Part5 放射性物質の種類
Part4では放射線について書きましたが、ここでは放射性物質(放射性元素、放射性同位体とも呼ばれています。)について書いていきます。
放射線は人間の時間感覚では一瞬で有害な作用がなくなるため、それ程大きな影響を及ぼすとは考えにくいです。
一方で、放射性物質は継続して放射線を放出するため、こちらの方が危険と考えられます。
放射性物質は、放射線を放出した後、徐々に安定な物質に変化するため、早かれ遅かれ放出する放射線が減少していきます。
一つの目安として、放出される放射線量が最初の半分になるまでの時間として、半減期という定義があります。
例を挙げて説明しますと、私が大学時代に実験で使用したことのあるリン32の半減期は14.26日(14日と6時間)となっています。
(普通、身の回りにある安定なリンは31です。安定なリン31と放射性物質である32の違いは前者が中性子16個含まれているのに対し、後者は17個含まれています。)
このリン32が合成された時に放射される放射線の強さを1とした場合、それから14日と6時間経過後に0.5に、さらに14日と6時間経過後には0.25になります。
半減期が短い放射性物質は、最初は高い放射能の値を示しても、しばらくすれば弱まっていきます。
ですから、その場所からしばらくの間離れるなどの対策を取れば、自然にほとぼりが収まっていきます。
ただし、短い間に集中的に放射線を出すことになるので、その点は注意が必要です。
また、研究などで半減期の短い放射性物質を使用する場合は、購入してから早く使用しないと、どんどん放射線が弱くなって実験に使えなくなってしまうので、その点を注意しなければいけません。
主な放射性物質
・三重水素(水素3)… 陽子1個+中性子2個、半減期12.3年
放射性物質ですが、わずかに天然にも存在しているため、私達は食べ物や水、空気などから体内に取り込んでいると考えられます。
弱いベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、安定なヘリウム3に変わります。
(ヘリウム3はヘリウム全体の0.000134%を占めています。)
なお、エネルギーが低いため、皮膚を貫通することができず、この物質による人体へのダメージはきわめて低いと考えられます。
・炭素14… 陽子6個+中性子8個、半減期5730年
天然には炭素全体の1.2×10のマイナス10乗%含まれており、大気中の高いところで窒素14から生成します。
体重60kgのヒトの体内には約13kg程度の炭素が含まれており、それを元に計算すると、体内には1.56×10のマイナス8乗g(0.0156μg)の炭素14が含まれていることになります。
ベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、安定な窒素14に変わります。
大昔に生息していた植物等の化石の年代測定に使われます。
(生物が生息している間は天然に含まれる量と同量の炭素14を含んでいますが、死ぬとその取り込みが停止し、半減期5730年のスピードで割合が減少していきます。そのため、化石中の炭素14が半分の量になっていれば、約5730年前に生息していたことが分かります。)
・リン32… 陽子15個+中性子17個、半減期14.26日
ベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、安定な硫黄32に変わります。
分子生物学の実験で利用されている物質です(※最近は利用されなくなってきています)。放出された電子は高エネルギーのため、皮膚を貫通してしまいます。
また、リン32は体内に吸収されてしまうと、骨やDNAなどを構成している安定なリン31と置き換わってしまう場合があるため、しばらくの間、継続して体にダメージを与え続けることが考えられます。
そのため、取り扱いには注意が必要です。
・カリウム40 …陽子19個+中性子21個、半減期12億7700万年
地球上に存在するカリウムの0.0117%を占めています。
体重60kgのヒトの体内には約120gのカリウムが含まれているので、それを元に計算すると、体内には120×0.000117=0.014g(14mg)のカリウムが含まれています。
恐らく、体内に最も多く含まれる放射性物質と言って間違いないでしょう。
(ただ、半減期がとてつもなく長いため、人間の時間的感覚ではほとんど放射線を出していないに等しいと考えられます。)
カリウム40は約90%がベータマイナス崩壊をしてカルシウム40になる一方、残りの10%がベータプラス崩壊をしてアルゴン40になります。(どちらも無害で安定な物質です。)
本によれば、地球上では毎日数トンのアルゴン40が生成しているという記載がありました。
そのため、地球では常に大量のアルゴンが大気中に放出され続け、結果的に大気中の0.93%を占めるまでになりました。
(ただ、生成したアルゴンは最終的に宇宙に逃げていくため、あまり急激に増えるというわけでもありません。)
・コバルト60 …陽子27個+中性子33個、半減期5.27年
ベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、ニッケル60に変わります。
ニッケル60はさらにエネルギーの異なる2種類のガンマ線を放出して安定します。
