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国王命令で婚約破棄劇を演じるはずだったのに、本当の婚約破棄が始まったんだが?

掲載日:2026/03/12

「エレオノーラ! 君と、こ……こここんにゃく破棄をする!」

「殿下、こんにゃくではございません。婚約破棄ですわ」


 婚約者のエレオノーラにそう突っ込まれ、眉間に深い皺を刻む王太子ディルク。彼は今、猛烈に頭を抱えていた。


「エレオノーラ、私には無理だよ……君に嘘でも婚約破棄を告げることなんてできないよ……」


 普段の快活で強気な王太子はどこへやら。まるで迷子になった子どものように(せわ)しなく視線を動かす。そして縋りつきたい、と言わんばかりの目でエレオノーラを見つめた。

 普段のディルクとは違う子犬が餌をねだるような、可愛らしい表情を見た彼女の心の中は騒々しい。そのまま彼の言葉を肯定し、抱きしめてあげたい……と母性が爆発している感情が湧き起こっている。一方で、これは国王命令なのだ、と理性で自分を律していた。


「ですが、今回の余興は『婚約破棄』だと決まってしまったではありませんか。陛下のご命令ですから、やり遂げなければなりませんわ!」


 この言葉をディルクに告げた時点で、エレオノーラの心の中ではすでに理性が感情を制していた。ディルクを甘やかしたいのは山々であるが、陛下の命令は何よりも優先。それが依頼だとしても。

 両手を握りしめて気合を入れている彼女を見て、ディルクはガックリと肩を落とす。気合まんまん、やる気目一杯の彼女を悲しませることなど、彼にはできなかった。

 

「うん、エレオノーラのその崇高な志は、本当に私も尊敬しているし大好きなところなんだけど……今回ばかりは発揮しないで欲しかった……」

「何か言いましたか?」


 思わず漏らした言葉は、幸いエレオノーラの耳には届いていなかったようだ。ディルクは漏れた言葉を誤魔化すように微笑みを彼女に向けた。

 

「いや、なんでもないよ。それより、なんで今回の余興が『婚約破棄劇場』なんだい?」


 誰がこんな悪趣味な茶番を提案したのか……いや、自分の父親だったよ。とディルクは、盛大なため息をつく。ディルクとエレオノーラの仲は良好……いや、そんな言葉では現せない程仲睦まじい。

 二人の様子を見て「将来安泰だ」と大抵の貴族たちが口を揃えて言うほどだ。色々な危機を乗り越えてきたからこそ、二人は深い絆で結ばれている。

 だから、今回このような茶番を起こしたとしても、周囲は茶番と認識してくれるはずなのだが……しかし寄りにもよって何故婚約破棄なのだ、とディルクは思っていたのだ。

 

 彼の疑問にエレオノーラは数度目をまたたく。そして興奮気味に話し始めた。

 

「殿下、もしかして、ご存知ありませんの? 隣国の件ですが」

「いや、知っているけど。カオス・プロムナード事件だろ?」

 

 ――カオス・プロムナード事件。


 別名、混沌の社交場事件と呼ばれるソレは、昨年隣国で起きた大事件である。当時、隣国の第一王子である王太子が、初めてのデビュタントで社交パーティーに参加した婚約者に、婚約破棄を突きつけるという大失態を犯したのである。

 この件で問題に上がったのは、まず婚約者である令嬢のデビュタントを壊したこと。そして、隣国の王太子の発言が、国王陛下の承認を得ておらず、次期王太子自身が王命を破ってしまったことにある。


 しかもその社交パーティーが、王家主催のものだったのも、王家が頭を抱える一端であった。自国だけでなく他国の要人の前で『王太子は王命を破る男だ』というのを周知してしまったのである。

 その上当の本人は、その重要性を理解していなかった。自分の主張が正しい、と言わんばかりに国王と衝突する。


 隣国の国王は、途方に暮れた。

 この国は長子承継。それに甘えた本人は、伸び伸びと悪い方向へ育ってしまったようだ。


 そう判断した隣国の国王は、すぐさま王太子を廃嫡。そしてスペアとしてではあるが、教育も受けさせていた第二王子を立太子。

 元第一王子の婚約者は第二王子の婚約者に王子妃教育を教えつつ、本人は文官として試験を受け、晴れて合格。現在は宰相の右腕として働いているらしい。


 これを機に長子承継の法を撤廃。そして最後に――

 

