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人の命を軽視した因果応報

外道な敵に最悪の結果が

「面白い手を考えたね?」

 飛行機の座席で智代が言うと較が苦笑する。

「下手にうちで持っているより、花鳥風月に円盤を預けて置いた方が安全だからね」

「それにしてもゴージャズだな」

 雷華が感心する中、エアーナが細かいところのチェックしながら言う。

「安全性もかなり高いみたいですよ」

「ところでデザートまだ」

 暢気な要求する良美。

 そんなメンバーに優子が怒鳴る。

「少しは、緊張したら! この飛行機は、エアフォースワンなのよ!」

 首を傾げる智代。

「それだけど、エアフォースワンって何?」

 飛行機に詳しいエアーナが答える。

「大統領の乗っている軍用機の事です。ですから、大統領が乗っていない今は、正確には、エアフォースワンでは、ないんですよ」

「そんな細かい事を言っても意味が無いでしょ! 問題は、この飛行機が普段大統領の乗っている専用機だって事よ」

 大声を張り上げる優子。

「仕方ないじゃん、民間機で移動して、万が一にも撃墜されたら大量の死人が出るよ」

 較の言葉に涙目になる優子。

「どうして、撃墜される事を前提で飛行機に乗っているのかしら?」

 雷華が苦笑する。

「色々事情があるからしかたないじゃんか」

 智代が頷く。

「優子だって、色々とお世話になってると思うわよ」

 優子が自分の中の淫虫の魔王の事を思い出し苦々しい顔をする。

「実際問題、優子が殺されていないのってヤヤが後ろ盾になってるからって話だよね」

 良美の言葉に較が苦笑する。

「あちきというより八刃がだよ。淫虫の魔王の再来を防ぐには、それが一番安全だって判断の上でね」

 そんな会話の中、較が不思議なアクセサリを渡す。

「これは、テレパシーを利用した翻訳機。今後は、世界各地を回る事になると思うから着けておいて」

「便利な物があるんだったらもっと早く出してくれよ」

 智代の言葉に雷華も頷く。

「そうそう、前回の時も色々不便だったんだからな」

 較は、良美を見ながら言う。

「下手に言葉が通じると色々と面倒を起こす人間が居るから止めてたんだけど、今回は、通訳とか用意するのも一苦労だからね」

 エアーナが同情する。

「色々と苦労しているんですね」

「シミジミと頷くな!」

 良美が怒鳴った時、振動が飛行機を襲う。

「どうしたの?」

 較が頬を掻く。

「根性あるな、撃墜に来たよ」

 重い沈黙の後、悲鳴があがる。

「どうするのよ!」

 優子がひたすら叫び、エアーナが驚愕する。

「エアフォースワンに攻撃するなんて……」

 そんな中、較が席を立つ。

「迎え撃つのか?」

 良美の言葉に較が頷く。

「このまま撃墜させたら、移動が面倒だからね」

 そのまま、客室を出て、外に出る。

 常人なら即座に吹き飛ばされる風圧と水も凍る冷気の世界、ジェット機の上に移動する較。

「相手は、あれか」

 点にしか見えない戦闘機からミサイルが発射される。

『アポロンビーム』

 迎撃する較。

 その後の遠距離攻撃も全て蹴散らすと、攻撃が止まった。

「諦めたかな?」

 較がそう言った時、点でしかなかった戦闘機が一気に加速して接近してきた。

「このコース、ぶつかる?」

 咄嗟にうつ伏せになってやり過ごす較だったが、一旦減速して後方に付いた戦闘機を見て笑みを浮かべる。

「あのパイッロと、あちきだけを狙った。このスピードとサイズの戦闘で一メートルちょいのあちきを狙うなんて度胸あるじゃん」

 立ち上がると携帯電話を取り出す。

「ヨシ、先に行ってて、あちきは、こいつと決着つけてから追いかける!」

『了解、きっちりと勝負つけてきなよ!」

 良美からの返事を聞いて携帯をしまうと、再度突っ込んでくる戦闘機に向かって駆け出し、一気に蹴りつける。

 戦闘機は、紙一重でかわす。

 空中に取り残され、自由落下を始める較に戦闘機が迫る。

「空中だからってあちきを舐めるな!」

『イカロスアフターバーナー!』

 空中を爆音が響くほど蹴り付け、生身の拳で戦闘機を殴り砕くのであった。



 シリコンバレーにある鋼鉄の軍隊の作戦室。

「戦闘機での襲撃は、失敗に終わりました」

 その報告に今回の参戦を決めたマッドサイエンティスト、ミハイルが苦笑する。

「所詮、通常兵器では、オカルトには、通用しないって事だな」

 それを聞いて不満そうな顔をするのは、真赤なベレー帽を被った男、ジャックが言う。

「それが、理解できない。相手がどんな技術の持ち主だか知らないが、どうして最新兵器が通用しないんだ!」

 ミハイルが愉快そうに笑う。

「当然の疑問だな。その答えは、簡単なのだ。オカルト業界では、常識を捻じ曲げる事が出来る。詰まり、銃弾が強い殺傷力を持つというのも常識があっての事。それが無くなればそれまでだ」

 舌打ちするジャック。

「詰まらん、俺は、自分の撃った弾で人が死んでいくのを見るのが大好きなんだよ。お前だって科学者の端くれだったら、そんなふざけた話を信じるのか!」

 爆笑するミハイル。

「逆だよ、どんなオカルトだろうが、所詮世界は、数式とベクトルで構成されている。奴らの力より強い力を用いれば良い。安心してくれ、必殺の白手にも通じる方法を用意してある。存分に殺してくれ」

