同盟を結ぶ為の競り合い
強力な仙人集団との対決
「いらっしゃい」
微笑み出迎えるのは、小学生にも見える小柄の少女であった。
その姿に敵襲と緊張していた優子も安堵して声をかける。
「えーと、貴女独り? 大人の人とか居ないの?」
微笑を浮かべ続ける少女だったが、較がため息混じりに告げる。
「その人は、ここに居る全員を合わせたより年上だよ。そうですよね、封神演義の桃源さん?」
少女は、眉を寄せる。
「女性の年齢は、追求するものじゃないと思わないの?」
較があっさり頷く。
「当然です。歳は、誤魔化すものでなく、受け入れる物。そして、年齢を重ねた人間は、若さとは、違う輝きを持っています」
肩をすくめる少女、桃源。
「それが八刃の考え方ね。不老不死や死者蘇生だって簡単にやってのけるのに、それをしない。人外と言われながら随分とストイックなのね」
「あちき達は、周りの人と幸せになる為に手段を選ばないんです。仙人みたいに長生きする為に孤立する探求者には、なれませんよ」
較の反論に桃源の顔が険しくなる。
「仙人は、その長き人生でこの世の理を解明する者、それを馬鹿にする事は、見過ごせないわね」
にらみ合う二人に間に入ったのは、落ち着いた美人の中国人女性だった。
「桃源様、今は、その事を争っている場合では、ありません」
「そうだったわね、梅香。正直に話すと、今回の大会に出た目的は、封神石の封印強化の為よ。それには、強力な神器が多く必要だからね。そして、今回の参加者の中でも強敵と思われる貴女が動いているのを見たから招待させてもらったわ」
桃源の言葉に較も答える。
「なるほど。こっちは、友達の魂の回復、お互いの利益は、あまりかち合わないと思いますね」
意味有り気に見合う両者だったが、そんなやり取りを無視して良美が言う。
「無駄な駆け引きは、止めて本題に入れば」
桃源が苦笑する。
「ここまでストレートに言われると、清々しいわね。こっちの提案は、一つ。協力体制を作らないかって事。大会の終了後、どちらが勝っても、お互いの目的を達成するのに力を貸すって事なら問題がないと思わない?」
較が少しだけ考えた後に告げる。
「一時間だけ時間を下さい」
「良いわよ。いい答えを期待しているわ」
桃源がそう答えると、梅香共々霞のように消えていく。
「消えちゃった」
驚く智代に雷華が言う。
「仙人って言うんだから、瞬間移動くらい出来るんだろ」
「あれは、テレポーテーションの類とは、少し違うよ。縮地と呼ばれる物で、どちらかというと空間干渉の一種だよ。それより、皆は、どうしたい?」
解説をした較の問いかけに優子が答える。
「無理に争う必要は、無いと思うわ。協力出来るなら、協力した方がいい筈ですよ」
エアーナも頷く。
「そうですよ。相手は、千年以上生きる仙人なんでしょ?」
「そういった輩は、こっちを騙す事に長けてるぞ」
ヴァンパイアの相手をしてきた雷華が反論する。
「あちきもそこが気になってる。でも、まともに敵にするのも嫌なんだよね」
較も眉を寄せる中、智代が言う。
「ところで、封神石って何?」
「封神演義って小説か漫画を読んだ事無い?」
較の質問に良美が手を上げる。
「卑怯な主人公が活躍する漫画だろ?」
優子がため息を吐く。
「あれは、かなり特殊ですよ。中国の古くからのあるファンタジー小説で、確か仙人が悪さした人や仙人を封じるって話ですよね」
較が頷く。
「概要は、そんな所。でも、これって一部本当で、仙人と呼ばれる超人が実在し、世界に影響を出しすぎた奴を封印した石、それが封神石」
「詰まり、悪さした仙人を封印した牢屋みたいなものなんですね」
エアーナの言葉に頬をかく較。
「悪さしたとは、限らない。仙人ってさっきの会話からも解る様に真理の探究をメインとした世捨て人が多い。その所為か、現世に余計な干渉するのを厳禁している。封印された仙人の中には、人々を良い方向に導こうとした人も居たって話だよ」
優子がため息を吐く。
「色々と複雑なのね。それでどうするの?」
較も悩んでいると良美が言う。
