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10 乱入者


 なあKJさん、何であんな子どもに声をかけるんだ?


 ラビットの言葉に即答できないのはその答えを自身も理解できていないから。

 もしかすると、それは初めて目にしたヤトが、この不条理な世界で口元に笑みを浮かべていたからなのかもしれない。

 ナナに感じた危うさとは違い、ヤトに感じたのはこの状況でも笑えるぐらい力を、彼が持っているのかも知れないと思ったから。

 思えばこの世界で時折、自分も口元に笑みを浮かべていなかっただろうか?

 それを表には出していなくても心で浮かべていた気がする。

 それに関してはどうしてなのか考えずとも分かっている。


 当時17歳でFDVRMMORPGを始めたばかりの頃のことだった。

 攻略情報をネットサルベージしていた時に見つけた記事に心奪われた。

 タイトルは「1万人を仮想空間に閉じ込めた凶悪FDVRMMO」。

 それはFDVRが普及し始めた当初に起こった事件の記事で、内容はそのタイトルに実際に閉じ込められた人物の実体験などを含む全貌だった。

 βテスターと他のプレイヤーの確執。βテスターの中にはチート級の情報を持ってたとされる存在もいたらしい。

 この記事の著者は自身が攻略組みではないと前置きした上で語っていたため、内容に関しては"だろう""だったようだ"のニュアンスが多く。

 もっと分かりやすい視点から書かれた記事がないかと探した時に見つけたのが、攻略組みのメンバーが書いた自伝だった。

 PKを犯罪と知りながら行っていたプレイヤーたちとギルド。そのギルドの討伐。

 フロアボスの討伐の実態や攻略組みの戦いの全貌。

 その他にも帰還してからの苦労や迫害まがいな嫌がらせ。

 内容は多岐に亘っていた。

 彼の語っていた言葉で一番多かったのは"二刀流ソロプレイヤー"と"最強ギルドのマスター"の二つ。

 その二つについて語られていたことは推測も多かったが殆ど彼が体験したもので。

 "二刀流ソロプレイヤー"に関しては虚実が不鮮明だったため、著者が記すことが少なかった。

 一番気になったのは"最強ギルドのマスター"だった。

 圧倒的センスと強さで他のギルドからも信頼が厚かった。

 鉄壁と言っていいガードはそのHPバーを黄から赤へ変えることはなく。

 常に最前線でゲーム攻略を進めていたそのギルドマスターはとても惹かれる存在になった。

 本を読み進めるていたある時、その存在が75層のボスで消失してしまった時には自然と目から涙が溢れていた。

 己を犠牲にして他のプレイヤーの道標となり牽引してきた彼がいたからこそ、きっと攻略組みは100層まで攻略できたのだと今では思っている。



 そんな"最強ギルドのマスター"に憧れて銃主体のタイトルでプレイし始めたKJは、剣中心のタイトルへコンバートするもその世界に魔法があったことで、すぐに別のタイトルを探した。

 新規のタイトルのテスター募集が届いて中を開いた彼は思った。

 "この世界はきっとあの世界に似ている"―――と。

 Blade Chain Online。

 このBCOこそあの剣の世界に酷似していると思いダイブした彼は肩を落とした。

 システムアシストが存在しない剣の世界はあの世界の偽物でしかなかった。

 しかし、現状のタイトルで剣のみという世界は存在していない。

 彼は妥協してこの世界で剣士になると決めた。

 もちろん正式オープンしたならば間違いなく最強ギルドマスターになるつもりでいたのだ。


 正式オープン当日。

 不敵な笑み、そのピエロの言葉に彼は叫んでいた。

「まさに天啓!」

 笑いが堪えられない、ピエロの言葉は耳半分。

「この世界に私は!愛された!」

 プレイヤー1万人が仮想世界に囚われる。

 過去の事件と同じ状況。憧れた世界とこの偽物の世界が今重なった気がした。



「私が前に出る!」

 KJは叫んだ。

 第5エリア、ボスフィールド。

 目の前にいるモンスターはデスシザーは、大きなカマキリの腕を持った二足歩行の大トカゲ。

 ヘルスがすでにレッドのそれは、瀕死時の強力スキル発動兆候が見て取れる。

 前線メンバーの前に楯を持って出る。

 受け止めた複数回の大カマによる攻撃は彼のHPバーを黄色に変える。

 その攻撃に耐え切ったKJは右手の剣を低く構えた。

 白いエフェクトが剣の先から全体に行き渡ると右手を起点に体が前に飛び出す。

 デスシザーの胴体を突き抜けて体が止まると軌道にLIGHTNING(ライトニング)の文字が浮かぶ。

 魔法のようなそのスキルは310のダメージを叩き出し、さらに右からナナのダガー系の高速攻撃が加わり、背後から幻影の地平線ギルドマスターのアスランが大刀を振り下ろした。