 それを聞いて微笑むジャック。

「それを聞いて安心したぜ」

 二人の話を聞いていた部下の一人が勇気を出して忠言する。

「こんな非常識な事は、止めてください!」

 ジャックが気分を害した顔をする。

「まだ、お前みたいな倫理観が持った奴が残ってたのかよ。そんな奴は、とっくの昔に死んだかと思ってたぞ」

 苛立ちを堪えながらもその部下が続ける。

「一般車両が通る道を破壊するだけでも大問題だと言うのに、エアフォースワンを襲撃するなんて下手をすれば、世界大戦が始まりますよ!」

「そうなれば、商売大繁盛ですな」

 そう言いながら入ってきたのは、イタリア系の商人、マリオ。

「世界大戦か、何度夢見た事か、好きなだけ虐殺が出来るんだぜ」

 ジャックがのっかるとミハイルも頷く。

「戦争になれば、どんな研究も行えるから助かるな」

 一般常識が一切通じない状況に忠言した部下は、青褪めるが、他のメンバーは、笑みを浮かべるだけであった。

「……狂ってる」



「さてどうやって追いかけるかな?」

 較は、撃墜した戦闘機のパイロットを地面に降ろしながら周りを見回すとモーターショップを見つける。

「バイクがあるけど、でか過ぎる」

 タイヤだけでも自分の胸近くまであるバイクに眉をひそめる較。

「ハヤブサじゃないか、バイク界最速だった筈だな」

 声に振り返ると戦闘機のパイロットが立っていた。

「意外とタフだね。ところで、これってそんなに早いの?」

 パイロットが頷く。

「三百キロオーバーのモンスターマシーンだからな。軍じゃあまりバイクなんて使わないから乗る機会がなかったが、一度乗ってみたかった」

 較が少し考えてから問い掛ける。

「もしかして、早い乗り物だったら飛行機だろうがバイクだろうがなんだって大好きな人?」

 パイロットが強く頷く。

「当然だろ。男に生まれた以上、最速を狙わなくてどうするんだよ!」

「乗ってみたい?」

 較の言葉に不満そうにパイロットが言う。

「盗んでも、燃料とかが無いから思いっきり走らせられない」

 較が店の人間に大金を握らせ燃料を入れさせる。

「警察には、捕まらないで、あちきをあんたらのアジトまで乗せてってくれたら、そのままあげるよ」

 パイロットが歓声をあげる。

「気前が良いじゃねえか。良いだろう、後ろに乗りな。ただし乗り心地は、保障しないぜ!」

「最初から期待してない」

 こうして、較は、パイロットが跨るバイクの後ろに乗る。

「俺の名前は、マッハ。いい名前だろ?」

「はいはい、名前に負けない様に頑張ってね」

 較の投げやりな言葉に答えるようにマッハが叫ぶ。

「当然だ! 俺は、音より速く進む男だ!」

 フルスロットルで加速するマッハであった。



「これからどうする?」

 目的地のホテルに落ち着いてから良美が言うと優子が断言する。

「較がくるまで、待機しているのがベスト。それ以外は、認めないわ!」

 エアーナも頷くが雷華が肩をすくめる。

「相手がそれを許してくれないみたいだぜ」

 いきなりドアがぶち破られ、銃が乱射された。

 優子達が目をつぶった瞬間、部屋の中を淫虫が覆い尽くし、銃弾を防ぐ。

 そのまま淫虫達は、襲撃者に襲い掛かる。

 悲鳴が響き渡る中、真赤なベレー帽を被ったジャックが笑みを浮かべながら入ってきた。

「流石に、魔王憑きは、殺せないか。ところであんたらは、自分の為に周りの人間が死ぬのは、平気なタイプかい?」

 良美が前に出る。

「何が言いたいの?」

 ジャックは、手に持ったリモコンのスイッチを押すと部屋が揺れ、階下から煙が立ち昇る。

「何をした!」

