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霊感シリーズ

接触霊感

作者: 坂本啓

「霊感はね、だいたいは一人が一種類し

か持ってないんだって。見えるけど音は聞こえないとか、声は聞こえるけど何も見えないとか」

 隣の同僚の声も聞き取りにくいほどの騒がしさの中、なぜか急にはっきりと耳に飛び込んできた言葉。声の主を探して聞こえてきた方向に目をやると、通路を挟んで斜め向かいのグループの男性だと目星がついた。

「まあ、中には見えて聞こえるって人もいるけどね。その人は、二つのチャンネルが合う人なんだ。テレビみたいなもんだよ」

 男は得々としゃべっている。男三人女三人の六人グループのようだ。年齢は二十代後半~三十代前半、といったところだろう。職場の同僚か、男女同数だから合コンかもしれない。


 優生(ゆうき)は、アルバイトをしているコンビニの送別会で居酒屋に来ていた。長く働いていた主婦バイターが、夫の転勤で引っ越すことになったのだ。明日からさっそく人手不足に陥るのを皆が覚悟しつつ、今日だけは思いっきり楽しむつもりだ。

「でも、変だと思わない? 人って、五感があるんだよ?」

 実際楽しいし、料理も美味しい。優生はアルコールに弱く、飲むと真っ赤になってかゆくなるので、ノンアルコール飲料ばかり飲んでいた。周りにつられてテンションは上がっているものの、間違いなくしらふだ。自信がある。


「五感は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。見る、聞くは視覚と聴覚でしょ。じゃあ、あとの三つはないのかな?」

 男は話し続けている。こんな賑やかなところで、なぜに霊感についての講釈をたれているんだあいつは。職場の同僚か合コンかと思ったが、そういう趣味のサークルとかなんだろうか。

「足をつかまれたとか、あざができたとかいうのもあるよね。あれは触覚だよね」

 新しい料理が運ばれてきた。優生の好きなチーズ揚げ。だし巻き卵や漬物、軟骨の唐揚げも到着した。皆が一斉に箸をつける。そろそろ飲み物のおかわりを頼もう。次は柑橘系のノンアルコールカクテルにしよう。


「霊の臭いとか、霊の味ってあると思う?」

 瓶に残っていたノンアルコールビールをグラスに注ぐ。こちらも男三人女三人の六人グループだが、あちらとはずいぶんと空気が違いそうだ。年齢層も二十代前半~五十代前半と幅広い。親子か親戚の集まりに見えなくもない感じだ。

「ふっと鼻につく臭いとか、なんかいつもと違う味に感じるとか、霊の仕業かもね」

 右隣には優生の五歳下の同僚が座っている。帰りは送るよ、と言っておいたので安心してお酒を飲んでいる。だんだんオーバーアクションになり体を揺らすようになり、さっきから優生に寄りかかって陽気に笑っている。


「人混みの中とかでさ、人にぶつかったと思ってるけど、霊も混ざってるかもよ?」

 飲み物が運ばれてきた。オレンジとグレープフルーツのジュースに、甘いグレナデンシロップが入ったノンアルコールカクテル。オレンジと赤の対比が美しい。

「満員電車とか、わかんないよねー!?」

 隣を見ると、生ビールを中ジョッキであおっている。もう三杯目なはずだ。しかしよく飲むなあ。自分ももう少し酒に強かったら楽しそうなのにな、と思いながら優生はストローで自分のグラスの中身をかき混ぜる。


……変だ。


 料理も、飲み物も美味しい。

 仕事の愚痴や思い出話も、気の合う仲間となら遠慮なく話せて楽しい。

 それはきっと他のグループも同じなのだろう、店内は賑やかというよりうるさいレベルだ。時折、どこかからどっと笑い声が上がったり、必要以上に大きい声を出す人がいたりする。