 デスシザーはノイズの混じった音声を響かせ、黒系統のエフェクトを放ちながら消失し、虹色のエフェクトの球体を地面に撒き散らして飛散した。


「やった倒した」「当然の結果だ」「やったぞ!」「本当、虫とか一部でも無理だ」


 互いに勝利の確認をする。


 RESULT F:7300 E:430


 その表示は前回のボス攻略となんら変化なし。

 肩を落とすメンバーの中でナナが声を上げる。


「レア…ドロップした」


 その言葉に暑苦しい男どもがナナの周囲に集まり彼女のウィンドウを覗き込む。


「ちょっ」


 仮想の体とはいえ自身の体に男が擦り寄るのを彼女は良しとしない。ダガーを構えた彼女に男たちは悲鳴を上げて離れる。


「で、一体どういったものがドロップしたんだい?」

 KJの言葉に彼女はウィンドウのそれを読み上げる。


「カマキリの大鎌…鎌?」

 結果はSTR200オーバー要求の鈍足武器。

 種類が鎌であることもこのシステムアシストのないBCOでは、SWA:Storage(ストレージ) Worthless(ワースレス) Article(アーティクル)"倉庫の持て余し物"となる。


「なんだ~スワーかよ」「鎌って誰得」「STR200って極振りかよ」


 使えないアイテムだと落胆する男たちに、ナナは「私のなんだけど」と呟くものの、おそらくは自身もSWAすることになると分かっていた。


「ともかく、確実にボスのレアドロップが存在することが分かった」

 KJの言葉にオーダーのメンバーは笑顔で頷いた。

 アイテムストレージからCONTINENT(カンティネン) MAP(マップ)を選択する。

 手元にマップが現れ、一つの大陸を映し出すと最南部のエリアにさらに小さく区分されたエリアの中にNEWの文字が表示されている。


「どうやらキーボスだったらしい。第8エリアが開放されたようだ」


 マジッすか?ヒャッホーっと喜ぶオーダーのメンバー。

 幻影(ファントム)地平線(・ホライズン)のギルドマスターアスランも笑みを浮かべる。


 戦闘後の勝利の余韻と新たなるエリアの開拓。

 第6エリアを攻略しているギルドの面々が知ったら悔しがること間違い無しの話題だった。

 ナナとKJ、オーダーのメンバー数人にアスランが戦闘(バトル)フィールドから出て行く。

 1人また1人とラインを跨いでフィールドから人数が減った時だった。

 白いラインが赤く光りだし、フィールドが再びアクティブになるとそいつが現れた。



『DDDDDッデデ―――デスゲームを始めましょう!』

 その高い声は間違いなくあのピエロ。


「ジョー……カーだと」


 赤いローブ顔の部分は虚無。宙に浮いているその手には木製の長い棒にいくつかの釘が打ってある。

 所謂"釘バット"を持った死神のようなモンスターは"デスピエロ一号"と表示されている。

 外に出たのはナナ、KJを含むオーダーの6名とアスランの仲間1人。

 内に取り残されたのはオーダー14名にアスランとその仲間二人。


「おいおいおい!嘘だろ!」「こっちはアンプルがもう無いんだぞ!」


 唐突に訪れた理不尽。

 恐怖するオーダーのメンバーにアスランとその仲間も顔に焦りを浮かべる。


「みんな!」

 ナナが再びフィールドへと進むがKJがそれを止める。


「今はまだだめだ。設定上勝利できない強さなら外に出た者たちだけでも命を優先すべきだ」

 フィールドはオーダーのメンバーが内から出ようとしているがそれを阻んでいる。

 つまり、外へは出られない。内側へはどうやら入れる様子で。

 というのも、アスランの仲間の1人が一度外に出ていたのに、すでに入り直したことから分かったことだが。


「そんなこと言っても!」


「皆落ち着け!一度敵の強さを把握してからもう一度フィールドに入る!アスラン!」

 名前を呼ばれたアスランは肯くと戦闘の指揮を執る。


『レレレレレレツゥゥゥゥ――――Let's Killing!』


 高かったピエロの声が低く響くとその場の空気が一層ピリ付いた。


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