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第一話『魔王が現れた!』

ぜひ脳みそを空っぽにしてお楽しみ下さい。

BL要素は概ねギャグですが、次話より徐々に濃く下くなっていきます。

「決戦も間近だというのに、勇者様は落ち着いていらっしゃいますね」


 低く穏やかな声が、静かな城内に朗々と響き渡る。敵の本拠地のただ中でありながら仲間の誰からもそれを咎められなかったのは、話している男の装束が国に使える神官の中でも最上級といわれる薄紫地の正装、紫徒(しと)のものであったことと、これまでの道程をかんがみた結果であった。


「こうも魔物の気配が無いんじゃ、緊張感もなにもねぇよ」


 先頭を歩く橙色の髪の青年が、気怠げに呟く。


「確かに、守りが堅いとは言えないようですが……それだけ魔王という存在は強大なのかもしれません」


 ここは世界にただ一つ存在する門の魔王の居城、エクザール城。中央大陸より遥か北西に位置する浮島。高い山脈に囲まれた樹海の中央に聳え立つ尖塔連なる巨大な城である。

 この最奥に位置するゲートこそが、人間を脅かす諸悪の根源。数多くの魔物を排出し、民を脅かす災厄の門。それを守る魔王を打ち破り、ゲートを破壊することが勇者に課せられた使命である。

 三人の仲間を引き連れて歩く橙色の髪の青年こそ、その勇者であった。

 国の定めた勇者制度によって認められ、勇者の証である金の翼の紋章を肩につけた青年。名をレオニール・リントという。

 齢12にして勇者としての適正を示し、以降7年間、国中を旅しながら魔物の討伐に励んでいた勇者は、仲間である神官の言葉に大きなあくびを返した。

 三白眼ににじんだ涙を拭い、退屈そうに肩を軽く回す。


「大したことじゃねぇ。ようはちょーっと魔王の前に姿を見せて、ちょーっと衣服の切れ端なり髪の一筋なり頂戴して、とっととトンズラすりゃいいだけの話だろう?」

「本当に勇者様って清々しいほどのクズですね。さっさと勇者の証を取り上げられてしまえばいいのに」


 毒づいたのは神官の隣を歩く齢15~6程の少女だ。深い藍色の髪を一つに結い上げ、細くしなやかなボディラインを際だたせるピッタリとした黒装束を纏う彼女はエレオノーラ。神官付きの従者という身分ではあるが、生まれてより護衛のためにあらゆる護身術と暗殺術を叩き込まれた優秀なアサシンだ。

 それを、まぁまぁ、と先の穏やかな声がなだめる。

 なだめる神官の背丈はパーティの中でも頭一つ飛び抜けており、エレオノーラは女性の中でも比較的小柄な方であるが、彼はそれより頭二つ分ほど背が高かった。彼の視線の先にはレオニールのつむじがある。

 紫徒セラス・リブロッティ。やや下がり気味の眉が柔和な印象を与える彼は今年で28になるが、ゆるく後ろに撫でつけられた青銀の髪と老成した雰囲気のためか、実年齢より上に見られることが多い。

 紫徒とは――正しくは八柱使徒やつはしらのしとと言い、国を守護する八柱の神を奉る神官の中で最も高い位に立つ者を指す。その名が示すとおり数多くの神官の中で選ばれた八名だけが名乗ることの出来る役職だ。


「ですがセラス様、私はどうしてもこの男が貴方の力添えに値するほどの存在とは思えません。スラム育ちで手癖も女癖も悪くて品も無い、戦う力だけが取り柄の馬鹿じゃないですか。数いる勇者の中でも最低ランクだと思いますが」

「そんなことはないよエル。レオニール君はとても優しい青年だ。この間だって魔物をむやみやたらに殺したくないと言っていたし、それでも人々を救うために剣を取った彼は立派な勇者だと思わないかい?」

「それ、確か廃教会に巣くってたサキュバスのチャームに引っかかってほざいた寝言だったと記憶しているのですが」


 そうでしたか? と首をかしげるセラスに、エレオノーラは深々と溜息をついた。なぜか上司であるセラスに気に入られているこの勇者だが、エレオノーラはどうしてもこの男が好きになれなかった。

 国仕えの神官が勇者の旅路に同行することはさして珍しいことでもない。祈りによって神の奇跡を賜ることの出来る彼らの力は、魔王討伐に不可欠と言っても過言ではないだろう。

 それは紫徒と呼ばれる彼らとて例外ではない。過去の例を見れば、確かに勇者の道程に付き添った紫徒も存在している。

 セラスが国のため、民のために魔王討伐を手伝いたいと願い出たときは、いずれそんな日が来るだろうと思っていたし、さほど問題に感じていなかった。なにか危険があれば、自分が盾になればいいだけのことだ。

 だが、何もこの男でなくとも、とエレオノーラは歯がみした。

 尊敬し、生涯守り抜こうと誓いを立てた主が、この男になにか悪い影響でも受けないかと気が気でない。ただでさえセラスという人は他人を疑うということをしない。知性豊かで人の心の機微に聡いくせに、底抜けにお人好しで純粋だ。

 そんな忠義に厚い従者に睨まれている当の本人と言えば、退屈そうに耳の穴を指でほじっていた。


 一番後ろを歩く大きな荷物を背負った猫人(オセロット)の拳闘士が、そんな主従のやりとりをみて声をあげて笑う。


「レオはああいうのにすぐかかっちゃうもんなぁ」

「うるせぇぞ猫。飯抜きにされてぇか」

「やだ死んじゃう! ご飯ないと死んじゃうよぉ!」

「テオを苛めないでくださいゲス勇者」


 赤みがかった茶虎の毛並みを持つオセロットのマオ・テオは、レオニールが勇者になる以前から共に行動している。二足歩行で服を着ているが猫と殆ど変わらない姿をしているテオを、レオニールは昔から俺のペットと呼んではばからず、テオもそう扱われることを嫌がってはいなかった。

