時を刻む時計の針は、無情に遅い
月下で強大な力を使える御子との対決
「バイクの免許なんて何時の間にとったの?」
優子の質問に較は、一言。
「一千万も出せば無試験で免許発行してくれる伝手があるから」
重い沈黙の後優子が怒鳴る。
「思いっきり偽造じゃない!」
較が淡々と答える。
「人聞きが悪いな。ただ試験を受けていないだけ公式に発行した正式な免許だよ」
「試験を受けていないだけで違法でしょうが!」
拘る優子の肩を雷華が叩く。
「今更、突っ込むところじゃないだろ。どちらかというと良美が免許を取れた事実が驚きだ」
良美が胸を張って言う。
「あたしは、ちゃんと試験を受けて取ったぞ!」
「筆記試験も?」
智代の突っ込みに良美がメットを被って言う。
「さあ、八雲まで突っ走るぞ!」
バイクで移動する二人を見送りエアーナが言う。
「しかし、本当にバイクで移動したんですね?」
優子がため息を吐く。
「今回は、相手が手段を選ばない可能性が高いから公共交通手段は、使えないみたいだからしかたないわ」
その日の夕刊に高速道路の一部崩落のニュースを見て、複雑な顔をする優子達が居た。
「八雲って意外と遠いんだな」
背伸びをする良美に較が地図を確認しながら答える。
「飛行機や新幹線を使って、巻き添えで死人出したら智代が責任を感じるからしかたないよ」
「ヤヤは、感じないのか?」
良美の突っ込みに較は、淡々と答える。
「故意に殺したならともかく巻き添えになった人間の不幸まで背負えない。ただし、それをやった奴等には、それ相応の痛みを背負わせるけどね」
二人の後方のスクラップの山が大爆発する。
八雲の奥地にある、名も語られる事も無い月を背負う神の神殿。
一般には、月詠を信仰する宗派と思われているが、実際に崇める神は、違う。
『偉大なる魂と月を司る神のご加護を』
たった一言、それだけで何十人もの術師を退けていた淫虫が忍者達から排除される。
「我らが為に、尊きそのお力をお使いくださいましてありがとうございます」
較達を襲撃したくの一、忍が土下座をする。
「本当です! 新様が世界に認められる為の初陣を汚した罪は、重いと思いなさい」
少年の傍に控えていた、巫女の長で、新と呼ばれた少年の姉、真の言葉を沈痛な表情で聞く忍だったが、新は、微笑む。
「何にしても無事で良かった。忍や、配下の人間にもしもの事があったらと考えると一睡も出来なかったよ」
「そんな、我々など新様にご心配頂く必要も無いただの消耗品でございます」
忍の当然という言葉に真も頷くが新だけは、首を横に振る。
「違うよ、魂は、一つ一つ違う。どれ一つ無くなっても良い魂などないんだ。だから、命を粗末にしないでくれ」
「新様!」
配下の者達が感動する中、苦々しい顔をして部屋を出る真、その前に現れたのは、公式上でのこの宗派の責任者、尊だった。
「新もまだまだ子供だな」
その見下した態度に真が睨む。
「尊殿、新様は、偉大なる神のご加護を受けた御子、例え伯父である貴方でも呼び捨ては、なりません」
苦笑する尊。
「解っているさ。人前では、気をつけているさ」
苛立つ真を背に尊が去っていく。
「今回の事で実績を作れば、真の意味で新様が実権を握れる。そうなったら、あの男も排除してやる!」
真の脳裏に浮かぶのは、新とその姉である真を利用して教団内の立場を確立していった尊からの非道の数々だった。
そんな中、忍がやってくる。
「真様、部下から連絡が入りました。必殺の白手が八雲に入ったとの事です」
「やはり来たのね。メンバーは?」
真が聞き返す。
「必殺の白手、ヤヤと地球の重石、良美の二人です」
忍の答えに真が苛立つ。
「地球の重石も一緒か、面倒な……」
「今回の事では、八刃のバックアップが無いと聞いています。それでしたら地球の重石を殺しても……」
忍の意見を真は、即座に否定する。