ガンマ線を利用する時によく使われます。
過去に、沖縄でウリミバエという害虫が野菜を食い荒らした時、この物質を使って生殖細胞を破壊し、最終的に根絶させたというエピソードがあります。
私は「プロジェクトX」という番組でこのエピソードを見たことがありますが、あまりにも劇的な展開で、感動しました。今でも心の中に強い印象として残っています。
もしこの物質がなかったら、日本中の野菜が食い荒らされて、想像もできないような現実が待っていたことでしょう。
なお、この物質が放出するガンマ線は比較的強力で、浴び続けるとヒトの生殖細胞もダメージを受けてしまうと考えられます。そのため、取り扱いには注意が必要です。
・ストロンチウム90 …陽子38個+中性子52個、半減期28.79年
ベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、イットリウム90に変わります。
このイットリウム90もまた不安定な放射性物質(半減期64時間)で、ベータマイナス崩壊を起こして電子を放出し、安定なジルコニウム90に変わります。
ストロンチウム90の出す放射線のエネルギーは決して高くはありませんが、半減期が長いです。
一方、イットリウム90は半減期が非常に短いものの、エネルギーがストロンチウム90の4倍以上のため、体内に取り込まれると厄介です。
このように嫌な側面を両方とも持っているため、私達にとっては厄介な物質です。
ストロンチウム90は、原子力発電所や原子爆弾に利用されるウラン235が中性子を吸収して核分裂を起こす際に生成されるので、これもまた頭の痛い事実です。
さらに、ストロンチウムは安定同位体も含めてカルシウムと性質が似ているため、体内に取り込まれると骨に取り込まれてしまうという事実もあります。
(ただ、ストロンチウムの吸収量はそれ程高くないと考えられています。)
骨は常に壊されては新たに作り直されているので、いつまでも体の中にとどまり続けているわけではありません。
しかし、もしストロンチウム90が取り込まれると、それなりに長期にわたってベータ線を出し続けることが考えられます。
頭の痛い物質ですが、私はそういうことを知った上で冷静に物事を考えてみたいと思います。
・ヨウ素131 …陽子53個+中性子78個、半減期8日
ベータマイナス崩壊をして電子を放出し、さらにはガンマ崩壊をしてガンマ線を出した後、安定したキセノン (Xe)131になります。(Wikipedia)
放出されるエネルギーはセシウムより多少多いが、プルトニウム、ラジウムよりは弱い。
ウラン、プルトニウムなどが核分裂した時に発生する物質です。
半減期は約8日なので、時間がたてばどんどん減っていきますが、十分に減るまで油断は禁物です。
チェルノブイリ原子力発電所の大事故の後、環境中に大量にばらまかれた物質でもあります。
そのため、事故の後、周辺国の人々の甲状腺に異常が発生しました。
これはヨウ素131が環境中に広くまき散らされていることを知らずに生活し、継続して体内に取り込まれたことが原因です。
ヨウ素131は長い間取り続ければ、甲状腺ガンの原因にもなります。
しかし線量が多ければ甲状腺ガンになるというような簡単なものではなく、高線量のヨウ素131を用いてもガンが増大しなかったという報告もあります。(Wikipedia)
現に治療にも用いられるなど、医学的な用途もあります。
・セシウム137 …陽子55個+中性子82個、半減期30.1年
ベータマイナス崩壊をして電子を放出し、バリウム137になります。(Wikipedia)
ニュースなどで繰り返し報道され、すっかり有名になってしまいました。
セシウムはカリウムと同じ周期表の1属にある物質です。
そのため、生体内では安定なセシウムも含めて、カリウムと似たような働きを持っています。
仮にセシウム137が体内に入った場合、体中に運ばれてベータマイナス崩壊を起こすことが考えられます。
ただ、摂取したセシウムは70日~100日で体内での存在量が半分になるため、上記の半減期30.1年という言葉に惑わされないようにすることも必要だと思います。
ニュースでは、健康に影響のない範囲の量であっても、製品からこの物質が検出されるとそれだけで大騒ぎになってしまうため、その度に風評などが飛び交ってしまいます。
ですから私達にとっては頭の痛い物質のひとつです。
しかし、実は事故の前にも、すでに環境中に存在していたことも事実です。
その多くは、1940~60年代に核実験などで放出されたものです。
Wikipediaによれば、1960年代前半に、日本人は1日に1ベクレル以上のセシウム137を摂取していたと推定されているという記述がありました。
さらに、10000ベクレルのセシウム137を摂取した時の放射線量は、0.13ミリシーベルトという記述もありました。
飛行機で東京~ニューヨーク間往復(0.19ミリシーベルト)よりも少ないです。
Part3でも書きましたが、セシウムの暫定規制値は次のようになっています。
飲料水・牛乳・乳製品における放射性セシウム… 200ベクレル/kg
野菜類・穀類・肉・卵・魚・その他における放射性セシウム… 500ベクレル/kg
「暫定規制値」は平均摂取量で1年間継続して摂取した時の値を示しています。
その数値よりも下回っていれば、普通に1年間続けて摂取し続けていても体には影響はありません。
