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夢を結ぶ  作者: 今日子
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 私とアリステアはそれからも数日置き、あるいは1週間に1回程の割合で会うようになった。本来ならば、婚約者であってもこうも頻繁に会うのはなかなかないのだが、彼の父親が父と私の傍系にあたることで彼らが構える居がこの屋敷とそこまで離れていない事がそれを可能としているのだろう。

 回数を重ねる毎に最初のぎこちない雰囲気は鳴りを潜め、代わりに生まれたのは不思議と馴染んだ気配だった。まるで随分昔から時間を共にした様な自然さである。

 それは私と彼がどこか似た性質であった事も理由であっただろうし、相性が悪くはなかった事も理由だろう。私と彼はどちらもそう口数が多い訳ではなかったから、向かい合って座っていても会話が途切れる事もあった。本来ならば沈黙が続くと居心地が悪くなりそうなものだっただろうが、私達の間に流れる沈黙は決して悪いものではないのもこの微妙な関係が続いている理由なのだろう。

 しかし私達自身が口数の少なさを認識しているのだから、周囲から見た私達はどう見えているのだろうか、と思いもする。さぞもどかしい思いをしているのではないだろうか。

 例えば父、彼は私達の関係を歓迎している人間の一人である。それは彼自身がこの話を進めた人間なのだから当然だが、その彼をして時に微笑ましげに見守り、そして時に苦笑していた。母と結婚する以前はその造作や物腰を生かして様々な女性と浮名を流したと聞く(その情報を私に漏らした人物についてはその人間のこれからのために明言しないでおく。父は身内には優しいが、敵には容赦しない人間なのだ)。そんな彼からすると私達は幼子の遊戯の様に見えているに違いない。この屋敷の使用人達も何も言いはしないが、その何とも生温かい視線から言いたい事は明白だ。

 しかし私とアリステアはこのじれったい程にゆっくりとした歩みに焦ってはいない。

 例えば、ある日の午後のことだ。

 基本的に私達の付き合いというものはアリステアが父と私の屋敷を訪れることで成り立つ。本来貴族の娘であったなら積極的に自宅に客人を呼ぶ、あるいは他家で行われる集まりに参加して人脈を最大限広げる事に心血を注ぐのが普通だ。それが彼女達の誇りであり、同時に周囲に求められている事でもある。

 しかし私はこの1年としてその様な付き合いをした事がない。そのため、家族である父と使用人以外に私が会って会話しているのはこの青年のみである。それが彼からの一方的な訪問によってのみ成り立っているのだから、この関係が遅々として進まないのは自明だろう。

 彼はこの屋敷を訪れる時は前回の訪問から余り時を置かない場合は、前回の訪問時に次の訪問の日時を告げて私と父に確認をとる。そして次回の訪問まで時が空く時は、訪問する数日前には必ず連絡を入れていた。そう意味でも非常に律儀な人だ。私は良く言えば寛容、悪く言えばぼうっとしていると評される(そう言ったのは父である。彼は総じて私に甘い人だが、同時に公平な人だ)。そのため、例えアリステアが急に訪れたところで私は何も気にしないが(彼ばかりに手間をかけさせている事を自覚しているだけに、むしろ急に訪ねて来るくらいが安心できる)、父は甘い造作をしていて中身は全く甘くない。礼儀を失している人間は笑顔で拒絶する様な人である。

「これは今首都で人気らしいですよ。日持ちがするので、良いと思いまして」

「まぁ……」

 人好きのする笑顔と共に現れたアリステアの手には小さな包みが握られていた。それは彼の言葉からすると食物の類らしい。

「甘い物は大丈夫ですか?」

「えぇ、勿論」

「良かった。私は女性に何を贈ればいいか分からなかったので知人に相談したところ、これならば問題ないだろうと言われたのですが。首都に着いてから貴女の好みを聞いておくべきでした」