「却下よ。伊達や酔狂で地球の重石なんて呼ばれていない。必殺の白手は、高位神の使徒に侵食された危険な存在。その暴走を止めているのが地球の重石。それが無くなれば、地球が滅びるとさえ言われているわ」
冷や汗をかく忍。
「そんな危険な存在が今まで放置されていたのですか?」
深刻な顔をして真が告げる。
「全ては、八刃の盟主、白風の長の娘だからよ。その事実があれを滅ぼすことが可能な組織の動きを抑制している」
忍も唾を飲む。
「神に抗い、魔王と相対し、常に戦い続ける人外、八刃。八刃の力を恐れ多くの組織が戦いを挑み、完全に消滅される。彼らは、本当に人なのでしょうか?」
真は、遠い目をする。
「人外と言うのは、本当らしいわ。そんな化け物の一人と戦うとなればこちらもそれ相応の覚悟が必要よ」
忍が頷く。
「新様の為でしたら我等の命を幾ら捧げようとも惜しくありません!」
真が頷く。
「私もよ。新様の力は、着実に力を増幅させている。本人の限界すら無視して。一刻も早く、力を制御するアイテムを手に入れなければ新様が……」
迎撃の準備を始める真達であった。
「この先に奴らの神殿があるらしいね」
翌日の夕方、較が慎重に近づくと、忍者達が現れる。
「勝てるつもり?」
較の問い掛けに答えるのは、較の背後に現れる忍だった。
「時間を稼ぐだけです。もう直ぐ、日が暮れます。そうなれば新様の力が使えるようになります」
「そうなの?」
隣にいた良美が聞き返すと較があっさり頷く。
「月影を媒体として強力な力を使えるらしいね。でも、そんな時間稼ぎに付き合うほどあちきは、甘くないよ」
真っ直ぐ進む較。
「行かせません!」
忍が合図を送ると忍者達が絶叫を上げる。
「いきなり何?」
戸惑う良美、較は、振り返り忍を睨む。
「あんたら、仲間を人柱にしたな!」
忍が頷く。
「そうもしなければ貴女は、止められない」
忍者達の上部に木の葉で構成された巨大な人型が現れる。
「山神の一種だね?」
較の問い掛けに忍が頷く。
「その通りです。あの物達の魂が続く限り、山神様の力を使うことが出来ます」
「けっこう凄そうじゃん」
良美が感心する中、較の右手から白い光が漏れ出す。
「奴らのあれは、そんなに命に関わるの?」
良美の言葉に較が頷く。
「多分、奴等は、たった一時間の時間稼ぎの為に命を失う」
良美が短い沈黙の後確認する。
「出直してどうにかなるって事じゃないよね?」
較が苛立ちを籠めて肯定する。
「奴等は、何度でもする。時間を変えたら変えたらで、もっと多くの犠牲を強いてもね!」
山神と較の視線が合わさり、周囲の木の葉が鋼鉄を越す硬度をもって較に迫ってくる。
『ナーガ』
地面が盛り上がった。
「無駄です!」
忍の言葉通り、地面は、直ぐに戻る。
「山神の力は、この地において絶対。この地の物は、全て山神に従います」
忍の宣言を聞きながら較は、木の葉を避けていく。
「勝つのは、難しい?」
少し離れた位置で戦いを観戦していた良美の言葉に較が皮肉を言う。
「負けないのは、簡単だよ。時間をかければそれで相手が自滅する」
「つまり、相手の予定通り、時間稼ぎさせられるって事だね。そんなのは、お断りだよね?」
良美の言葉に較が頷く。
「日を変えようとも無駄です、新様が力を使える時間まで私達は、この命をもって防ぎ続けます!」
較は、深呼吸をして言う。
「命懸けの意味を勘違いして! ヨシ、一発ド派手に行くよ!」
「いったれ!」
良美の答えと共に、較が白く光る右手で地面を叩く。
『ホワイトファングタイタン』
大地震が山を襲った。
次の瞬間、木の葉で構成された山神が吹き飛び、忍者達が昏倒する。
「馬鹿な、何をした!」
忍の言葉に較が苦しそうに呻く良美に肩を貸しながら言う。
「あちきの右手を侵食する神の使徒の力をこの山に撃ち込んだ。その圧倒的な力の前では、土地神レベルでは、その力を維持できなかったそれだけだよ」