「勝負したらどうだ。どっちが上か、ハッキリさせておいた方がいい」
較が頷く。
「その手で行きましょう。どうせ聞いてるんでしょ? 勝負方法は、どうします?」
すると桃源が現れる。
「シンプルに行きましょ。貴女達が手に入れたパーツを私達の土台に嵌められるか。制限時間は、そのパーツが転送されるまでよ」
「了解、それで行きましょう。勝った方が、勝負後の優先順位が上で良いよね?」
較の提案に桃源が満面の笑みを浮かべて答える。
「その提案をした事を後悔するかもね」
そのまま再び消えていく桃源であった。
桃源は、自分達のアジトに戻った。
そこには、二人の少女の姿をした仙人が待っていた。
「どうだった!」
好戦的な印象をもつ仙人、竹香の質問に桃源が余裕たっぷりな態度で答える。
「上々、貴女の施した、八卦陣のお陰よ」
すると、もう一人の仙人、松香が嬉しそうに頷く。
「今度は、この地を外部から侵入出来ない様にしてください」
梅香の言葉に竹香が不満気な顔をする。
「それじゃあ、あたいの出番なしかよ」
「戦わずにして勝つ。それが兵法の基本です」
抗議を無視する梅香に頬を膨らませる竹香であったが、桃源が悪戯小僧の顔で告げる。
「大丈夫よ。多分、時間稼ぎにしかならないから」
「どうして、場所が解っていて、地図通りに進んでも目的地に着かないのよ?」
歩き続けた後、良美がクレームをあげる中、較が複雑な術式を展開させていた。
「ここに誘い込まれたのと同じ、八卦陣の一種だと思う。私も詳しい事は、解らないけど、仙術には、そういった空間を操る物が多いって話だよ」
優子の説明に術を中断した較が補足する。
「仙術にも色々な流派があるんだけど、これをやっている仙人は、空間操作に長けた流派を習得している」
「なんとかならないのか?」
雷華の質問に較が眉を顰める。
「出来ないって訳じゃないけど、得意分野じゃないんだよ」
「ヤヤってぶっこわしが専門だもんね」
良美の言葉に遠い目をする較。
「我ながら、古流の修行ももっとしておけば良かったよ」
智代が指輪を見せる。
「ここは、あたしの出番だね」
「あのさ、今回の発端理解している?」
較の突っ込みに智代が気楽に答える。
「上手く行けば回復するんだからいいじゃん」
較や優子が嫌そうな顔をするが、良美達の賛成で、智代の導きの指輪の力を使うことになった。
「八卦陣が突破されたみたいね」
桃源が気楽に答えると松香がすまなそうな顔をする。
「相手も人外と呼ばれる連中、こちらの知らない術も多く持っているって事ですね」
梅香が思案する中、竹香が胸を叩く。
「ここは、あたいに任せて貰う!」
「そうね、ここは、任せてあげるわ」
桃源の答えに梅香が慌てる。
「桃源様、相手は、必殺の白手です。直接的な戦闘は、避けた方が……」
その言葉に桃源が鋭い視線を見せる。
「人間の世界でどれほど人外と呼ばれていようとも関係ない。私達の真理を得る為の行は、二十年も生きていない小娘に劣る訳が無いわ。竹香、殺さない程度に遊んであげなさい」
竹香が笑みを浮かべる。
「お任せ下さい!」
竹香は、そのまま駆け出す。
「さて次は、どんな手で来るかな?」
較が呟いた時、その前に竹香が現れる。
「こっから先には、この竹香が行かせない!」
「正面から来るなんて、気持ちいい奴だね」
良美が気楽に言う中、較は、一歩前に出る。
「人から転化した仙人じゃないですよね?」
「良く判ったな。そうあたいは、虎から転化した仙人だ!」
そういって竹香の体が虎との半獣モードに変化する。
「動物から仙人って事あるの?」
エアーナの言葉に較が答える。
「動物の他にも植物や道具から仙人になったって例があるよ」
「まるで妖怪だな」
雷華の呟きに較が頷く。
「半分正解。不老不死とかの類は、常世の理から外れ、自分に都合の良い現実を作る事なんだからね」
「化け物と仙人を一緒にするな!」
竹香は、残像が残るほどのスピードで接近して、その爪の一撃を較に決める。
壁まで吹っ飛ぶ較を見て、エアーナが驚く。
「ヤヤが反応出来ないなんて……」
「当然だ。これが三百年の間、行を積んだあたいの実力だ!」
