5 洗礼
KJに別れを告げて始まりし街の酒場を出た俺は内心うずうずしていた。
こんな状況だというのに、こんなにも戦いたいと思ったことは一度としてない。
自分と仮想世界が本当に一つになった気分。あえてこの状況を作り出した人間がどれだけの理不尽を用意しているのか。
攻撃を受けた時の痛みが増幅されているかもしれない。チート級のモンスターがその辺で現れるかもしれない。
そんな状況でも、そうそんな状況だからこそ――
「ちょっと!待ちなさいよ!」
その声が俺を呼び止めるものだとは思わなかった。
不意に腕を掴まれた俺は振り向きざまに睨みつける。
「……あーあんたか」
そこにはさっき酒場で別れたはずのナナが立っていた。
彼女に話しかける理由に心当たりがなく俺はさらに警戒心を強めた。
「………で、なんなんだ」
「ちょ、ちょっとあんたに話があんのよ」
俺に話し?
「……」
ナナが話そうとして口を開いた瞬間だった。
「ヤ~トくん。さっきぶり~!ね~ね~、私とフレンドになってくれないかな~」
この耳障りな喋り方はマリシャだろう。
俺は彼女に拒否の意思を持って眉を顰めた。
「ちょっと!まだ私が――」
「はい!送っとくので~登録よろしくね!」
視界の端でハートのマークが現れて点滅し始める。
そのマークの上に"1"の文字が表示されているが、これはフレンド申請の数だ。
フレンド申請は対面する相手になら強制的に送れる。もちろんブロックは可能だ。
「……別に、登録しなくても――」
そう言った俺の視界の"1"の文字が"2"に変わる。
現在俺の視界にいるのは二人。
「私もついでに送ったから!登録しといてよね」
「……」
ツンデレ風なナナと満面の笑みのマリシャ。
俺はとりあえずフレンドの項目を選択してウィンドウを開く。
【KJ】:IN:――:始まりし街街中
【MARI】:申請中
【7NANA7】:申請中
マリシャは偽名。
ナナにいたっては777のスリーセブン。
打ち込み申請対策というやつだろう。特に女のプレイヤーには多いこれは、仮想世界での自己セキュリティー。
非常に不本意な所だが"後で削除もできる"ということが、この時の俺に"一括登録"を選択させた。
「ヤトくん登録ありがとね~。あと、声かける時は"マリシャ"って呼んでね」
そう言ってマリシャは転移ポートへ向かって行った。
「私は"ナナ"って声かけて……それじゃ――」
ナナも転移ポートへ走って行く。
おそらくだが、俺の風貌から情報屋とでも勘違いしたのだろう。
剣を装備してないのもそう見えた原因かもしれない。
KJが選んだメンバーで唯一俺がそれ風だったし。俺的にはラビットの方がそれに関して得意そうに見えた。
「ちょっといいかいあんた――」
どうやら今日は初日に劣るものの厄日らしい。
振り返るとそこには、髪が短く、面は無精ひげ、特に怪しくはないがすぐに信用できる顔という訳でもない。そんな印象の――
「あんたテスターだろ?悪いけどさ、この世界のレクチャーしてくんね。ああ悪い、俺はビージェイだ。で、どうよ?」
「……チュートでも受ければいいだろ」
チュートリアルを受ければ俺の教えなんて必要はない。
「それがさ、どうやらヘルプ機能がロックされているらしくてな、チュートが受けられないんだよ」
なるほどな。
この理不尽はジョーカーの仕業だろう。
ヘルプ機能全体のバグなんて考えられない。
「………あんたFDのVRMMORPGは初めてか?」
「ああ、よく分かったな」
別にそうだと分かったわけじゃない。初めてか?そう聞いただけだ。
「………そうか。じゃあこれまでに何人に話しかけた?」
「じゅ~さん、13人目だな!あんたで」
13人か。
「その12人が全員、"FDのVRMMORPGは初めてか?"と言わなかったか?」
「…なんで分かるんだ?あんたエスパーか?」
こいつ……。
「仕方ないな、俺が教えてやろう。場所を変えるぞ」
「お!おう!」
俺はビージェイを連れ始まりし街の外へと出た。
広い平原は低い崖が唐突にあったりして直線では移動しにくいフィールドになっている。
モンスターの現れない場所でビージェイに質問する。
「装備を見せてくれ」
「オーケー!」
そう言ってビージェイは自身のステータスを表示したウィンドウを俺に向ける。
他人のウィンドウは許可がなくても見ることができる。が、本来は設定で見れないようにできるのだが、機能をロックされている現状では無理だ。
現状では画面の大きな旧型タブレットのようなものだ。
「……」
LV:1
HP:160(160)
STR:10(30)
VIT:10(35)
DEX:10(10)
AGI:10(9)
初期のステータスだな。
武器
1:初心者の剣
防具
1:初心者の胸当て
2:
3:
4:
装飾
1:ジョーカーのハナクソ
2:
3:
初心者装備。
細かい部分は他人には見えないようになっている。
スキルはどうなっているのだろう。
それに――
「おい、この装飾はなんだ?」
「これか?こりゃあのピエロの仕業だ。俺たち後乗りの男は全員最初から付けられていて外せないんだ」
装飾スロットの占拠か…これは地味に効くな。
「ピエロ曰く"むさい男どもにはハナクソを、ブスな女どもにはメクソを、僕のタイプ名女の子にはハナタバを"ってな」
ビージェイのそれはピエロの真似だろうが…全然似てはいない。
「それぞれ効果があるんだが…俺のは"ドロップ率減(中)"。メクソはドロップ率減(小)。んで、ハナタバはドロップ率増(個人差あり)だそうだ」
ふざけたことを考える。まるで子どもだな。
俺は拳を構えてビージェイの腹を殴りつける。
体をくの字に曲げたビージェイは苦悶の表情を浮かべて吹っ飛ぶ。
頭の上のHPバーが3分の1ほど減り緑から黄へと変化する。
「いた!くはない…が、いきなり何すんだ!」
ルナになってからはドゥラジェネレータ・リリバーに名称が変わったが。
所謂ペインアブソーバー。仮想の痛みを生成するとともに、本体の脳が勘違いで生成する"本来ないはず"のそれを緩和する感覚再生エンジン。
ルナはゲームバランス自動改善システムの愛称だ。例の事件のそれはクエストの生成もしていたらしい。
ルナにその機能が無い事は前に記事で読んだことがある。
BCOは独自の武器ジェネレートシステムがあるらしいが…名前は忘れた。愛称でもあれば忘れなかったんだろうが。
「どうやら、痛みは抑えられているようだな!」
もう一発立ち上がったところに拳を打ち込む。
「おい、待てよ!死んじゃうだろ!」
「教えて欲しいんだろ?FDのVRMMOってやつを!」
そうビージェイ言った俺はさらにもう一度拳を振り上げた。