冷や汗を流す忍。
「馬鹿な、人間の力で土地神を圧倒したと言うのか!」
「侵食してくる力を外に解放しただけだよ」
較の言葉に忍が唾を飲む。
「それが、地球を滅ぼす力……。それでも行かせない!」
忍が、クナイを飛ばすと良美が傍に居るから回避できず、弾き飛ばす較。
そこに勝機を見出す忍。
「足手纏いを連れたまま勝てると思わないで下さい!」
良美という死角を利用して、変則的に気が篭った手裏剣を飛ばす忍。
苦笑する較。
「誰が足手纏いだって!」
怒鳴る良美に忍が告げる。
「例え殺せなくても、そんな状態の貴女を利用する術は、幾らでも……」
良美が忍に向かって駆け出し、その拳が忍の顔面に入る。
「馬鹿な……」
戸惑うが、実は、大してダメージを受けていない忍と引き換えに良美が倒れる。
「無茶するんだから」
較が脇に抱えあげる。
「理解しな。良美は、足手纏いじゃない。常にあちきの先に行くものだよ」
忍が忍刀を構える。
「そんな状態でまともに戦えると思っているの?」
較は、忍を無視して神殿に向かう。
「行かせない!」
切りかかる忍。
『アテナ』
較は、普通に刀身を受けながら進む。
「効け!」
限界まで気力を込めて忍刀を振るう忍であったが、較には、通じない。
そして、崩れ落ちる忍。
「どうして! 私の新様への忠誠心は、誰にも負けない筈! なのにどうして通じないの!」
抱えられたままの良美が疲労の濃い顔のまま告げる。
「簡単だよ、捨て身の人間の軽い攻撃は、ヤヤには、通じない。それだけ」
「これが私の全てです!」
忍の叫びに較が振り返る。
「大地を踏みつけた拳の一撃より重い攻撃なんてないよ」
そんな較達の前に真が現れる。
「ここは、私が止めます!」
祈祷を開始して、強力な結界を張る。
しかし、較の右手がそんな結界をあっさり崩壊させる。
「まだまだです!」
結界を破られた反動を食らいながらも真は、祈祷を続け、新しい結界を生み出す。
「絶対に行かせません!」
忍も較の体に組み付き、必死に止めようとするが、較の歩みは、止まらない。
「そのまま足止めをしておけ」
その声は、上空から聞こえた。
そこには、戦闘ヘリに乗った尊が居た。
「人外と言っても、近代兵器の大火力の前では、無力だろ!」
発射されるミサイル。
「仲間がいるのに、何を考えてるの!」
良美が怒ると忍が答える。
「私達の命は、全て新様の物です!」
『アポロンビーム』
あっさりミサイルを迎撃し、逆に戦闘ヘリを撃墜する較。
そして、なんとか墜落した戦闘ヘリから脱出した尊に近づく。
「貴方も命だけであちきを止める?」
「命だけは、助けてくれ!」
尊は、恥も外聞もなく命乞いをする。
「良美、ここは、任せた」
較は、良美を地面に降ろすと忍を引き剥がし、地面に叩きつけて動けなくすると結界を粉砕し、真を良美達の所まで投げ飛ばし、神殿に入っていった。
「ま、待て……」
最後の力を振り絞り立ち上がろうとする忍に祈祷を籠める真。
そんな二人の前にヨロヨロの良美が立つ。
「ここは、任されたからね。やらせないよ」
「侵食の影響で、魂が悲鳴を上げているじゃないですか? そんな状態で動くのですら死ぬほど辛いはずですよ」
真の言葉に良美が笑みを浮かべる。
「あたしとヤヤは、いっぱい戦った。そん中で多くの人が強い思いを残して死んでいった。残された人達は、その思いを引き継いでいるの。その思いがあたしを動かす。あたしは、自分の命すら他人に預けているあんたらには、負けないよ!」
「自分の命を他人に預けている?」
困惑する忍。
「そうでしょ。新って奴に命を預けて、死ぬ覚悟以外、何も背負わずに戦い続ける。そんな浮ついた拳がヤヤやあたしに通じると思ってた?」
言葉に詰まる忍に代わり真が反論する。
「御子の為に全てを捧げる、それが私達の使命です」
