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信濃

雪の砦を潜り抜け、美作信濃は夜に立つ。

気配を巡れば迷うことはない。

(絶対おかしい)五月はそう言うけれど、信濃本人にしてみれば、子供の頃からだから、仕方ないと答える。

(だったら…)いつもそうやって、目的地を目指せばと耳が痛くなるほど言われたが、気配を立てている相手が、目指す場所の敵と違う場合が多いと屁理屈を立ててみる。

ただ、今回は、五月がいないので、そのことは考えなくてよい。

信濃の視界を雪が狭めていく。

今昔森はまだ、静かだった。

さらさらと雪が積もる以外に音がない。

月も星も闇の中。

一息吸って、信濃は踏み込んだ。

ザッザッと黒い陰が動く。

目で陰を数え、信濃は大木の陰に身を滑らせた。

ゆっくりと寒さが浸透してくる。

長引けば不利になるだろう。

信濃は瞳を引き締めた。

影が木々の前に立つ。

(…子供)苦悶の呟きを残して、信濃は雪を蹴る。

子供が声をあげるよりはやく、彼らを吹き飛ばした後、口笛を吹く。

闇と雪を縫って、梟が一羽、木に潜んだ三人を蹴散らした。

数にして五人程度。

地に落とされた三人が体制を立て直し、信濃に向かう。

吹き飛ばされた、2人もいつの間にか起きあがり切りかかる。

梟が、旋回し、切りかかる2人の眼前を抜ける。

さすがに驚いたか、動きが止まる。

そのスキをついて、腹を棒で凪ぐ。

相手にできない数ではないが、寒いのであまり長居はしたくない。

だが、すでにあの小屋までの帰り道を忘れている信濃だった。

尻餅をつき、逃げ腰の子供等に、棒を構える。

一歩踏み込んだら、叩き倒す。

信濃の気迫に彼らは充分おびえてくれた。

弱いもの虐めのようで、心苦しかったが。

五人中三人の影は一目散に逃げ出した。

残る2人は、まだ、刀をしまわない。

(参ったな)胸中で言って、棒を投げ捨てた。

かといって、素手の技術は持ち合わせていない。

信濃は、冷え始めた身体に苦笑いを作りながら、刀の鞘に手を掛け、数打ちを抜いた。

数打ちとは刀の安物である。

雑魚相手に銘刀を抜くほど落ちぶれてはいない。

我流の構えを取り、2人を見る。

相手も半端に柄を握るわけではなさそうだった。

暗くても、相手が子供であることは明白だったが油断はならない。

しかし、なにより、足場が悪い。

雪は邪魔だった。

3人は最悪の条件にいる。ただ、一匹の梟だけが夜を味方に付けていた。

「連!!白羽に連絡を頼みたい!!誘導してきてくれ!」

梟の名は連と言う。

冬の夜を飛べるまでに調教された連は、その翼をはためかせ、今昔森の闇へと消えた。

飛び去る梟を視線の端で見送り、2人を見る。

だが、2人の子供は別の方を向いていた。

敵に取っての敵なのだろう。

信濃にとっては、どちらも敵であるのだが。

信濃を無視して飛び交う殺気。

(…犬)黒く艶やかな毛並みを雪に濡らして、口に松明を加えた、人ほどの大きさの犬数匹。

降りしきる雪の中に佇む野獣。

古来から、人に飼われ忠誠を誓う厄介な動物。

明らかに何者かに調教された犬の群。忍者が使う犬だから

「忍犬」

と言われるだろう敵。

犬達は唸り声もあげないまま、こちらを見る。

風が雪と松明の火を揺すり通り過ぎる。

松明を加えぬ犬が動く。

信濃が犬に刀を突き立てその場を退いた。

子供2人を犬が押し倒した。

舌をうち、信濃は、自分に飛びかかる犬を叩き伏せ、今まさに、子供を噛み砕かんとする、犬を凪いだ。

奇妙な音が闇に散る。

松明の灯りが、無言で犬の屍を映し出す。

犬の血を被った子供2人は、気絶していた。

信濃もまた、返り血に濡れる。

血の臭いに立ち眩んだ。

残りの犬が、牙を剥く。

松明を投げ捨てたと同時に、爆薬が茂みの先で火を放つ。

信濃は、刀を構え直し、向かい来る犬を斬る。

しかし、一頭の白い犬に不意を突かれて、雪に沈んだ。ゆっくり炎が踊る。

「…っ!!」

白い犬の爪が、肩に食い込む。

雪の冷たさが背中を濡らす。

暫く地を転がった末、雪と朱にまみれた信濃は肩を押さえながら立ち上がり、落とした刀ををゆっくりと拾い上げた。

肩から流れた生温い液体に、少しばかり口元を歪め、松明を投げ捨てる、無情な生き物を見据えた。

作業の終わった犬は、信濃に目もくれず退散していく。

方向感覚が麻痺している、自分の無力差にはいつも泣かされている。

気絶していた子供の姿は無かった。


連れ去られたか、うまく逃げ出したかわからない。


雪を気にせず、歌い始めた炎が、崩れた信濃を嘲笑う。


(…役立たず、か)

今の今まで、連のことを忘れていたのだから。


暑いのか寒いのかすらわからない大地に沈んだ信濃の意識が薄れていった。


朝に近い、空は、雪雲に覆われて太陽の光を遮り、今昔森は騒ぎ始めた。

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