表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

紅葉

雪の花は音も無く木々に積もり、静かな時間を刻み始めた。

今昔森はいつもと変わりなく佇む。

時折吹く風が花びらを散らして通り過ぎた。

北陸は冬の寒さを増していく。

今昔森は、北陸に広がる針葉樹林帯である。

森の奥地唯一開けた場所に子供達の集団は住みつき、日々、生きていた。

更に奥へ行くと、湖がある。

湖の畔には寂れた社。

なにが奉ってあるかもわからないような、ボロボロの建物だ。

湖の畔まできて、紅葉は足を止めた。

透き通った湖に雪が消える。

(ここにもいない…)胸中で毒づいてその場を後にする。

藁傘を被り、簑を着て、藁長靴を履き、長い髪を紙縒で後ろ手に結び、腰に11歳の少年にしては大きすぎる太刀を挿している。紅葉と書いて

「くれは」

と名付けられた少年は、暁党の指針と呼ばれる連絡係兼補佐の一人だった。

住む場所は狭いが、森は広い。

唯一開けた場所には、二つ党がある。

昔森の代表が暁党だと言うだけだ。

(まさか、茜のところか…だとしたら、血みどろになってなきゃいいけど…北斗なら連絡来ても)ぶつぶつと唱えながら、軽く息を吐く、首に巻き付けた防寒用の布が、湿った。

雪道を歩き続けて寸時、何か柔らかいものを踏んづけて、紅葉はとびのいた。

息を飲み込み、恐る恐る雪を払いのける。

幾度となく死体は見た。

死んだ者にも触れた。

ぱっと手をどけ、息をするのも忘れ、目を逸らす。

(見なかったこうにしょう)念仏を軽く呟いて、通り過ぎようとした瞬間。

雪に埋もれていたそれの手が紅葉の足に食いついた。

「……、」

表情に困りながら、手を解こうとする。

少年一人に大の大人を運ぶ力はない。

こんな森で共倒れはごめんである。

しかし、倒れている人間の手が離れない。

途方に暮れて、紅葉は、あたりを見回したが、助けを呼べる状態ではないことが判明しただけだった。

ただ、唯一都合のいいことに、見知った場所だった。

少し歩けば小屋がある。

今昔森には、浮浪者が気紛れで建てた家が散らばる。

冬の小屋は、大抵空だ。

浮浪者は冬には町へ消える。今昔森はあくまで避難所である。

「し、死んだら置いてく」

そうとだけ言って、紅葉は、甘栗色の髪の頬に傷つきの武士風男を、引きずった。

男はかくかく頷いて、なされるままに、引きずられていく。

やがて、目的の小屋が見えてきた。

雪は風に流され森に溶ける。

る。小屋に入ってまもなく、明々とした火が、薪を弾く。むしろに寝かされた男に腰に付けた瓢箪の酒を飲ませてやる。冷えて、青白い顔にうっすらとあかみがさす。しだいに、部屋が暖まる。

「助かった。かたじけない」

男は、紅葉に頭を下げた。

「別に…なんてことないよ。あんた何してたの?」


「拙者、仕事場に行く途中だったでごさるよ。しかし…方向音痴故に、あそこで、行き倒れていた…本当に助かった」

起きたとたん、喋り出す男にきょとんとする紅葉だった。

「ところで、お主、この森の住人か?猫ヶ町へ行きたいのだが…」


「猫ヶ町!?あんた、白夜の奴かよ」


「そうでござるよ。めったに帰らぬから仲間にも見捨てられたかも知れぬが…」


「…あんた?なんなの?」

怪訝に聞き返す。

「美作の武士だった者でござる」

自信満々に頷く男。眉を顰め紅葉は薪をくべた。

「武士が、何で忍びになってるんだよ」


「…長い話になる故、そこはまた後で」

話をはぐらかされて、紅葉はふーん、と冷たい返事を返しただけだった。

もとより、身の上話に興味はない。パチンと薪が弾けた。

「仕事って、戦?」

ふと、紅葉は聞いてみた。男は首を振り答える。

「保護官の仕事を何年もしている…」

紅葉が、太刀に手を掛け抜いた。男は、寸手で交わし、苦笑する。

「仲間二人に任せきりで話にしか聞かないけれど…本当に嫌われているようでござるな」


「うっさい。あんたらの、アホな計らいで、家の頭は偉くご機嫌斜めなんだ」


「拙者が来たところで何も変わらないから、安心するでごさるよ…もう一つ大事な用件もあるし」

そう言いながら、切っ先から遠ざかる。

「大事な用件?」


「方向音痴の拙者では、連絡もろくに取れない。鳥を飛ばそうにも、まだ夜。」


「…鳥使い…美作、白夜の異端児」




「そうでござる。久しぶりに猫ヶへ戻る途中でござる」




「……は?」




「そこで…あそこで倒れて誰か来るのを待ってた分けだ」



返す言葉もなく、男をにらむ。


「拙者の代わりに、伝えて欲しいでござる…猫ヶ町にいる保護官2人。『こづち』という茶店にいるはず………」




「なんであんたが!!!あんたなんかに、そんな伝言まかせんだよっ」



紅葉の怒りは爆発した。

、殆どの人々が一カ所に固まっていると言える。

暁党だけでなく、双葉党にも知らせなければならない。刀を構えたまま、少年は男に言った。

「あんた…本当に方向音痴か??」


「生存者確認機と巷では噂でござるが…」

「……」


「つまるところ、気配なければ、迷うでござる。気配について行く故、団体行動向きの身…。」


「だから、なんであんたなんが、んな情報を伝える係りなんだ」

「伝播の人が拙者に伝えて死んで行ったからでござる。すぐさま、他の伝播を探したでござるが、深い森故、誰にも会わなかった」

男はそう言ったが、方向音痴と言うことで、森で連絡を聞いたのかも怪しげだった。武士風の男が、じっと、紅葉を見た。

「なんだよ」

ふと、空気が変わった、男に問いかける。

「外、吹雪になるな」


「ああ、そう」

軋む小屋の音を聞けば予想がつく。

「名前は」

男が唐突に、声を発した。

「紅葉」

渋々と答える。

「…頼まれてくれるな?どうやら見つかったようだ。」

男は、引き戸の前で言った。

「美作信濃と言う男から、小泉五月殿にとコレを」

紅葉に投げた一通の文。

「おい…!?」

がっと引き戸が開き、美作信濃と名乗った男が、雪の乱れ始めた夜に飛び出した。

舌を打ち、紅葉は引き戸迄走るが、すでに姿がない。

「なんだってんだ、畜生」

雪が風に走る。冷たい音はやまない。

「…俺だって…迷ってんだぞ」

呟いてみたがなにも返っては来ない。

(くそっ!!。

)気合い一線し、紅葉は雪の中へと踏み出した。

猫ヶは無理でも、双葉党付近には行けるはずだ。それにかけるしかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