 かつてはそういう扱いを受けるオセロットも少なくなかったが、オセロットに限らず獣人は人権問題等の観点から、近年では人間が『飼う』事を禁じられている種族だ。主従という関係に置くならそれは必ず『雇用』でなくてはならない。

 だが、彼らにはそういった金銭的な繋がりはない。幼い頃より一緒に育ってきた彼らの関係を正しく表現するなら仲間、友人、あるいは血の繋がらない家族だろう。

 だが、レオニールはあくまで彼をただの猫として扱い、テオはそれに従順だった。

 この辺りのモラル感覚の薄さも、エレオノーラがレオニールを嫌悪する一因だ。ただしオセロットはふわふわのもふもふなので存在が正義だ。


 決戦間近とは思えない緊張感の無さと纏まりのない空気のまま、勇者一行は静かな魔王城の廊下を突き進んだ。




 人類が神より授かりし楽園エルデリーテ。

 そこに築かれた国々が手を取り合って勇者制度なるものを確立したのは、おおよそ500年前である。

 その日、人類は初めて驚異となる魔王を打ち破り、ゲートを破壊した。それを行ったのは、数少ない仲間を率いた一人の若者だった。

 英雄アレン・アルフォージ。その勇気を讃え、後の世も伝説の勇者として語り継がれている彼こそ、この勇者制度が作られるきっかけとなった存在だった。

 ゲートが破壊された後、彼が寿命によって生涯を終えるまでの50年は平和が続いた。魔物の驚異に脅かされることもなく、世界に安寧が訪れたかに思えた。

 しかし、勇者の没後まもなく、ゲートとそれを守る魔王が出現し、世界は再び恐怖と混乱に晒される。驚異となる勇者の存在が消えるその瞬間を、魔界の住人は虎視眈々と待ち続けていたのだ。

 それまで国それぞれが勢力をあげて魔物の討伐や都市の防衛などに励んでいたが、これでは国が摩耗する一方だと危惧し、勇者アレンの再来を求めるべくこの勇者制度が作られた。

 魔王を倒しゲートを破壊せんとする勇気ある者を集め、国をあげてそれを支援する制度だ。


 素養を認められ適性試験に合格し、晴れて勇者と認められた者は、国より金の翼の紋章が授けられる。これを持つものは世界中のあらゆる国や施設に自由に出入りする資格を与えられ、冒険に必要とされる武具や薬品、保存食などの物資を無償で受け取ることが出来た。

 当然過去500年の歴史の中で何度かゲートの破壊は達成されている。しかし、結果は変わらなかった。破壊した勇者が生き続ける限り平和は保たれていたが、やはり勇者の死を切っ掛けにして新たなゲートと魔王が出現するのだ。

 この連鎖を断ち切れぬまま、しかしつかの間の平和を求めて国は勇者を支援する。


 現在エルデリーテにおいて、勇者の証を持つものはおおよそ13名。

 レオニール・リントはその一人であった。


 だが、彼は勇者でありながら、魔王の討伐にもゲートの破壊にも乗り気ではなかった。

 それでも魔王城に乗り込んだのには理由がある。

 ここ100年もの間、魔王討伐を果たせずにいることに焦りを感じていた各国が、最も優秀であると称していた勇者ジオの「自分では魔王を倒せない」という発言と紋章の返還をかわぎりに、残る勇者達に一つの通達を出す。


 これより三年以内に魔王討伐を行わなかった勇者からは、金の翼の紋章を剥奪する。


「討伐を行うだけで倒す必要はねぇんだから、楽な仕事だよなぁ。それが無理でもまた力をつけて挑みますって言えば生涯安泰だ」

「いや、倒してくださいよ、あなた勇者なんですから」

「やだよ。オレは勇者としての権限を最大限に生かして、その辺の魔物を適当に狩りながら国の支援を貪って生きるんだ」

「セラス様!! こいつこんなこと言ってますけど!!」

「各国を回り、被害に苦しむ民草を魔物から守るのもまた勇者の勤めということですね。さすがです」

「いやぁ紫徒様はよくわかっていらっしゃる」

「そのあからさまな棒読みをやめろクズ。セラス様への侮辱と見なすぞ」

「エルちゃんが怖いよぉ」

「わ、わわ私はちっとも怖くないですよ! ほんとですよテオ! ほら、ナイフもしまいましたから、ね? ね?」


 静寂とはほど遠い始終にぎやかな勇者一行は、気付けば一度も魔物と対峙することのないまま城の最奥に辿り着いた。

 各々に浮かんでいた拍子抜けだという表情は、しかし扉を開けた先にそびえるゲートを目にした瞬間引き締まる。


 巨大なクリスタルの柱に挟まれ、幾重にも重なり合った魔法陣が球を描くように様々な角度で自転を繰り返し、淡く輝いていた。

 その大きさたるや、二階建ての屋敷の屋根をゆうに見下ろせるという古代竜ですら容易にくぐり抜けられるほどだ。

 それは紛れもなく伝え聞いていたゲートそのもので、しかし実物を目の当たりにした誰もがその巨大さと存在感に圧倒されていた。


 ゲートのやや手前には、そびえる支柱と比べてずいぶんと小さな玉座が一つ、ぽつりと置かれていた。

 そこに座っている黒い影に気付いて、レオニールは咄嗟に剣を構える。


「よくぞ来た。そなたは我が輩がここに座してより、ゲートに辿り着くことの出来た45人目の勇者だ」


 かくして勇者レオニール・リントとその仲間達は、門の魔王と対峙した。

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