 良美が詰め寄るが、ジャックは、平然とした顔で告げる。

「安心しろ、今の部屋には、誰も居ない。次の部屋もそうだと良いな」

 ボタンを押そうとするジャックに良美が殴りかかるが、ジャックは、余裕をもって下がる。

「何が目的なんですか?」

 優子の問い掛けにジャックが笑みを浮かべる。

「何、俺もお前らを殺しても楽しくない。殺すなら、必殺の白手だ。奴を散々いたぶった後、命乞いさせてから嬲ってやる。その為の人質になれ」

「それが解っていて捕まると?」

 雷華が攻撃モードに移ろうとしたが、良美が止める。

「ここだけは、人質になろう」

「だけど……」

 反論する雷華に良美が首を横に振る。

「ここで、抵抗しても無駄に人が死ぬだけ」

 雷華が忌々しげに頷く。

「大人しい事だ」

 ジャックは、そういってから良美に強引にキスをした。

 顔を離れたところで睨みつける良美にジャックが余裕綽々な態度で告げる。

「我慢できるのか?」

 良美は、壁を叩き、拳から血を出しながら言う。

「一生消えないトラウマを作ってやるから覚悟しておきなよ」

 肩をすくめるジャック。

「まあ、前菜には、それほど期待していないがな」

 こうして良美達は、ジャックに基地に連行されるのであった。



「これが魔王憑きか、面白そうだ。色々実験してみるとしよう」

 楽しそうに優子を見るミハイル。

「人質に手を出すつもり!」

 良美が睨みつけるとミハイルが平然と言う。

「安心しろ、こっちが手を出したくても、この娘には、傷一つつけられないからな」

 そして、別室に連れて行かれるそうになる優子を良美が助け出そうとするが、優子は、毅然な態度で言う。

「本当に危なくなったら助けを呼ぶから、それまでは、頑張る」

 その言葉に、良美達は、我慢するしかなかった。



 別室に連れて行かれた優子を待っていたのは、性欲に狂った兵士達だった。

「女だ、女を抱けるぞ!」

 始めてみる大人の獣欲に怯む優子。

『元々、性欲が溢れている兵士達の場合、どう反応するか、実験させてもらうよ』

 ミハイルの言葉が終わる前に迫り来る兵士達。

「キャー!」

 叫ぶ優子だったが、兵士達を無数の淫虫が押し返し、兵士達は、目の前の優子すら目に入らない様子で何かをしている。

 その様を見た優子が血の気が引き、膝を折り、地面に手を着いて吐き出してしまうのであった。

『なるほど、性欲も過ぎれば、生殖行為すら思い浮かばなくなるのか、面白い』

 ミハイルは、淡々と告げる中、口に広がる酸味を堪えながら優子が言う。

「貴方の仲間ですよね? どうしてこんな事をするのですか?」

『仲間? 私に仲間など居ない。居るのは、実験に使うモルモットとそれを手伝う手駒だけだ』

 一切の親愛を感じさせない冷徹なまでの言葉。

 そんな中、倒れた兵士達が回収されていく。

『治療をすれば、また使える』

「貴方達は、人を何だと思っているのですか!」

 優子の叫びにミハイルは、苦笑する。

『私の知識欲を満たす為の道具。それ以外にどう思えと?』

 許せない思いで優子が叫ぶ。

「もう限界です!」

 その瞬間、壁が吹き飛ぶ。

「お待たせ!」

 較が入ってきた。

『遂に本命が来たか。オカルトの限界を調査する実験に付き合ってもらう』

 ミハイルの声と共に壁の一方が開くとそこには、密閉された空間に押し込められた人間が居た。

『意志力とは、何か? そのベクトルと力の計算式を色々考えた。結果、脳波の強さで計測可能だという結論に達した。それでは、計測実験だ。そこに詰め込まれた二十人の炎確定情報とお前の否定情報のどちらが勝るかね?』

