯専"。
「はぁああああ!」
『KKKKKKカッキーン!!!』
横薙ぎの攻撃が頑丈そうな楯に激突すると男ごと吹っ飛ぶ。
男のHPバーが緑から赤に変わるとその頭上にそのダメージが表示される。
「おいおいおいおいおい!んな!無茶苦茶な!」
楯専の男はVITにして450あり、先刻戦ったデスシザーの攻撃でもミリ単位のダメージしか受けていなかった。
「純粋なSTR攻撃で5238のダメかよ!」
「す、推定STR不明!!Lvは35~50……」
チート級モンスター。
それがその段階での判断。
スキルの補正なしに楯によるダメージカットした状態で5000を越えるダメージ。
もしこれにスキル補正やDEXによるクリティカルが加算されたり、頭や胴体に被弾した場合は5000が7500、7500が9000となりかねない。
現状その5000ダメージが最低であればのことだが、もし最大であったとしても、スキル抜きに最低6000のダメージは覚悟しなくてはならない。
最大HP6000を越える者は唯一大刀持ちのアスランのみだ。
「誰でも一撃で逝けちまうぞ…これ――」
絶望するには十分な状況。
たとえアイテムを消費してなくても。
FDVRMMORPGにとって戦闘時間はどちらかが死ぬまで。本来ならプレイヤー側には逃走の選択が残されているが今回はそれがない。
初見回避不能のスキル、ヘルス半減時の変化、瀕死時の強スキル。
すべてが不明なボスモンスター。
奮戦しようが虫の如くあしらわれるだけ。
「誰も!このフィールドに入ってはいけない!」
「KJさん――」
「……でも、みんなが!」
外の人間は誰しもが俯いた。
内の人間はその声に身の終焉を感じる。
「嘘だろ!ギルマス!」「俺たち見捨てるんスか!?」
顔を伏せるKJに言葉を無くす内のメンバー。
その時アスランが吠えた。
「まだ俺は負けていない!」
先陣PTが必死にデスピエロ一号の攻撃を回避や受け流している側面から大刀を振り下ろす。
デスピエロ一号のローブから赤いエフェクトが飛散すると、ダメージ102が表示されてHPバーが少し減る。
それを見た他のメンバーも大声を出して戦闘に加わった。
「……ヤト、ヤトを呼ばないと」
ナナはそう言ってメッセージを開く。
「待ちたまえ!」
KJがナナの腕を掴むと言う。
「彼を呼んだところで無駄だ。彼はSTR極振りではないし、ダメージを与えられても30前後だ」
KJの言葉にナナは声を荒げる。
「だからって誰に助けを出したらいいの!!」
その言葉にKJは首を振って言う。
「この世界に……英雄はいないんだ。彼だって来る義務はない」
すでに送られたナナのメッセージを取り消すために、ヤトが来ないようKJはすぐにメッセージを出す。
KJ自身はこの戦闘に参加して戦いたい気持ちだった。
この戦闘に参加するためには、彼が留めている2つの秘策を使わなくてはならない。
自身のストレージに存在するレアアイテム。時間限定でステータスの底上げができアイテムを使えば、効果時間内ならまともに遣り合っても戦える。
もう一つはLv。
現行のVRMMOにおいてすでにこのシステムは殆どが採用しているもので、Lvを自身の意思で止めることができる。
これはLv制のVRMMOがステータスの振り分けで全てか決まることが普通になってしまった現状で、将来を見越して好きなタイミングでLvを留めることができるシステム。
それによって自身の装備や戦い方に応じたステータスの振り分けを行える。
留めたLvに対して経験値はそのまま蓄積させることが可能で、蓄えた経験値を消費してLvを一気に上げ必要時に必要なステータスを得ることができる。
本来は高価な課金系アイテムで再振りすれば済む話。しかし、現行タイトルにこの手の課金アイテムは存在しない。
コンバートはチート性能を引き継ぐ要素としてあまり広く受けいれられていないため、一度ステータスの振り分けを間違えば二度とそのキャラでは振り直しできない。
しかし、プレイヤーにとってキャラは自身の分身と言ってもいい。何時間もそのタイトルでプレイしてきたのにステータスの振り分けで先に見込みがなくなってしまう。そんなことを許容できるプレイヤーは少ない。
ゆえに、このシステムは作られてVRMMOユーザーにも好まれた。
もちろんデメリットもある。本来LvUPする時に停止する場合はその後の経験値稼ぎに苦労する。
同Lvのモンスターから仮に20の経験値を稼げていたとして、Lv1UPで18、Lv2UPで16という風に経験値が得にくくなる。
経験値は自身のLvにあったモンスターと戦えば本来もらえる同じ値で入手できる。
ゆえに本当なら22のLv同士では楽とまでは行かなくとも、不利無く戦えるが、留めているとLvが1高い敵と戦うことになり、ステータスに差が出てしまうために、本来同Lvの相手でも苦戦を強いられることになる。
だからいくらでも溜められるという訳ではない。
現在、KJはLv4分を上げずに留めている。
本来ならデスシザーとの戦いも、スキルで600のダメージを弾き出すことは可能だったのだ。
リザルトでの経験値入手も本来ステータス画面上のLvでなら1000以上得られたはずだった。
しかし、この世界のステータス振り分けの間違いは命取りにもなりかねない。
先を見据えてLvUP時にステータスを振り分けるのは素人のすること。
現状の装備に対して必要なステ振りをできれば後は留めて置くのがむしろセオリーなのだ。
「敵はチート級のモンスター」
自身が入った所でどうなる。
戦闘が長引けばメンバーも減っていき、最終的な段階で一対一になりかねない。
例えその状態で戦い続けられるHPであったとしても、仲間無しに自身が戦う姿が想像できない。
KJがそう考えてる目の前で、オーダーのメンバーの1人がデスピエロ一号の攻撃によって、胴体に赤いエフェクトを放ちながら消失する。
フィールドの端に当たったその欠片が虚しく塵じり散って行く。
『WWWWWWわ、わわん、ワンヒット~!!』
「ダステル!!やりやがったな!!」
「先行しすぎるな!敵の攻撃は常に大振りだぞ!」
戦いを指揮するアスランはまだ諦めていない。いや、彼らが諦めれるはずがないのだ。
"諦める=ゲームオーバー"ならそれでもいい。しかし、"諦める=実際の死"では誰だって諦められない。
アスランを中心に戦っていた内側のメンバーは漸くデスピエロ一号のHPバーを一本削りきった。
内も外も"もしかすると倒せるかもしれない"という思いが湧く。
しかし、またも響き亘るその声は理不尽を体現する。
『UUUUUUUUUううエポン、チェンジィィイイ!!』
放り投げた釘バットが消失すると、チェーンソーが現れる。
モーター音を響かせて回転するそれは、もはや武器というより凶器である。
「さ、三分の一で形態変化…」
「ってこたーこのまま戦ってたら、後一回は武器チェンジするってことかよ!」
内側に広がる嫌な雰囲気。
外側に広がる絶望的な空気。
「……これはどういう状況だ――」
ナナはその声に反応して振り返った。
鋭い目付き、口元を隠すストール、上半身を覆い隠すボロボロのマント、足元のミリタリーブーツ。
上から下まで黒尽くめの男。
「…ヤト!」
「さっさと状況を説明しろ」
そう言ったヤトにナナの隣にいたKJが口を開く。