自信満々の竹香だったが、良美が平然と答える。
「ヤヤがその程度の事で怯むと思う?」
「人間が今のを食らってまともに動ける筈が……」
『バハムートブレス』
較の掌打が竹香に当たり、少しだけ後退させる。
「少しは、丈夫みたいだけど、その程度の攻撃が通じると?」
余裕の笑みを浮かべる竹香に較が舌打ちする。
「やっぱり仙人に通常レベルの攻撃は、通じないか」
「仙人の中でも肉弾戦に特化したあたいにガチンコで勝てると思うな!」
再び爪を振り下ろす竹香。
『ゴゴ』
較の一撃は、今度は、竹香を吹き飛ばした。
「馬鹿な! ただの人間は、こんな強力な攻撃が出来る筈が無い!」
いきりたつ竹香が猫科特有の縦長の瞳を見せ、先ほどまでより更に強力な一撃を放つ。
『ゴゴ』
較は、その一撃を左肘で受けるとその勢いをそのまま右肘に伝え、竹香に叩き込む。
再び吹き飛び壁にめり込む竹香に較がゆっくり近づく。
「八刃を舐めないでね、元々神や魔王を相手にしていたんだよ、自分より能力が高い相手との戦い方なんていくらでもあるよ」
「ここは、行かせられないんだ!」
完全に虎の姿に変わった竹香がその牙を剥く。
較は、右腕を突き出し、噛ませた。
次の瞬間、竹香が呻き転がる。
「ギャー!」
のた打ち回る竹香を見て頬をかく較。
「さて先を急ぎますか」
『足を禁ずれば、すなわち歩ことあたわず』
その呪文と共に較達の動きが封じられた。
そして空間が歪み、不機嫌そうな顔をした桃源が現れた。
「まさか、竹香がこうもあっさりあしらわれるとは、思わなかったわ」
「おい、何で動けないんだよ!」
半ばパニックの声をあげる雷華に較が説明する。
「仙術の中の一つ、禁術って類の術で、神々の作った理の改ざんする物。簡単に言えばルールを勝手に変える術だよ。でも、長時間は、維持できない筈」
「仙人の力量しだいよ。梅香なら、通常なら一時間は、保つ筈よ」
桃源が言っている間に較は、足を動かし始める。
「まあ、八刃の貴女が普通とは、違うのは、竹香を見れば判るわ」
そういって仙人が作った特殊な薬、仙丹を竹香に飲ませる桃源。
「油断しました。今度こそやっつけます!」
人の姿に戻った竹香だったが、桃源が指を鳴らすと、松香が現れて連れ去られる。
「因みに今のは、松から仙人になった松香。風水卜占を得意としている」
「八卦陣とかをかけたのも今の仙人って訳だね。禁術を使うそこの仙人に仙丹を使う貴女、バラエティーが豊富だね」
較が束縛を逃れながら告げると桃源が苦笑する。
「残念だけど、私が得意とするのは、変化よ」
次の瞬間、桃源の体が、歪み巨大な中国神話に出てくる龍に変化する。
『本気を出させてもらうわ!』
雷を放つ桃源に較は、失笑する。
「残念だけど、こっちは、それに付き合う義理は、無いよ」
『何? まさか?』
周りを見回して桃源が怒鳴る。
『梅香、急いで台座に戻りなさい!』
頷こうとした時、良美の拳が決まる。
「残念だけど、あたしだって動けるんだよ!」
『拳を禁ずれば、すなわち殴ることあたわず』
梅香の禁術が発動するが、良美の拳は、止まらず、梅香にクリーンヒットする。
「あちきと違って白牙様の力の浸食の影響を受け続けているヨシには、干渉系の術は、通用しないよ」
較が告げる中、鷹の姿に変化した桃源が台座の所に戻ろうとするが、その前に較が出る。
「行かせないよ! 『フェニックスウイング』」
炎の翼が桃源の行く手を阻む。
人の姿に戻った桃源が苦々しげに言う。
「貴様、淫虫の魔王の宿主を先に行かせたな!」
ため息を吐く較。
「あちきは、反対したんだよ、いくら導きの指輪の力で安全な道を見つけられるからって二人だけで先行するなんてね」
「竹香、松香、直接攻撃は、避けて時間を稼ぎなさい! 私は、こいつらを倒して直ぐに行く!」
次の瞬間、山にも見える、西遊記の牛魔王の姿に変化する桃源。
「簡単に負かせると思わないでね!」
較も構えをとる。
『魔王の名は、伊達では、無い!』
牛魔王の姿をした桃源の一撃は、大地をあっさり砕く。
『この力の前では、竹香にやった様な真似は、出来まい!』
