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96 考察その10


 VR空間からログアウトしてHMCを外したボクに、小野さんが約束通りマスクを手渡してきた。

 それを受け取ったボクはカバンの中へとしまう。

 小野さんはボクに、「例え同性といえど、自身が使用した物を簡単に手渡してはいけませんよ」と男性特有のいい声で言う。


 いつ誰が異常性を開花させるのか不明な世の中で、ボクのような女性は気を付けるべきだと心配して注意を促してくれているのだ。

 小野さんのそういう点での警戒心は女性以上に強いように思えた。


 それからヤトの部屋に移動し、話ていた事を実行することになる。

 警戒心を懐いた日笠棗さんが「なにをする気ですか?」とヤトのお父さんを睨んだ。


「あ~警戒しないで下さい。これも彼の"仕事"の内ですから――」


 小野さんの言葉で渋々体を退かす日笠さんは、不満そうにそして心配そうな表情を浮かべる。

 上体を少しリクライニングしたヤトのHMCは、市販されているものではない特注品。

 それが繋がっているコードが壁に繋がっているのは、おそらくウォールPCに繋がっているからだろう。


 壁の中に内臓された備え付けのPCは高級なマンションでは今や必需品。

 ネックフォンが主流となった今では、箱型PCやノートPC、タブレットまでも使用場が限られるようになった。


 その所為――という訳では無いが、PCの形や在り様が変わってきた。

 お風呂などの水場でもネックフォンがあればいい。


 そしてPC業界が考えたPCの新たな形が内臓型。

 壁や机、ネックフォンが使えない長距離バス内の椅子、電車のグリーン車以上の座席の後ろなど。


 次の段階としてはPCとしての究極の形であろうホログラフィックのPCなんだとか。

 でも、それさえもAR――拡張現実に比べたら使い勝手の悪いものになりそうだ。


 壁の一箇所がディスプレイになっていて、それを直接タップするヤトのお父さん。

 小野さんはその様子を腕を組んで眺めている。


「すでに起動準備はできているから……あとは許可が必要なだけだよ小野くん――」


 つまり、その瞬間からVR内のヤトは混乱、ないし動揺するに違いない。


「VRCDの権限は本来そのエージェント個人が使用できる特権です。…が、今回は"特例"として私の権限で執行を許可しましょう」


 それを聞いたヤトのお父さんはニヤリと笑みを浮かべて「シャドー!」と言う。


「Mr.プロフェッサーフリーダム。いや、クレイジーフリーダム。コード認証を要求する」


 それは最新のボカロのような、機械的な部分のなくなったまるで人のような声だった。


「コピーのシャドーより声がアップグレードしてる…」


 とボクが呟くと、「さすがだね!より息子の声に似させて作ったボイスコアを使用しているんだ!」と自身満々で言う。


「日笠くんも初めて耳にした時は――"裕人さん!"と言って眼を潤ませていたよ!その後、お気に入りのシャツをビリビリに引き裂かれたがね」


 その光景が容易に想像できてボクはついつい笑んでしまう。

 しかし、日笠さんはその表情を一切変えず「余り無理をさせないで下さい」と言う。


「クレイジーフリーダム?コード認証を要求すると言っている」


「あ~すまんすまん。コード認証ね………"オペレーション!アルゴノート!!"始動!!!」


「コード認証・・・・・・・・Normal Activation………operation Argonaut!――Accept」


 ヤトの頭のHMCが高速で緑色のアクティブサインを点滅させる。

 首に付いたこれまた見たことがないネックフォンもオレンジ色を点滅させている。


「あの…このネックフォンはどこ製ですか?」


「ん?あぁそれは某社の新機種の試作ものですよ。と言っても、それが発売されるのは5年先ぐらいですけど――」


「え?5年ですか?!どうして?」


「これいくらぐらいだと思いますか?小野坂さん」


 小野さんの言葉にボクは「12万円くらい――」と通常より1.5割増しの値段を言う。


「ふ。これは大体市場価格にすると80万円くらいしますよ」


 …………へ?

 ボクは何かの冗談かと思って「嘘ですか?」と聞くも、小野さんは笑顔で"いいえ"と返した。


「一般人には少し高いですかね。でもそれだけの機能が備わっていると考えてください」


「"少し"ですか?」


 ボクの最新高性能のHMCでも14万円ぐらいなんですけど?

 小野さんの"一般人"の定義を少し詳しく聞きたくなった。


「ところで…いつですか?そのVRCD権限の外部からの執行は?」


 小野さんが腕組みする肩をグっと持ち上げながらそう言うと、「もう終わったよ」とヤトのお父さんは答える。

 はい?!っと肩を下げた小野さんと、え?!と眼を見開いたボクも気付かないのも無理はなかった。


 シャドーが英語の発音で何やら呟いて以降、ボクも小野さんもヤトをジッと見ていたけど特に変化があったわけじゃないからだ。


「ハッキリ言おう!このオペレーションアルゴノートの欠点は!外部からでは何が起きているのか"把握できない"点にある!」


 それは何となく理解していたけど、ここまで呆気ない展開だとは予想だにしていなかった。

 その証拠に、「判断…誤ったかもしれません」と小野さんが呟く。


 ヤト――今キミはどうなっているんだろう。


 そんな心配だけがボクの中で広がっていった。



 ――――

 ―――


 アトリアン歴2308年6月。


 ヤトこと第8真祖と、エリーこと第7真祖の元に現れた眷属の集団。

 第2真祖クリフ・ヒース・L・マルガスの眷属たちだった。


 女性ばかりの集団に一番テンションを上げたのは、青みがかった髪に灰色の騎士風の服を着たカーフ。

 エリーは面倒くさそうに溜め息を吐くと、「で?私に用ってなに?」と言う。


 薄いピンクの髪の毛のアベリアが一番前に立って彼女に言う。


「マツバ――使者から手紙を受け取っていませんか?ラカ卿――」


「使者?私は知らないけど?で?他人の眷属がこんな所へ来て無事で済むとでも思っているの?」


 警戒するアベリアや眷属たち。

 すると、オッドアイの眼を閉じていたヤトが口を開く。


「昨日の…あの女か――」


 その言葉にアベリアは微かな希望を感じ、エリーは眉をピクリとさせる。

 そして、ヤトの隣でその顔をジッと見つめる金髪のマリーシャもその言葉には肩をピクッと動かした。


「昨日から俺の部屋で寝息をたてている女のことかもしれないな」


 ヤトの部屋とはエリーといる最上階の寝室とは別にある部屋のことだ。

 不満げにヤトに視線を向けるエリーは言う。


「"昨日から"って――ヤトは私と寝ていたと思ったけど…私の気のせいだったかしら?」


 その言葉にヤトは、「昨日俺の目の前で唐突に気を失ったんだ」と言うがエリーは、「どうだか――」と言いながら椅子を小突く。

 アベリアは、「マツバはマツバギク…花言葉は"怠惰"を意味しているんです」と申し訳なさそうに言う。


 エリーは、「花言葉?知らないわよ!それよりこっちに連れてきて!躾けてあげるわ!」と拳を握った。

 珍しくマリーシャがそれに返事をしてヤトの部屋へと入っていった。


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