「この事件を風化させないため、かの方は演劇に、小説に……ありとあらゆる手段で、この件を広めているそうです。小説も演劇も隣国で有名な作家様や演者様に依頼しているようですよ。隣国だけでなく、周辺国でも今や社会現象となるほど流行していますよ?」

「え、そんなに流行してるのか?」


 ディルクは芸術系に疎い。それもあり、今社交界で何が流行っているのかを教えてくれるのは、エレオノーラだった。

 以前一度、小説や劇に……と言う話は聞いていたが、まさかここまで流行っているとは思ってもみなかった。

 

 隣国は芸術が盛んだ。特に小説、演劇、朗読、絵画……この点における発展は、他国の追随を許さないほど。それもあるのか、隣国の国王は非常におおらかだ。

 今回の件は、王家の汚点となる事件だったのだが……隣国の国王は開き直り、その事件を芸術に昇華させていった。その対応に周辺国は一目置いたのだ。

 カオス・プロムナード事件について王家は全て包み隠さず、芸術という形でことの顛末を開示したのである。それだけの器量があると言うことで、逆に隣国の国王の評価は上昇していた。


 このことは知っていたディルクだったが、まさか社会現象となるまで熱狂しているだなんて思いもしなかったのだ。


「そうです。ですからこの茶番劇でこの事件を再現することで、我が国では起こさないようにと、忠告の意味もございます。国王陛下は隣国にも了承を得た上で、私たちが再現するようにと言われたのです」


 苦笑するディルクだったが、彼女の言葉には納得する。

 今回これが披露されるのは、他国の要人もいない国内の貴族のみの社交パーティーで、なのだ。王命を破った者の末路がどうなるのか、もう一度周知させるのに良いとはディルクも思う。

 

 ただ、どうしても思うのだ。

 これは、忠告ではなく――

 

「……単に父が見たいだけじゃないか?」

「何か言いました?」

「いや、なんでもない」


 その日から、エレオノーラの厳しい指導が続き、形になったのは社交パーティー前日。

 エレオノーラもディルクも自分たちの演技力に満足し、あとはやり切るだけ……! 二人で頑張ろうと気合を入れた。


 ――しかし、それは思わぬ形となる。




「ロザリー! 君にはほとほと愛想がつきた! 君との婚約を破棄する!」


 社交パーティー当日。

 国王への挨拶を終えた貴族たちが、他の貴族たちへ声を掛けている最中のことだ。その時、ディルクは壇上で国王と会話をしていた。

 楽団員は会話の邪魔にならない程度の音量の音楽を終始演奏している。普段のように美しい音色を聴きながら、参加している貴族たちは談話を楽しむ。

 エレオノーラは、傍系や寄子の家の貴族令嬢たちに囲まれながら歓談をしていた。今回の茶番劇はディルクの父である国王から合図があることを聞いている。彼女は二人の様子を気にしながら、会話を楽しんでいた矢先。


 ――まさかの婚約破棄が行われたのだ。

 

 その瞬間、会場内が静寂に包まれた。

 驚きからか音楽も止まる。楽団員も目を丸くして、叫んだ男を穴が開くほど見つめていた。周囲の貴族たちも会場の中心で、声を張り上げた若い男を注視している。

 一方でエレオノーラは壇上にいる婚約者へと顔を向け、陛下やディルクの表情を盗み見る。

 

 二人の表情は、言うなれば「無」。顔に笑みをたたえているが、真意は計り知れない。

 彼女と会話していた令嬢たちも、息を呑んで声のする方へと視線を送る。もちろん、扇子を口元に当てて。


 エレオノーラは急遽始まるこの劇を静観することにした。壇上にいる二人の止める気配がないということ。そしてエレオノーラ本人もこの後の展開を見たいということもある。


 男は確か名前はドミニクという……侯爵家の嫡男。そして彼の婚約者が伯爵令嬢であるロザリーという令嬢だ。彼女は周囲に注目されているからか、今にも倒れそうなほど顔から血の気が引いている。見ているこっちが可哀想なほどだ。


 周囲の貴族もロザリーの異変に気がついている。けれども、彼女の側へ誰も寄り添うことはしない。王家の者たちが沈黙している今、手を出すのは御法度だという空気が流れていた。