 女性への贈り物といえば、花しか思い浮かばない様な男ですから、とアリステアは茶目っ気たっぷりにおどけた。

 彼はここを訪れる度に何かさり気ない手土産を持参していた。それがこの様にさり気ない物ばかりで、きっと私が気を使わない様に気を使ってくれているのだろう。

「アリステア様は甘い物は大丈夫ですか?」

「えぇ」

「それではせっかくですから、一緒に頂きましょう」

 私は少し離れた所に待機していた侍女に小さく合図を送り、アリステアの手土産を受け取りそのまま侍女の一人に手渡した。

 少しの時間彼と緩やかに会話をしていると、手土産の中身とお茶が運ばれてきた。

 どうやら彼の手土産は焼き菓子だったらしい。受け取った時から微かに甘い匂いがしていたため、彼と共に食べる事を思いついたがお茶と共に頂くのに支障のない物でよかった。

 皿に盛られた物にフォークを入れて一口大にすると、口へと運ぶ。すると受け取った時にした香りが鼻に抜けて、思わず表情を緩める。

 ほぼ同時に口に入れていたアリステアも咀嚼し、ほっとした様に笑った。

「うん、おいしいですね。話題になる訳ですね」

「本当に。私も同じ様な物を作った事はありますが、なかなかこうは作れません」

 焼き菓子の中には数種の木の実と干し果物、それに微かに酒で香り付けされており、一見よく作られる焼き菓子の一種とそれほど変わらない様に見える。しかしそれはもっとパサパサしており、この様にしっとりはしていない。

 私は首を傾げながら言った。

「どうやったらこの様な食感になるのでしょうか?」

「私も詳しくは知りませんが、このお菓子は隣国でよく作られている様です。隣国は菓子の類が有名だそうで、この店他にも珍しいものが沢山ありましたよ」

「そうなのですか?私も機会があったらぜひ行ってみたいものです」

 隣国というのは私と彼の母親の生国の事を指している。国交が積極的に始まったのは最近の事だが、この国と隣国の間に山脈さえなければ距離そのものはかなり近い。

 最近まで内乱に次ぐ内乱で国内が荒んでいた隣国だから、菓子類の贅沢品が庶民の口に入る様になったとは最近の事らしい。しかしかつて平和な時代では女王を戴いた時期もあったそうで、その頃に多くの菓子類が貴族から庶民にまで広まった様だ。内乱が収束し、物流も安定して菓子類の流通も再び始まったのだろう。

「いろいろありましたが、これは日持ちする上に日を置けばよりおいしくなると聞きましたから。丁度良いと思いまして」

 父と私の住む屋敷は比較的国境に近い位置にある。そのためどちらかと言わずとも、距離だけならば首都より隣国の方がよほど近かった。そのため首都との距離は決して近いとは言えず、そこそこ時間がかかる。焼き菓子以外ではとてももたなかっただろう。

 私は成る程、と頷きながら焼き菓子を咀嚼していた。しっとりとした生地の中の木の実や干し果実の食感が楽しく、上品な甘さや香りも私の好みだった。

 アリステアは特別菓子類が好き、という様には見えないが、終始機嫌良く食べる私を楽しそうに見ていたようだ(これは侍女の一人が後程言っていた)。

 私とアリステアの関係は概ね常にこの様な状態だ。性的な触れ合いは勿論の事、そもそも互いに物理的に接触する事自体非常に少ない。彼は常に紳士はこうあるべき、を体言していた。それを期待していた父でさえ、余りに健全的な遣り取りに苦笑していた律儀さだ。

 この様に私とアリステアにとっては順調な関係に比べて、私自身の不調は誰にも知られる事なく良くなるどころか悪化の一途を辿っていた。私も気を付けているから人前で意識を失ったりぼうっとしたりといった事はなくなっていたが、意識の混濁事態は頻発している。覚えのない記憶、そしてその中で生きている人々、まるでこうして生きている私自身が偽者なのではないかという疑問が常に私を苦しめ、徐々に夢に現実が侵食されている様な恐怖を感じている。

 記憶を取り戻すと記憶を失っている間の記憶を失うという事例は多く存在すると聞く。これが失ってしまった記憶が戻る前兆だと言うのなら、こうして生活しているこの私は消えて亡くなってしまうのだろうか。

 もうすぐ私が記憶を失ってから3度目の冬が訪れようとしていた。

 


――小さな少女の手を引く男は半歩先を歩んでいる。彼は少女にとって余りに大きくて、彼を見上げるには限界まで上を見なくてはならなかった。

――前を向いて歩く彼、それでは少女では彼の顔を見えないから、つないだ手を揺らして注意を引こうとする。

――彼はどうした、という風に首を傾げ微笑む。

――少女は悪戯気に微笑みながら、何でもない、と首を振った。そして少し機嫌良さ気にステップを踏んだ。その顔は今にも鼻歌を歌いそうなくらいで。

――きっと、それは一番幸せな記憶であっただろう。

















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