第二幕 五月
「鴉主のアホー」
着物の上に衣を羽織り直して、五月は叫んだ。
急いで出てきたのか、自慢の黒髪が乱れている。
元花魁、現役くの一、年齢不詳。
丸眼鏡の印象的な女だった。
五月の後をだるそうに、眼鏡青年がついてくる。
そんな青年をせき立てて五月は言った。
「どうでもいいけど、あたしたちまで死んじゃうじゃない!!」
なんどとなく、聞いた言葉を、青年は聞き流した。
「ちょっと、銀、聞いてんの?」
「うん、聞いてる」
まったく別の方に目を向けて、答える。
『銀』と仲間内で呼ばれるが、本当名は銀矢と言う。銀矢は五月を追い越した。
「やっぱり、聞いてない」
五月は銀矢の後を追う。
「とにかくよ、この自体はあり得ない」
「何度も聞いた。俺が知りたいのは、なんで、今頃動くんだってことだ」
五月の言葉に反応し、銀はすぐさま言い返す。
「青葉だから、そう言われただけよ」
「つまり。奴らの準備はできてるんだろ?」
「赤間、荒野が落ちたってだけでも、驚きよ」
「…」
「あたしは、忙しいの。こう見えて、やること沢山あるんだから」
と言う、五月はほんとに忙しかった。
保護した子供の里親捜しを担当しているのである。
白夜党保護官と名付けられた、特殊部隊。
4人ないし5人で一組で構成されている。
彼等の仕事は、森などに屯する子供達の保護。
春や夏ならまだしらず、秋冬が来る頃には、死没率も高くなる。
そうでなくても、青葉下っ端軍団が、孤児を狙って出没するようになってからは、無駄な死が増えつつあった。此以上の被害を防ぐために。
「小雪のことは後回しね」
小雪と言うのは、暁党の頭である。小雪と銀矢は仲が悪い。五月は唇を歪めた。
「わかってる…けどな、納得いかないんだよ。仲間にしてどうしょうっていうんだ?」
「理由が欲しいの?」
「五月は疑問に思わないのか?意味分からん」
「いいじゃない。あたしあの子嫌いじゃないよ」
五月の言葉に、銀矢は、呻いた。
「さっさと危険知らせないとね…」
「シナさんも探さないと」
「忘れてた」
銀矢のつぶやきに、五月は、森を見渡した。
敵が出ないのは、嵐の前の静けさだろう。
「俺…シナさん探すよ。後任せた」
「ちょっと!?あたしに任せないでよ!?銀矢!?」
走り出した銀矢に、叫んだが聞いちゃいない。
先程気づいた、幾つかの陰は、銀矢を追って行ってしまった。
銀矢は刀を所持していない。
五月はそれが心配だった。
刀と素手では、余程の機転か、能力が無い限り勝ち目がない。
相手は殺す気なのだから、こちらもそれに答えなければならないのだが、銀矢が昔見せていた残光は陰を潜めている。
今の穏やかすぎる瞳に、五月はしばしば、戸惑いを隠せないでいる。
風がびゅうびゅう吹き荒れる。
大人も子供も迷う混沌を歩きながら、乱れた髪の毛を手櫛でとかす。
はく息は透明だった。
空気に濁りがない。
五月は、首を振り胸中で言った。
(ICOUld'thehlpme)舞妓時代に大親友から借りて読んだ、異国の書物。
何故か頭から離れない一言。
(仕方がなかった)言い訳の前置詞でしかない言葉。
(何が仕方ないんだか、全部それで片づけられたら苦労しないって…)五月の髪を粉雪が撫でる。
針葉樹の葉が、闇を刺す。
雪雲が森を狭くする。
冬の嫌な贈り物…。
パアン!!何かが弾けた。
青ざめる。パアン!!2発目が、雪に埋もれた五月は、その場を退くと、針を抜き構える。激しい破裂音が駆け抜けた。(予定外ね)すこしのんびりし過ぎたようだ。息をする草木が存在を拒む。戦場にある異様な空間とも区別のつかない、静かな空虚。音という音が消え、相対する人々の存在をも飲み込む。それを、心地よいと絶賛するも、いまだ慣れないと、嘆くのもその人間の自由なのだが、生あるものは必ず体験するものらしい。2発の火縄の音と、爆竹の跳ねる音が止むと…そこはただの夜になった。佇む五月の前に、数人の子供達。
「…小雪に何をした」
手に手に武器を持ち、構えた五月を囲む。
「何もしてないよ…どういうこと?」
「いないんだよ、何処捜しても。」
「…最近おとなしいと思ったら…」
「嘘つくな。おまえ等が捕まえたんだろ」
「残念だけど、保護しても、捕まえはしないわよ。」」
「俺達には同じことなんだよ!!」
「待ちなさい、今日は仕事しにここに来た訳じゃないの」
五月は、構えたまま、言った。
「大人の言うことは聞けないな。」
「じゃあ…独り言聞いてくれる?」
いたずらっぽく微笑した。
「ふざけんなっ」
掛け声と同時に、切りかかる。
(血の気多いわね…若いって…)呆れつつ、衣を脱ぐ。
(さむっ)胸中で苦笑した。
ばらばらと駆けてくる、少年少女を交わしながら、説得を試みる。
急がなければならなくなった事実を、訴えながら逃げる。
そんな、五月を囲むように子供らは牙を向いてきた。
雪の森を草鞋で走る。
端から見れば、気が狂っているのではないかと、思われる。
しかし、そんなことを気にしていては、殺気立った彼らを振り切れない。
動いているうちに、汗はかく息は上がる。
大木の隙間を縫うように五月は逃げる。
森の外へ向けて。
北斗の一打が、五月の動きを止めた。
間髪入れずに、踏み込む北斗をなんとか交わし、間合いから飛びのく。
そんな、小競り合いが、ギリギリあけそうな空の下で無言の旋律を紡いでいた。
次第に、湿った雪が降りだし、静かに雪の花を咲かせ始めていた。