 次の瞬間、油が撒き散らされ、炎が巻き起こる。

 較は、直ぐに優子を確保する。

『イーフリートマント』

 炎が不自然に較達から逸れる。

「熱い! だれか、助けて!」

「死にたくない!」

「火を、火を消して!」

 密閉空間に閉じ込められた人々の悲鳴が響く中、ミハイルの残念そうな声が上がる。

『なるほど、純粋に真逆に進ませなくても変更する事が出来る。確かにベクトルの考え方ならありだな。今回の失敗は、次の実験に生かす事にしよう。それでは、別の実験だ』

 床を電撃が炸裂する。

「キャー!」

 密封していた人々は、目を剥き、悲鳴を上げる。

 中には、失禁する人も居るが、そんな事を気にしている状況でもないだろう。

 そんな中でも較は、平然と立ち、告げる。

「無駄な事は、止めたら。あんた見たいな小学生レベルの実験に付き合う気は、無いよ」

『小学生レベルと言われ様と、基礎実験は、大切なんですよ』

 ミハイルの言葉には、人としての情は、全く無い。

『タイタンキック』

 蹴り付けた床が吹き飛ばされ、密封された人々を解放する。

『困るな、そこには、計測器が設置されていた』

 ミハイルの言葉に較が笑みを浮かべる。

「困らないから安心して、だってもう研究なんて続けられないから」

『そうかな?』

 ミハイルの一言と同時に、別の壁が開き、ジャックが現れる。

「これでも食らえ!」

 バズーカーを発射する。

「無駄だよ『ガルーダ』」

 突風で砲弾を逸らすが、ジャックが笑みを浮かべていた。

 嫌な予感を覚え、周囲の気配を探ると周囲を囲んでいた兵士の戸惑いを察知して叫ぶ。

「逃げろ!」

 間に合わなかった。

 砲弾は、兵士達に直撃して、吹き飛ぶ。

「幾らでも逸らしな。弾は、幾らでもある」

『今までの研究資料から、そのバズーカーの直撃なら、多少は、ダメージを与えられる筈です』

『ヘルコンドル』

 較が放ったカマイタチがジャックに迫るが、ジャックは、仲間を盾にする。

「何処まで!」

 技を解除しながら較が怒鳴った。

「事前情報で知っていたが、本当におかしな連中だな。どうして敵の命まで気にするのか、俺には、理解できない」

「較、逃げましょう」

 優子の言葉に較が告げる。

「ここで逃げたら、ヨシ達が何されるか解らない。ここで決着をつける」

「そうそう、お前が逃げたら、暇つぶしにお前の仲間で遊ぶ事にしよう。日本人の女をレイプするのは、久しぶりだな」

 ジャックの言葉に握り締めた拳から血を噴出す較。

『計算があっているか、確認の時間だ』

「避けるなよ!」

 ミハイルが告げ、ジャックがバズーカーを放つ。

 大きく息を吸った較が宣言する。

「あんたらは、絶対に殺さない! 『アテナ』」

 ゆっくりとジャックに向かって歩き出す較に砲弾が直撃する。

 通常のバズーカーより格段威力が高められた砲弾は、較の防御力を超え、ダメージを与える。

 それでも較は、歩みを止めない。

「良いぞ! こんな面白的は、そうそうないな!」

 嬉しそうにバズーカーを撃つジャック。

 砲弾を食らい、着実にダメージを受け続ける較。