 ドミニクは周辺の空気が読めていないのか、何故彼女を婚約破棄したのかという話を延々と続けている。どうやら彼女がドミニクの好きな令嬢に悪意を持って接していたから、が彼の主張らしい。

 彼の話を聞いている貴族たちは全員こう思ったはずだ。『お前、婚約者がいながら浮気してるのか』と……。


 そもそもこんな騒ぎを起こしているのだから、普通であれば両家の両親が止めに来るものなのだが、どうやら今回二人は両家の代理としてこの場所へと訪れているらしく、止める者すらいない。

 まるでそれを狙ったと言わんばかりの彼の行動に、参加者たちが白い目でドミニクを見始めた、そんな時。

 

「そうか、君もそうなのか!」


 頭上から放たれた声に、ドミニクだけでなく他の貴族たちも振り向いた。声を張り上げた彼は、壇上からゆっくりと降りてくる。

 その堂々とした婚約者の姿に見惚れる……のではなく、練習の成果が出ている、とエレオノーラは胸中で感動する。彼は感極まっている彼女へと一瞬視線を送った。

 二人の視線がぶつかる。その後、エレオノーラは国王陛下の姿を確認すると、彼はこちらへ片目を瞑ってきた。どうやら始まるらしい。


「私も実は考えていたのだよ……エレオノーラ」

「お呼びでしょうか、殿下」


 彼に呼ばれたエレオノーラは、何度も鏡前で練習した歩き方を披露する。顎を軽く引き、背筋と肩を少しだけ張る。そして頭を過度に上下させないよう、地面を擦るように歩く。

 淑女教育で教わったことではあるが、そこを普段よりも更に意識することで観客の目を惹くのだ。


 案の定、彼女の優雅で文句のつけどころのない程美しい歩みもあり、周囲の目は彼女とディルクへと一心に注がれる。まさかの二人の登場に、静観していた者たちは一瞬で下品な男であるドミニクのことなど、頭から抜けていく。そして哀れな令嬢ロザリーのことも。


 ドミニクは、現れた者が格上の王太子だったからだろう。今まで動きっぱなしであった口を、この時だけは一文字に閉じている。

 

「私もエレオノーラ、君と婚約破棄をする」


 その言葉がディルクの口からこぼれた瞬間、空気が張り詰める。

 狼狽える者、何かに気がついた者……そして多くの者は目を見張っていたが、ディルクが婚約破棄の理由を話し始めると、大半の者たちがニコニコと微笑みながら彼を見つめていた。

 

 ディルクの話が隣国の『カオス・プロムナード事件』の内容と全て一致していることに気がついたのだ。ほぼ全員がディルクとエレオノーラの茶番だと認識したのである。


 その間にエレオノーラは、身体が小刻みに震えているロザリーへと何度も視線を送る。すると、彼女もエレオノーラの行動の意味を理解したのか、二人の会話を邪魔することなくゆっくりと後ずさる。

 

 ロザリーの行動に気がついたのは、周囲にいた者くらいだろうか。そこにいた者たちは皆、エレオノーラの友人だ。だからロザリーが後ろに下がってきたところで、むしろ彼女を受け入れドミニクから隠そうとする。

 そのことに気がついた彼が、ディルクの声を遮ってまで喚こうとしたのだが……そうは問屋が卸さない。ドミニクが行動する前に、ディルクは彼の手首を掴んだ。


「なあ、君もそう思わないか?」

「あ……は……はい」


 王太子に手首を掴まれたドミニクは、ディルクを遮ることもできず、ロザリーに声を掛けることもできない。まるで花が萎れるかのように、肩を落として小さくなっていく。

 ディルクたちの婚約破棄が茶番である、これに気がついていない一人がドミニクである。自分の晴れ姿をディルクに(わざと)潰されたが、王太子殿下に口答えするなど言語道断。

 

 ……それを理解しているドミニクは、最終的にただただ「はい」と答える機械に成り果てていた。

 


 しばらくして。大詰めが訪れる。


「殿下、この婚約は『王命』でございますわ。如何に王太子殿下であっても、国王陛下の王命は絶対。つまり、貴方様は王命を破った……反逆罪として牢へと入れられるでしょう」