あっさり頷く較。
「確かにね。でも、ただの時間稼ぎならなんとかなるよ」
『小細工などさせない!』
桃源は、較の立つ地面抉り、遠方に投げる。
「やる事が豪快だね」
感心する良美に梅香が言う。
「そんな事を言っていて良いのですか? 必殺の白手の妨害が無くなれば、桃源様を止める手段は、ありません」
「ヤヤが今のを食らうわけないじゃん」
良美の言葉に答える様に較が地面から出てくる。
「危なかった。とっさに地面に隠れなかったらやばかった」
「空中に逃げるって選択肢は、無かったのか?」
雷華の質問に較が手を横に振る。
「無理だよ、空中に逃げてもあのパワーとスピードであっさり掴まっていたよ。今回みたいに逆に地面の下なら精々一メートルくらいしか攻撃範囲にならないからね」
『同じ手は、通じないぞ!』
桃源の二撃目が放たれる。
『アポロン』
較が超高熱攻撃を放つ。
『その程度の熱など、利かん!』
桃源の言葉通り、手の表面が微かに火傷するだけでその動きを抑制する物には、ならない。
しかし、二撃目も較を捉えられなかった。
『何時まで、手に張り付いている!』
桃源は、火傷して細かい感覚がない手にくっついている較に苛立つ。
「意外と自分の手に攻撃するのって難しいでしょ?」
較の言葉通り、手加減して攻撃しようにも上手く避ける較に有効打を放てない桃源であった。
較が桃源の足止めしている間、移動を行っていた松香は、困惑していた。
「迷わせられないのか?」
竹香の言うとおりのしようとしていた松香だったが、智代の導きの指輪の力で優子は、確実に土台に近づいてくる。
「やっぱりここは、あたいが戦うしかないな!」
半獣モードになる竹香だったが、松香が首を横に振る。
「淫虫の魔王の宿主が危険なのは、解ってるがこのまま通す事は、出来ない!」
そして、見えてきた優子に爪を向けた竹香だったが、数歩踏み出した所で姿が消える。
「もしかして、貴女がやったのですか?」
優子の問い掛けに松香が頷く。
「仲間思いなんだ」
智代が感心する中、優子が頭をさげる。
「申し訳ありませんが、こっちも負けるわけには、行かないんです」
パーツをはめ込む優子であった。
「大会終了後の協力は、お願いね」
笑顔で言ってくる人の姿の桃源。
「そっちこそ、大会期間中の協力を忘れないでね」
良美の言葉に桃源は、視線を合わせず言う。
「出来るだけ協力は、するわ。出来るだけね」
「それって、もしかして……」
呆れた顔をするエアーナ。
怒りだそうとする良美達を押しとめる較。
「敵対しないでくれるだけでも助かります。本気でやりあったら、負けてたのは、こっちでしたから」
桃源が肩をすくめる。
「今回みたいに戦えれば負けるつもりは、無いけど、今回の事では、この三名以外の仙人は、協力してくれないって事になってるから手駒不足だったのよ」
「そちらにも色々事情があるんですね」
エアーナに同情されて桃源が頬を掻くのであった。
本拠地に戻った較達を待っていたのは、一体の悪魔であった。
「えーと貴方は、何処の術者の手先さん?」
較が呆れた様な顔を見せる中、悪魔が告げる。
『我が名は、ヴァサゴ。汝等によって隠された物を探し当て、奪い取った』
「何か隠してたの?」
良美が首を傾げる中、ヴァサゴが見せた幾つかの物を見て、較と良美以外が激しく反応する。
『これを返して欲しければ、メンフィスの我が主の宮殿まで来る事だな』
そのまま悪魔は、消えていく。
「ヤヤ、解説をお願い」
良美の言葉に較が説明を始める。
「ヴァサゴは、ソロモン七十二柱の一つ。メンフィスって土地から考えて、『ソロモンの王冠』の差し金だね」
「売られた喧嘩は、買わないとね」
笑みを浮かべる良美だったが、較があっさり却下する。
「冗談じゃないよ。わざわざ罠が張られている所に行く必要なんて、無い。皆もそう思うでしょ?」
「「「「今すぐ行くの!」」」」
口を揃える優子、エアーナ、雷華、智代であった。
「そんなに恥ずかしい物を隠してたの?」
較の問いかけを無視して、出発準備を始める一同であった。