「しぶとい!」

 舌打ちして、後退してバズーカーを打つジャック。

 そんな戦いが一時間は、続いた。

「おい! あいつは、本当にダメージを受けているのか!」

 ジャックが苛立ち、叫ぶ。

『ダメージは、受けている。その証拠に最初に比べて、前進スピードは、落ちている』

「後、何発食らわせれば良いんだよ!」

 怒鳴りながらバズーカーの砲弾を籠めるジャック。

 その砲弾を食らっても較は、止まらない。

「砲弾には、まだまだストックが……」

 振り返ったジャックが引きつる。

「……砲弾が無いだと」

『想定外だった。もうその特殊弾は、残っていない』

 ミハイルの答えにジャックが怒鳴った。

「ふざけるな! これ以外に手持ち武器であれにダメージを与えられないって話じゃないか!」

『そうだな、手持ち武器では、無理だな』

 ミハイルの感情の篭っていない言葉にジャックが切れる。

「どうしろって言うんだ!」

『固定武器がある』

 床からガトリング砲が出てくるのを見てジャックに笑みが戻る。

「こういう良いものがあるなら、先に言えよ!」

 ガトリング砲を連射する。

 一発一発は、バズーカーに劣るものの、その連射性能は、較を後ろに押し戻す。

「これだよ、これ! 一気に終わらすぞ!」

 ジャックが叫んだ瞬間、弾丸が切れた。

『次の場所に急ぐのだ』

 ミハイルの声にジャックが駆け出し、次のガトリング砲にとりつき、撃ち出す。

「止まれ、止まれ、止まれぇぇぇ!」

 必死に打ち込む弾丸だったが、較の歩みを一時的に止めただけだった。

 弾丸が切れたガトリング砲から離れて駆け出すジャック。

 その姿には、もはや当初にあった余裕は、無かった。

 着実に近づいてくる較に涙目でガトリング砲を連射する。

「死ねよ! 死んでくれよ!」

「あちきは、死なないし、誰も殺させない!」

 そう宣言する較から逃げるように次のガトリング砲に向かうジャックだったが、途中、何かに躓いてこけた。

「何だ!」

 足元には、自分が犠牲にした兵士の死体があった。

「馬鹿な、ここは?」

 ジャックが周りを見回すと、そこは、最初の実験場だった。

『お前が逃げ続けられる様に円形にルートを組んだのだから当然の結果だ』

 まだ冷静に告げるミハイルと違い、ジャックの顔には、絶望が浮かび上がる。

「どうしてだ! どうして一周しても倒れないんだ!」

 悲鳴だった。

『一周で駄目なら二周すれば良い。それでも駄目なら三周する。向うは、決定的な攻撃が出来ない以上、勝つのは、我々だ』

 ミハイルの机上の論理を聞いてジャックが首を振る。

「もう無理だ! 立てねえんだよ!」

 その言葉通り、ジャックは、起き上がらない。

『馬鹿な、お前の体力ならまだまだ、続けられる筈だ』

「実戦を知らない馬鹿な計算だね。野球では、練習の百球は、試合の十球にも満たさないって言う。練習やシミュレーションと同じ様に体力を測定していた時点であんたの計算は、間違っていた。ついでに言えば、あちきがダメージを受けるというプラス要素だけを計算していたのも問題なんだよ」