 たった六人のグループなのに、意識して耳を向けないと会話が聞き取れないことがあるほどだ。


……やはり変だ。


「そうそう、カクテルパーティー効果って知ってる?」

 たしか、騒がしい中でも特定の人物の声や自分の名前は耳が拾うとかなんとか、そんな感じだったと思う。

「僕はね、あれも霊感の一種じゃないかと思ってるんだよね」

 何言い出すんだこいつは。生きてる人間の声を拾ってるんだぞ。相手は霊だとでもいうのか。生き霊か。


…………。


「そりゃね、目の前の相手と話してるなら違うだろうけど。自分が見てない方向から聞こえる声を拾うこと、あるよね?」

 待て。それを言ったら。

「それって、ほんとに『そこにいる人』の声かな?」


 優生は思わず、声の主の男性を見た。何か話している。盛り上がっているようだ。その声と内容は……聞こえない。


 一拍おいて、すうっと血の気がひくのを感じた。続いて体がブルッ、と震える。自分にぴったりくっついている同僚の体の熱さが際立つ。

 あれほどはっきりと聞こえていた男性の声は、それきり聞こえなくなった。どれほど耳を澄ましても、さっきまで聞こえていたあの声色が入ってこない。


 霊なんて、信じない。

 中学生くらいまでは、霊感があるのはかっこいいと思っていた。そういう系のテレビ番組も、雑誌の特集も好んで見ていた。でもいつの間にか、熱が冷めたように興味がなくなっていた。

 いったい、一日にどれだけの人が亡くなってると思ってるんだ。もしみんな霊になってたら、見えないだけでそこらじゅうみっちりと霊だらけになるじゃないか。

 だいたい、葬式で坊さんが祈っていくのはなんなんだ。故人は成仏します、とか言ってるじゃないか。なんで霊になるんだよ。おかしいじゃないか。


 ストローをくわえ一気に吸う。もう一度、ノンアルコールビールを飲もう。酒に強かったら、生ビールを中ジョッキでいきたい気分だ。

 一口ガーリックステーキも頼もう。こういうときは肉だ。ニンニクが効くのはドラキュラか。まあいい。滋養強壮、という響きが強そうだ。


 思えば、最初からおかしかったのだ。

 隣の同僚の声も聞き取りにくいほどの騒がしさの中、なぜあの声がはっきりと耳に飛び込んできたのか。

 優生はスマートフォンで「カクテルパーティー効果」を検索して意味を確かめた。聞こうと思う相手の声や、興味ある内容を拾うという記憶に間違いはない。また、自分の名前に反応するというのもあった。

 しかし、優生はあの男性とは顔見知りでさえなかったし、霊感の話など聞きたくもなかった。それに、自分の名前を呼ばれたわけでもなかった。


……やっぱり変だ。


 とりあえずノンアルコールビールをぐいぐいあおり、肉を頬張る。

 霊なんか信じない。気にしないに限る。


 主役の主婦バイターは、引っ越しの準備で忙しいそうだ。

 マネージャーも朝八時には店に出ないといけないので、早目に九時半解散となった。隣の同僚はもうヘロヘロだし、優生も帰ってやることがある。今日は二次会はなしだ。

 席を立ち、例の男性がいるグループの席の前を通った。相変わらず盛り上がっている。優生は横目で様子をうかがう。男性が口を開いた。


……声が、違う。


 聞き違いかと思ったが、違う。

 その他二人の男性の声も、違う。

 さらに周囲のグループの声も、やはり違う。


 そんな馬鹿な。

 優生から見える範囲のグループに、入れ替わりや人の出入りはなかった。


「それって、ほんとに『そこにいる人』の声かな?」


 じゃあ、誰の声だったというのか。

 

 優生が立ち止まっていると、前方の角からヘロヘロの同僚が顔を覗かせた。

「あー、もう優生さん、なんで止まってるんですかあー? 帰りますよー?」


 優生は後ろを振り向いた。誰もいない。見えるのは、今しがた自分達が離れた席だけだ。


 じゃあ、さっきまでシャツの裾につかまって後ろに立っていたのは……誰?







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― 新着の感想 ―
[良い点] もう、坂本啓さんの作品がツボというか、なんというか、虜と言った方がいいのか表現が違うのか、まとめると、どれも面白くて大好きです!!!!
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