たとえ暫定規制値の値であったとしても、平均摂取量を上回る量を食べ続けなければ影響は出ないということが考えられます。
(参考資料:そうだったのか! 池上彰の学べるニュース第5巻)
ニュースではたとえ数十ベクレルであっても大問題であるかのように取り上げられてしまいます。
しかし、セシウムという言葉だけでどうかだまされないように、そして数値までしっかり見た上で、冷静な判断をしてくださるように、どうかよろしくお願いします。
(むしろ私としてはタバコの方が危ないと思えてなりません。)
・ウラン235 …陽子92個+中性子143個、半減期約7億1000万年
天然に存在するウランの約0.7%を占めています。
後述するウラン238より核分裂しやすい物質で、原子爆弾や原子力発電所の燃料棒に使用されています。
(原子爆弾には濃度90%以上のウラン235が、燃料棒には濃度3~5%のウラン235が含まれています。)
この物質は中性子を吸収すると不安定になって核分裂を起こし、エネルギーを放出します。
さらにその時2~3個の中性子を放出します。
この中性子がウラン235原子に吸収されるとまた核分裂を起こし、エネルギーと共に2~3個の中性子を放出します。
これが連鎖的に起こると、臨界と呼ばれる状況になって次々と反応の規模が大きくなり、最後には膨大なエネルギーを放出します。
これを活用したのが原子爆弾です。
一方、原子力発電所では、ウラン235に中性子を吸収する物質(ホウ素やカドミウムなど)を混ぜ、放出された大半の中性子がそちらの物質に吸収されるようになっています。
その結果、分裂反応がある一定の速度で起こるように調節されています。
ウラン235の濃度が燃料棒よりもさらに低い場合は、反応は次第に遅くなっていき、やがてストップします。
実際、天然に存在するウランは非常に濃度が低く、半減期もとてつもなく長いため、私達の感覚ではほとんど核分裂が起きていないに等しいです。
(参考資料:そうだったのか! 池上彰の学べるニュース第2巻、Wikipedia)
余談ですが、1gのウラン235が生み出すエネルギーは、計算上石油2000リットルにも及ぶと言われています。
私が過去に執筆した「今日から出来る二酸化炭素削減法」シリーズでは、ガソリン1リットルを燃やした時に生成される二酸化炭素はそれぞれ2315g、灯油なら2458g、軽油なら2494gとなっていました。
それを参考に、石油1リットル当たりの二酸化炭素生成量を2400gとした場合、石油2000リットルからは4800kg(4.8トン)にもなります。
言い換えると、原子力発電所をうまく活用すれば、それだけの二酸化炭素排出量を削減できるということが言えます。
ですから、これまで日本は原子力発電を推進してきました。
現在、原子力発電に対する風当たりは非常に厳しいです。
しかしもし廃止してしまったら、私達は2011年春に経験したよりも、さらに節電をしなければならなくなります。
現時点では火力発電を増やすことで電力を補っていますが、それも長い目で見れば一時しのぎにしか過ぎません。
また、今注目されている電気自動車も、もし原子力発電がなくなり、ほとんど火力発電ばかりになれば、もはやエコカーと言えなくなってしまう可能性が大きいです。
ですから、原子力発電のありがたみというものも忘れてはなりませんし、私達は今後も節電に取り組んでいかなければなりません。
・ウラン238 …陽子92個+中性子146個、半減期約44億6800万年
天然に存在するウランの約99.3%を占めています。
ウラン235より核分裂しにくく、自然界ではほとんど危険のない物質です。
ですからウラン238の産地があっても、そのままでは特に心配の必要はありません。
むしろこの物質は中性子を吸収する性質があるので、ウラン235の核分裂を防ぐことができます。
現に、この物質は原子力発電所の核燃料棒の中に使われています。
前述の通り、核分裂をしにくい物質ですが、原子力発電所の炉の中で高速の中性子にさらされると、一部が中性子を吸収し、ウラン239になります。
この物質は不安定で、ベータマイナス崩壊をしてプルトニウム239になります。
(原子力発電所では、ウラン238を含む使用済み核燃料を再処理することによって生成します。)
プルトニウム239は前述したとおり、非常に強力な放射性物質なので、わずかでも存在すると危険です。
この項で見たとおり、放射性物質には様々な種類が存在します。
(放射性物質はまだまだたくさんありますが、この作品では知名度のあるもののみにしぼったため、以上とさせていただきます。)
危険度の大きいものもありますし、自然界に普通に存在しているものもあります。
さらには、太陽からの光線によって発生するものもあります。
地球上に存在する放射線や放射性物質は、決してゼロにすることはできません。
しかし地球上に存在している生物は、大昔から放射線、放射性物質にさらされながら生き延びる術を見につけ、そして今日まで進化を続けながら生きてきました。
つまり私達は、放射能のダメージを少なくし、さらには回復するための能力を生まれつき持っています。
ですから放射線、放射性物質によるダメージを不可逆的なものと考える必要はありません。
さらには、ダメージを少なくするための方法もいくつもあります。
それについては、Part7の項で詳しく書きますので、参考にしていただければと思います。