 較は、遂にジャックに到着する。



「どういうことだ?」

 較の言葉に頭を悩ませるミハイルだったが、ミハイルの研究室の扉が開き、マリオが現れる。

「ミハイルさん、こんばんわ」

 ミハイルは、その声の方向を見ずに検討を続ける。

「確かにこちらの想定している様なダメージの蓄積が行われていない」

「簡単だよ、ヤヤは、回復魔法も使えるって事」

 いきなりの雷華の答えにミハイルが振り返ると、マリオが頭を下げる。

「すいません。うちの会社が乗っ取られました。もうこの人達の言う事を聞くしかないんですよね」

「どうして、私達とマリオとの関係を知ったのだ?」

 ミハイルの質問にマッハが答える。

「高速ジェットバイクと引き換えに必殺の白手へ俺が教えた」

 ここまで来てもミハイルは、冷静だった。

「なるほど、理解した。かなり追い詰められた状況の様だが、まだ切り札がある」

 取り出したのは、リモコンスイッチだった。

「それってお約束の基地の自爆スイッチ?」

 智代の言葉にミハイルが頷く。

「そうだ。これを押せば多くの死人が出る。それでも良いのか?」

 優子が前に出て睨む。

「押したらどうですか?」

「自分達は、助かる算段があるみたいだが、ここの基地の兵士まで助けられるかな?」

 ミハイルの言葉にエアーナが答える。

「あら、貴方達の部下だったら、とっくの昔に逃げましたよ」

 流石に一瞬動きが止まるミハイル。

「……何だと?」

「少しは、頭を使ったらどうだ、自分達が盾に使われるのに大人しくしたがっている奴がいるか?」

 雷華の言葉にミハイルが舌打ちする。

「これだから、愚かな人間には、苦労させられる。計画通りに動けば我々の勝利は、確実だったのに」

「ここまでです」

 優子の言葉にミハイルが応じる。

「仕方ない、敗北を認めよう。しかし、お前らに何が出来る? 拷問でもするのか?」

 その一言に優子が怯む。

「それは……」

「拷問なんてしないよ、ヨシそっちは、気が晴れた?」

 やってきていた較がジャックをたこ殴りにしていた良美に言う。

『もう少しやらせてよ!』

「了解」

 通信を聞って較がミハイルに微笑みかける。

「運が良いよ。ヨシの気が晴れるまで地獄に行くのが遅くなるんだから」

「どんな地獄だか知らないが、肉体の苦痛には、限界がある。人を殺せないお前たちには、出来る事の限界があるぞ」

 ミハイルの言葉に較が苦笑する。

「死が限界だと思った時点で、甘いんだよ」



 顔をボコボコにされたジャックとミハイルは、一つの部屋に押し込まれた。

『そこには、百年分の食料があり、水が供給され、排水システムもある。寒くもないし、熱くもない、飢える事も無く、眠る事も自由で、体を綺麗にする事も出来るから病気も起こらない。ただし、ちょっとした催眠術で貴方達は、目の前にいる相手に危害を与える事も自殺する事も出来ない。これが何を意味してるか解る?』