 この言葉もカオス・プロムナード事件を描いた小説内の台詞そのままだ。この箇所が好きな貴族が多いのか、エレオノーラの言葉にうんうん、と頷く貴族たち。

 一方でドミニクの顔は土気色に染まっている。

 今更であるが、この国の婚約は国王陛下の承認なしに締結しないことを思い出したようだ。そもそも国王陛下に承認されることで、婚約自体が王命となることを忘れていたのだろう。


 ……それを今理解した、と言わんばかりの顔だ。

 

 ドミニクの表情の変化に気がついたのは、きっとエレオノーラくらいであろう。

 そんなドミニクに向けて、彼女は鼻で笑う。小説でもここは登場人物の令嬢が鼻で笑う場面だ。それに合わせて、本当に馬鹿なことをした男を笑い飛ばしたっていいだろう。

 

 エレオノーラは優雅に振り返り、国王を見据えた。そして最後の言葉を告げる。この喜劇と……断罪を終わらせるために。


「『国王陛下、如何いたしましょうか?』」

 

 

 ――全ての演目を終えたディルクとエレオノーラ。それを見届けた国王が、手を叩きながら立ち上がった。


「素晴らしい。ディルク、エレオノーラ」


 周囲の者たちは国王のこの言葉で、一種の余興であったことを確信する。

 国王や王妃の拍手に合わせて、貴族たちも次々に拍手をを始め、いつの間にか広間に音が響き渡るほど大きくなっていた。二人が礼をとると、彼は満足そうに口角を上げる。


 今手を叩いている者たちは、()()()()()()()()が茶番劇だと感じたに違いない。けれども、一部の貴族たちは気がついていた。国王の言葉で告げられた登場人物が、ディルクとエレオノーラの二人であることに。

 国王の真意を察した貴族たちは、ディルクの後ろにいるドミニクを見ていた。その視線はまるでそこら辺に落ちている石を見るかのように……なんの感情も宿っていない。ドミニクはその視線を感じたのか、身震いする。


 一方でロザリーは案内係によって控え室へと連れられていた。既に大多数の貴族たちはドミニクとロザリーの婚約破棄騒動など頭から抜けているように、ディルクとエレオノーラの二人を口々に讃えている。

 いつまでも止まらない拍手に、国王がひとつ咳払いをした。それと同時に、全ての貴族たちは手を叩くのを止める。


 辺りが静寂に包まれると、改めて国王は声を上げた。


「この度の喜劇は、隣国の承諾を得て仕掛けた一幕。二人は見事に演じきってくれた。……皆の者、肝に銘じよ。貴族たる者の矜持とは、何処にあっても揺るがぬもの。慢心するな。周囲は常に自身を値踏みしていることを忘れるな」


 国王はここで一旦言葉を止めて、周囲を見回す。

 参加者の顔は皆一様に真剣な表情だ。物語として楽しんでいるだけではなく、貴族としての道を外した者の末路を理解し、そうなることがないように国に尽くせという話なのだから。

 

「我が国では、手順を踏まずに婚約を破棄した場合……問答無用で当人の爵位剥奪を行う。また、物によっては……帰属する家の爵位の降格もありうることを頭に入れておけ」


 国王はドミニクを一瞥する。

 彼は国王の言葉を理解できたのか、既に生気がない。どこに視線を向けているのかが把握できず、口もぽっかりと開きっぱなしである。ロザリーはともかく……ドミニクと、今日は来ていないらしい浮気相手は静粛に処罰が行われるだろう。


 彼と浮気相手は、きっと家を追い出されるに違いない。

 ……その時、彼は今日のことを反省するのだろうか。


 

 

「お疲れ様でした」


 社交パーティーが無事に終わる。元々エレオノーラは屋敷へと帰宅する予定だったのだが、国王のご厚意と御褒美で、王宮での宿泊の許可を得た。後々聞いてみたら、泊まりの許可を出して欲しいと願ったのはディルクなのだとか。

 頑張って茶番劇を演じたのだから、それくらいいいだろうと国王に直談判したらしい。


 現在は二人で談話室にいた。

 ディルクは四人がけのソファーに身体を預けている一方で、エレオノーラは彼が疲れ切っている時によく出すハーブティーを淹れる。ティーポットを置いた彼女が、反対のソファーへ座ろうと移動した、その時。

 

