第陸拾参話
回りくどいのは無しで
増えた草に身体を押され、洞穴から出て来たのは猫であった。
猫は辺りを見回し、見慣れない木がある事に気付いた。不思議そうに木を眺めていたが動く事はせず、座り込んで毛繕いを始めた。
木の上の者達はお互いに手で合図を出しながら様子を観察していた。
まだ動くな。合図はそう示していた。
地面から植物の芽が顔を出し、地面を這うように猫へ向かってゆっくりと伸びはじめた。猫の気が植物へ向くも良し、脚をからめとれても良し。囮でもあり、本命でもある。
蔓が猫の近くへと到達した。
ウシオは猫の前に魔力の塊を投げ込んだ。
地面に落ちた物に反応し、猫はその場から飛び退いた。
植物の蔓が伸び、猫の後ろ足を絡め取った。
そこへ矢が一本、猫へ向けて飛んだ。
その矢は猫の前足を掠め、傷を作った。
猫は声を上げて暴れだし、後ろ足に絡みついていた植物の蔓を引きちぎった。
そして矢が飛んで来た方向、ウシオの隠れている木のほうへと駆け出した。
ウシオは猫へ姿を見せた。
猫は向きを変え、ウシオから距離を取った。
ウシオは猫の気を引く為、魔力の塊を投げ付けた。猫は距離をとって逃げようとしたが、ウシオによって逃げる事の出来る方向は限定されていた。
弓持ちがいない方向にしか逃げる事は出来ない。そして、逃げた先には罠が仕掛けられている。
そのはずだったのだが、猫は何事もなく通り過ぎた。本来ならば足元の地面が獲物の重さにより陥没し、動きを止める。そのような罠が仕掛けられていたはずであったが、罠は稼動しなかった。
あいつ、忘れたな。木の上にいる者達は皆、同じような事を思った。
猫は森の中に消えていった。
罠の仕掛け忘れにより、今回の狩りは失敗した。
皆、しばらくの間、動く事が出来なかった。ただ一人、ウシオ以外は。
「後は任せます」
ウシオは歩いて洞穴に向かい、入り口から溢れている草をかき分け、中に入っていった。
この状況にはカムでさえ呆れるしかなかった。あいつは何がしたいんだ、と。
狩りは失敗した。このまま木の上にいても意味は無い。洞穴の正面の木の上にいたカムと若い弓持ちは木から降りて辺りを確認する事にした。
もし猫が近くにいてカム達に向かって来るのなら、別の木の上にいる残り二組が弓で狙撃する。
だが、猫は出て来なかった。しかし、逃げてはいなかったようであった。その証拠に、猫が走り去った方向からカム達へ向けて何かが飛んで来た。
当たる前にカムは気付き、盾で防いだ。重い一撃ではあったが、カムに怪我は無かった。
しかし、この攻撃は果たして猫なのか? カムは判らず、どうするべきかと考えた。だが、答えが出る前に次々と飛んで来た為、防ぐ事に集中した。
「早く終わらせましょうか」
ウシオは子供を親元へ返す為、探索範囲を広げ、草から返ってくる感覚に集中した。それと同時に、目的地までの道を木で作り始めた。
木の上にいる剣持ちは、別の木の上にいる弓持ちと身振り手振りで会話した。
「見えるか?」
「見えない。そっちはどうだ」
「こっちも見えん」
「どうする?」
「俺が行く。上は任せる」
「分かった。気を付けろよ」
「ああ」
剣持ちは地上に降りてカム達の元へと近付いた。
「カム、無事か」
「まだな」
二人は若い弓持ちを背中に庇って飛来する物を防ぎ、ウシオが洞穴の入り口に生やした木が盾となる位置へと移動した。これで飛んで来る方向からは見えなくなった。しかし、飛来する物が止まる事はなく、木にぐさっぐさっと何かが刺さり、表面を削っていた。長くは持たないだろう。