 ジャックが眉をひそめる。

「幽閉でもするつもりか?」

 しかし、ミハイルは、気付いてしまう。

「待て! まさかは、この空間に老衰して死ぬまで居させるつもりか!」

『ご名答! この通信が終わったら通信システムも物理的に壊すから、外との通信手段も完全に無くなるよ』

 較の答えにミハイルが慌てる。

「待ってくれ! 謝る、謝罪する! 何でも言う事を聞く! だから、これだけは、止めてくれ!」

 ミハイルの必死な表情にジャックが戸惑う。

「おいおい、こんなのは、牢屋に入れられるのと変わらないだろう? 何を必死になっているんだ?」

 ミハイルが叫ぶ。

「全然違う! 囚人には、死ぬ権利は、残っている。奴等は、それすら奪うのだ!」

 頭を抱えるミハイル。

『それじゃ、死ぬまで後悔してね!』

 較のその通信を最後に、ジャックとミハイルは、完全に隔離された。

「詰まらない事になったが、命を取られなかっただけましだな」

 気楽なジャックと違い、ミハイルは、絶望にうちのめされていた。

 最初の一週間は、ろくに食事もしないミハイルを嘲る余裕があったジャックだったが、二週間目に入った頃には、この地獄の意味をしる。

「おい、何か話せよ!」

 ミハイルに詰め寄る。

「無駄だ、ここに居るのは、私とお前だけ、二人だけの情報だけで何十年もの時間を過ごせると思うのか?」

「くだらないことを言ってないで、何か話しやがれ! 殺されたいのか!」

 ジャックが拳を振り上げるが、止まる。

「相手を殺すことも自殺して、自分を自由にする事も出来ない。ここにあるのは、絶望だけだ」

 ミハイルが空虚な言葉を並べる。

「出してくれ!」

 壁を力の限り叩くジャック。

 声が枯れるまで叫ぶが、何の反応も返ってこない。

 ミハイルは、飢え死にをしようとしたが、それすらも人の本能と催眠術が許さない。

 二人が思考を止めて、ただ食事をして、排泄し、寝るだけの存在になるのに一年を必要としなかった。



「人の生死を勝手にした責任、自分の生死を選ぶ権利を奪ってやったんだよ」

 核シェルターを改造して作った孤立部屋への通信装置を壊す較。

「全ての生き物のもっとも大切な権利を奪われるか、まさに因果応報だな」

 マリオの会社の買収や、孤立部屋を用意した較の知り合いの企業家、雨林十斗ジュットの言葉に較が強く頷く。

「残ったやつ等の始末は、お願いね」

「任せておけ、マリオの奴の資産は、直ぐに無くなる。その後は、奴には、自分が武器を売った戦場の町に逃げて貰う。武器を売り買いする意味を知る事になるだろうな。逃げた兵士達にもそれ相応の地獄が待っているさ」

 十斗の言葉に遠くを見る較。

「因果応報、そんな言葉を言っているあちき達にもいつか報いを受ける時が来るんだろうね」

 十斗が胸を押さえて言う。

「それが罪を犯した者の定めだからな」

「それでもあちきは、前に進むよ。だってそこに大切な人間が居るから」

 較は、そういって、良美達が待つ空港に向かう。

 十斗がそんな較の後姿を見て悲しげに言う。

「若さの力だな。私は、もう幸せな場所を作るには、罪を犯しすぎた」

 そして、十斗もまた、その場を去るのであった。



「ところで、何で鋼鉄の軍隊のこいつがここに居るの?」

 良美がマッハを指差す。

「今回の専用のパイロットとして雇った」

 較が平然と答える中、マッハが嬉しそうにコックピットを見る。

「最新型ジェット機、燃えるぜ!」

「本当に大丈夫なんですか?」

 優子の言葉に較が視線を合わせずに告げる。

「腕だけは、確かだよ」

 そして、飛び立つジェット機。

「ジェットコースターだね!」

 智代の感想にエアーナが首を大きく横に振る。

「こんな安全が保障されていないジェットコースターありません!」

「まだ死にたくない!」

 雷華が叫ぶ。

 暫く飛行していると較が眉を寄せる。

「やられた」

 それを聞いて良美が言う。

「どうした?」

 較が外を指差すとそこには、不思議な文字が浮かんでいた。

「八卦陣の一種だよ。空間を操作されてる、目的地は、多分……」

 そして、較達が着陸したのは、上海空港だった。

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