「そうやって全てを御子に押し付けてきたんだね」
良美が睨むと真が必死に否定する。
「違う、私は、ただ新にその力に相応しい立場になって欲しいと……」
「それをそいつが望んだ事なの?」
良美の言葉にハッとした顔になる真。
そんな中、尊が拳銃を取り出していた。
「動くなよ、動けば撃つぞ。お前を人質に必殺の白手を止める。月さえ出れば新は、無敵。その力は、決して八刃にも負けない!」
呆れた顔をして良美が尊に近づいていく。
「止まれ!」
良美は、歩みを止めない。
「聞こえていないのか!」
必死に叫ぶ尊、そして、銃弾が放たれる。
しかし、それは、忍が弾いていた。
「何をする!」
慌てる尊を真が睨む。
「その言葉をそのままお返しします。彼女に手を出せば、地球を滅ぼす事になるかも知れない事を知っていた筈ですが!」
「全ては、私の命があっての事だ!」
震える手で拳銃を握り続ける尊に敵意を向ける忍と真。
「それが人間だよ。あんた達は、そんな男以上に軽いんだよ」
良美の言葉に真が振り返り言う。
「馬鹿にしないで! 貴女だって、忍が防がなければ死んでいた筈ですよ!」
良美は、自信たっぷりに告げる。
「あたしは、生き残るよ。あたしが死んだらヤヤが暴走する。そんな悲しい事は、絶対に起こさせない!」
「自分が死んだら……」
忍の脳裏に先ほどのやりとりが思い出されるのであった。
扉が破り、較が新の前に出る。
「大人しく円盤のパーツを渡してくれる?」
新は、土台の前に立って言う。
「残念ですが、これは、譲れません」
較が歩みを止めない。
「月が出るまで後、数十分。もう止めてくれる仲間が居ないよ」
「それでも、僕は、戦わないといけない。僕の力は、このままでは、暴走する。その前にそれを防ぐ力を手に入れなければ多くの人を不幸にするのだから」
新の言葉には、今までにない強い力を感じさせた。
「あちきも友達の命が掛かってるから、必ず持って帰る」
睨み合う二人に緊張が高まる中、それが起こった。
較の右手から白い光が噴出し、子猫の姿をとる。
『ヤオといい、何故最上級神は、こう問題を起こしたがるのか……』
頬をかく較。
「白牙様、もしかして新さんの力の源って……」
ため息混じりに白牙が告げる。
『最上級神の一柱、星影命神月楼玉様だ。このレベルの世界の住人に直接力を授ければ、大変な事になるという自覚が無いのだろうか?』
「あのその御方?」
白牙の力を感じた新が敬語で尋ねると較が告げる。
「白風の力の源で、あちきに浸食している力の根源、最上級神、聖獣戦神八百刃様の第一の八百刃獣、白牙様です」
慌てて頭を下げる新。
「お初にお目にかかります!」
新の顔を見て白牙が舌打ちする。
『どストレートに月桜玉様の趣味だな』
それを聞いて較が手を叩く。
「そういえば、月桜玉様っておもいっきりショタコンでしたっけ」
遠い目をする白牙。
『卵好き、ロリコンレズの強姦魔に、自殺癖があるショタコン。本気で最上級神の適性には、変態が必要なのかと疑いたくなるぞ』
二十分後、布団に寝かされている良美が確認する。
「結局どうなったの?」
較が遠い目をして言う。
「白牙様が話をつけてくれたので、新の力が強くなりすぎて、本人や周りが危なくなる事は、無くなったよ」
「崇める神を変えます!」
真の言葉に忍達も賛同する。
「当然です!」
そんな信者達を見て新が顔を引きつらせて言う。
「あの御方もそんな酷い神様じゃないと思うのですけど……」
「甘い! そんな甘い考えで、貴方の操を守れますか!」
真の絶叫に頬を掻く較。
「あのさ、御子って元々神様に操を捧げているんじゃなかった?」
忍が怒鳴る。
「そんな事は、関係ありません! 新様は、常に清らかのままで無ければいけないのです!」
「この人達、絶対に月桜玉の信者だよ」
良美の言葉に疲れた顔をして頷く較の手には、花鳥風月の円盤のパーツがあった。