94 考察その8…?
普段からA子はB男を家に招き入れることもあった。
男女の友情は存在し、それを信じて接してきた。
だが、マスク一つがB男を変えてしまう。
「その時のマスクがきっかけで彼は変貌していったのです。始まりはマスクで彼は彼女を異性と認識し始めた」
「異性…ですか――」
「しかし、そのきっかけ…気付きは通常ではなかった。"異常な興奮を覚えた"と本人は供述しています」
本人が供述?
その後、B男は彼女が使ったチリ紙や割り箸、ストローなどでさらに興奮を高めて言った。
もちろんA子がそれに気が付くことはなく。
数ヵ月後、B男の誘いで彼の家に訪れたA子。
馴染みのタイトルにダイブするためにそういうことになったのだが、その日彼の異常性を彼女は知ることになった。
「その日、A子はダイブ中性的暴行をB男から受けました。信頼していた友のアバターをVR内で守っていた彼女の絶望は――想像しただけで旨が痛くなる」
絶句した―――
本当に、想像するだけで心が痛い。
「B男はA子の通報で逮捕。動機は"彼女のことが好きだったから"……初犯で動機がそれだったため彼は3年ほどの実刑を受けました」
強姦罪はあまり起訴率が低いとニュースで見たことがあるけど。
「正直強姦罪で起訴された人物の再犯率は2~3%で、本当に再犯は少ないです…が――」
小野さんは指で小さな隙間を作って言う。
「ほんの一握りの性犯罪者には重度の依存症があり、再犯率が100%になるんです。そして、そういう被疑者は余罪がありそれが被害者による"告訴"が必要な為、思い出したくも無い被害者は他言しないことが多いんですよ」
それが起訴率の低い原因。泣き寝入り状態と言えばそうなのかもしれないけど、もしボクがって考えると――
「そして、刑期を終えたB男はそれから一年後、もう一度罪を犯します」
「…………」
「強姦致死傷…被害者はA子でした。B男の異常性は裁判やその後の更生期間では改善されませんでした。結果、既に引越しをしていたA子の居場所をどうやってか調べて見つけた」
A子はフルダイブ中に部屋に忍び込んだB男によってその命を奪われ、B男は自殺し事件は幕を閉じた。
「…悲しいですね」
「悲しい?そんな言葉では済まされない事件です。精神鑑定で正常だったとしてもその本質は見極められないのが現状。大体、精神が異常で病気だから仕方が無いということが罪を犯しても仕方が無いということ自体間違っている。罪には罰が必要です。人が人を裁く時点で大それたことだとも思いますが、それでも人が罪を裁く必要があるんです」
「…でも、本当に命を奪いたかったわけじゃない人もいると思うんですけど」
「それこそ、私は結果論だと思っています。"その気はなかった"という事実より、人間一人が死んだという結果は覆らない。それでも、"人権"というもので犯罪者を守るというのなら死人には"人権"がないと法が認めているということです」
小野さんは始めて舌うちした。
「でもね小野くん。法が常に生者に対して天秤を傾けるのは人の願いだよ。誰だって"誰かの子"であるわけだからな…当然の決まりだ」
それでも!と小野さんは拳を握る。
「罪には同等の罰が必要です。窃盗には禁固刑、性犯罪には性的行為ができないように――」
つまり…。
「"ナニをチョン切る"ということだね。それで?死には死を?そんなことをしたらどうなると思う?ここ最近の日本の殺人罪では日本名の在日外国人や日系何世などの者が殆ど。やれ在日何人ばかり死刑にする日本国は――と世界から非難殺到は必至だよ」
「"優しい日本"――"住みやすい日本"ってやつですか?フッ、それで日本人が住みにくくなっているんですから本当にバカバカしいですね」
たしかにVRの犯罪でも重犯罪になると在日の人が多いってネットで見た。
「もちろん日本人も重犯罪者はいます。が、それでも性犯罪に関してはそういう人間の方が多いことも事実としてあります」
でも、日本人の性犯罪者だっていて、中には再犯する人だっている。
在日の人が全員悪いわけじゃない。
「無論多数の日系人在日人たちは普通に暮らして日本で生涯を終えることが多く、そういう人間のためにも罪を犯した者はしっかりと罰するべきです。何度も再犯して印象が悪くなる方が性質が悪い」
とても、とても重要なことだけど…。
「あの…小野さん。また話が――」
とボクが言うと、小野さんはハッとしてヤトのお父さんを見る。
その表情はしてやったり顔。
「私はまた博士に誘導させられたんですね」
「ぬふふ。いつだって話の脱線は容易に誘導できるんだよ~小野くん」
そう、ボクたちが今している話はBCOサバイバーでVRCDのエージェントであるヤトに、外部からアクションが起こせるという話だったはず。
「まったく、私もまだまだと言うわけですね。単純な誘いにのってしまうなんて」
頭を押さえるその彼の姿は女で、声もカワイイ……ゆえに違和感が拭えない。
ヤトのお父さんは手を一度叩いて言う。
「さあ、本題に移ろうか。息子のHMCにインストールされているVRCD執行権限。それに対して私専用のバックドアをいくつか作ってあげているだ」
ドヤ顔のその顔はアバターであろうとやはり不愉快という言葉が丁度いい。
「それで、バックドアとは――」
「強制的に外部からアバターに例のアクセス権を発動できるシステム。それと視覚会話するシステムだ!」
アクセス権?それはあの黒い剣のことだろうか?
そんな疑問を持ったボクに「息子はあの剣をつかっていたかね?」とヤトのお父さん。
「ええ、ボクはそれで一度救われましたから」
「なら知っているよね?本来あれをジェネレートさせる為に必要なパス。コードというべきだね。それを聞いたことが?」
「はい」
殆ど何を言っているのかは聞こえなかったけど。
「それを強制的にシステムで発動させることができるのだ」
そして自慢気な表情で「すごいだろ?」と言う。
小野さんはクロスした足を肩幅に開いて姿勢を変えると、髪の毛を両手で触りながら「完全にアウトです」と言う。
「そもそもVRCDの権限はライツ?と違法者から恐れられるVRCDのエージェントだけの特権であり、それを外部から発動させるシステムなんて論外です。言うなれば、他国の裁判長が日本の裁判を勝手に取り仕切るようなものだ」
国際法にも触れ兼ねない、と眉を顰める小野さんの振る舞いが女性化しているのはきっと錯覚。
ボクは、「それで何かが変わるでしょうか?」と疑問を投じた。
「そもそも、あの外付け加速ドライブで記憶自体作られている可能性が高いんですよね?」
「高いなんてものじゃない。息子にHMCに備えてある脳波観測アプリの波計からみても間違い無いだろうね」
そんなものありませんでしたよ、とボクが言うと「ほら、日笠くんが見ていただろ?今時珍しいタブレット型のPCだよ」と言うが、箱型のPCを持っている人にタブレットを"今時"と言われてもと思ってしまう。
「あのタブレットPCが……そんなこと一言も教えてくれませんでした」
ボクがそう言い。
ヤトのお父さんが唐突にそれを言う。
「ま~日笠くんならそうするだろうね。何せ彼女は息子を心から慕っているからね。"恋愛"を超える"真愛"で――」
「……………………へ?」
あのメイド姿で赤いメガネの似合う美女が?体を毎日隅々まで世話している彼女が?完全に見た目でヤト好みであろうかの日笠棗さんが?
ボクの思考回路は――
完全に思考を停止して――
システムエラーをつげていた......