第十一話 変動と固定
シバさんはしばらく考えた後、ゆっくり、確かめるように話しだしました。
「これは、…私の推測なのだが……」
「はい…」
良くない事なのかなあ? 不安になる言い方です。
「この世界に来た者には、その土地の特徴を持ったスキルが与えられるのかもしれない」
「?」
「ああ、難しかったか。
勇者以外に二人しか対象がいないから断定はできんが、火の国に来た者には【火】のスキル。
風の国に来た者には【風】のスキルといったように、だいたいが国と同じ名前のスキルが自動的に手に入るようだ。
勇者はその他に、武器のスキルと他の国のスキルも同時に与えられているみたいだがな」
あれ? この国って[日の国]ではなく[火の国]だったんですか。気づきませんでした。
「? う〜ん?
カオルさん、武器スキルはありますか?」
「えっ、【火】しか表示されてないけど?」
急にどうしたのですか、ウシオさん。何か気になりましたか?
「はあ〜。やはり勇者では無いのですね。
つまんないのー」
ふざけないで下さい。こっちは真剣なんですから!
「そう言うな。カオルは私の貴重な研究対象なんだ。
私は勇者じゃなくて良かったと思うぞ。もし、勇者だったら国の奴等が探しに来て、村が騒がしくなってしまうからな」
研究対象って……。勇者の方が良かったかも…
「それに、な、勇者だったらほとんど自由は無い。
常に誰かがついて来るからな」
「何でですか?」
「勇者は便利だからだ。初めから何個もスキルを持ってるから簡単に強くなる。
それと、戦いで死んでも誰も損をしない。もともと、使い捨ての戦力だからな」
前言撤回します。勇者でなくて良かったです。助かりました。ありがとうございます。
「ああ、この世界の事でカオルに伝えてない事が何個かあったなー。
ちょうどいいし、教えておくか」
まだあるんですか?もう十分です。覚えきれませんから。
「カオル、この馬鹿を殴ってみろ」
「えっ、なんで…?」
「いいから殴れ」
シバさん、威圧しないで下さい!
「ウシオさんはいいんですか?」
「何が〜?
カオルさんの拳で、痛みなんて感じないと思いますよ〜」
むかつきました。なんで馬鹿と呼ばれてる人にばかにされないといけないんですか! 本気で殴ってあげましょう。
力を込めらるように構えて
「いきます!」
「どうぞ〜」
ペチッ
ウシオさんには全然効いてないようです。と、いうよりこちらの手が痛いです。
(なんでー!?)
「駄目だな。弱い、弱すぎる。
カオル、それだと駄目だ。『力』、じゃなくて『怒り』を拳に込めるんだ。
『こいつを殺す!』位の怒りを込めて殴ってみろ。
さあ、やれ!」
無茶苦茶です…。そんな事で威力は変わらないと思います……。
「…カオル、早くしろ」
「そうですよー。早くして下さい。どうせ効かないんですからー」
もう嫌だ。何なの、この人達。
『怒り』、かぁ。
それなら、こんな所に連れてこられた怒り、猫に追いかけられた怒り。
それと、シバさんやウシオさんにもあります。
助けてもらった事には感謝していますが、人を『殺す』と脅したり、私のパンチは効かないと言ったり、
いい加減にして下さい、私だって怒ります!!
この怒りを込める?
どうやって?
「シバさん、どうやって怒りを込めるんですか?」「殴る奴に対して感情を向けるだけだ」
「感情?」
「『全ての怒りの原因はこの馬鹿にある』と思って殴れ」
「…わかりました……」
「いきます」
「いつでもいいですよ〜」
(!?)
ドンッ!!
「・・・げふっ!
油断…しました。
やりますね、カオル…さ…ん……」
バタッ
私のパンチでウシオさんが倒れてしまいました。
「良くやったカオル!」
ウシオさんが倒れたのにシバさんはとても喜んでいます。
でも、私も気分がスッキリしました。
今までの苛々(いらいら)が消えてしまったようです。
「今のがこの世界の不思議だ、分かったか?」
(? どこが?)
「最初、カオルのパンチはほとんど効果がなかった。
それが、怒りを込めたらどうだ? 馬鹿が一発で沈んだぞ。
カオル、この二つの違いは?」
「…怒り?」
えーと、怒っただけでそんなに変わりますぅ?
「そうだ、『怒り』の有無だ。
この世界では『怒り』が『力』になる。正確に言うなら、『怒り』が『筋力』を上昇させる、だな」
「筋力?」
「ステータスにあるだろう?」
……確認してみよっ
「ステータス。
……(確認中)……、変わってませんけどー?」
ステータスの筋力の値は1のままです。
「当たり前だ。ステータスの数値は変化しない。
この『筋力』の上昇は一時的なもので、上昇する数値は毎回変わるからな。
私はこれを
『変動ステータス』
と呼んでいる。
反対に、ステータスの変化しない数値は
『固定ステータス』
と言う」
もう限界です。覚えきれません。
「シバさん、覚えきれないんですけど…」
「一通り説明が終わるまで黙って聞け」
シバさんは私の意見を無視して説明を続けました。
「今現在、変動ステータスで上昇するのが分かっているのは、
『怒り』が『筋力』
『愛』が『魔力』
だ。
だが、私の『速力』と馬鹿の『耐久力』が変動ステータスによって上昇しているのは間違いない 。
何が関係しているかはまだわからんがな」
突然ウシオさんが消えたのは、シバさんがもの凄い速さで動いていたからなんですかー。
不思議な世界です。
「だがな、変動ステータスは寝ている時や意識の無い時だと意味が無くなる。
こんな風にな」
ゲシッ ゲシッ
シバさんは倒れているウシオさんを蹴りました。
蹴られたウシオさんはとても苦しそうな顔をしていますけど?
「カオルも蹴ってみろ。面白いぞ?」
怒っていない時の私のパンチは効きませんでしたし、蹴っても効かないのでは?
と、私が考えていたらシバさんが言いました。
「いいから、やってみろ」
ものは試しです。やりましょう。
「分かりました」
最初は軽く
チョン チョンッ
(柔らかい?
殴った時は固かったのに)
もう少し強く
ドンッ
「…うぐっ……」
効いています。なんでー?
「寝ている時は何も考えてないからな。
それに、
たとえ夢を見ていたとしても、現実の肉体にほとんど影響は出ない。
馬鹿は今『固定ステータスのみ』の状態だ。
だから、カオルの蹴りで痛がる。
寝ている時は誰でも無防備になる、ということだな」