「ノーラはこっち」


 ディルクは自分の左隣をぽんぽん、と叩く。最初はその行動に目を見張ったエレオノーラだったが、疲弊している彼と……外に人はいるが、室内には誰もいない二人きりの部屋であることを鑑み、彼の言う通りに隣へと座った。

 するとすぐにディルクはエレオノーラの首に抱きついてくる。その行動に驚いた彼女は、緊張や混乱など様々な感情が頭の中で暴れ回り……指先一つ動かすことができない。

 

 その間にもディルクは、自分の行動を楽しむかのように満面の笑みを見せていた。


 しばらくして我に返ったエレオノーラは、まるで壊れた機械のようにゆっくりとディルクへと顔を向ける。


「殿下……どうしたので――」 

「ディルって呼ぶんだ」

「ですが――」 

「ディル」


 有無を言わせず自分の主張を告げるディルク。エレオノーラは最初狼狽えていたが……最後は頬を赤く染めながら、小さな声で「ディル」と呟いた。しかし、ディルクがそれで満足することはない。

 

「ねぇ、ノーラ。その可愛らしい口で……もっと、私の名前を呼んで欲しい」


 ディルクの硬い人差し指の腹が、彼女の唇をゆっくりとなぞっていく。


「私は今日、頑張ったよ。ご褒美があってもいいんじゃないかな?」

「ディ……ディルさま……」

「様もなしで」


 エレオノーラはディルクの熱い欲望を一身に浴びていた。

 今までこんな彼を見たことがないエレオノーラは、色気に当てられ……人生で初めてだと感じるほどに、心臓が速い鼓動を刻んでいる。


 壊れ物を扱うかのように唇に触れていたディルクの指が、静かに離れていく。エレオノーラは無意識のうちに、遠ざかる彼の指先を目で追っていた。それに気がついたディルクは、彼女に触れていた唇を自分の唇にそっと指先を押し当てる。まるでエレオノーラに見せつけるように。


 彼女は羞恥心から顔を背けるが……それを許すディルクではなかった。

 ディルクの右手がエレオノーラの顎に触れ……まるで彼女がディルクから逃げるのを防ぐかのように、視線が交わる。強引でありながらも優しさを感じるその行動に、エレオノーラの思考は甘く痺れていく。


「ねえ、ノーラ?」


 こんな彼の姿なんて知らない、そう思った。

 熱をはらんでいる瞳、少しだけ開かれている唇、長く角張った指、そして彼女を見つめる甘い表情……そのどれもが、エレオノーラを魅了する。目が離せないままでいると、ディルクの顔が彼女に近づいてきて――


 

「二人ともお疲れ様〜! 今回の茶番劇も、とっても良かった……よ……?」


 入り口の扉が豪快な音を立てて開く。

 そこから飛び出してきたのは、目の前のディルクと同じ髪と瞳の色をした国王陛下だった。エレオノーラは一瞬のうちに、ディルクから距離を取る。


 その動きの速いこと。

 ディルクは何事もなかったようににっこりと微笑むエレオノーラを見て、一瞬寂しそうな表情を見せる。そんな息子の顔を見て、国王はまるで計算し尽くされたかのような間の悪さで、二人の前に顔を出したことを悟った。

 だからと言って、部屋から出ていくような人ではないが。


「……父上、入室するときはノックをしろと言ったではありませんか?」

「……ごめんね、ディルクちゃん?」


 舌を少し出して謝罪する国王。けれども、良いところを邪魔されたディルクの怒りは、留まることはない。むしろ更に燃料を投下された焚き火のように、ぐんぐんと燃え上がっていく。


「それに今日はエレオノーラと一緒に居たいと話したではありませんか。父上は帰っていただけますか?」

「えぇ〜! 私も一緒にエレオノーラちゃんと話したいんだけど」

「嫌です。ノーラを見ないでください。腐ります」

「ひどっ!! それはないよ、ディルクちゃん〜!」


 社交パーティーの威厳のある姿はどこへやら。満面の笑みで息子と会話をする国王とディルクは、側から見ても仲良し親子にしか見えない。二人のやりとりを聞いていたエレオノーラは、自然と笑みをこぼしていた。

 二人は小さな声で笑う彼女に目を見張る。


「私は……王家に嫁げて幸せ者ですわ」 

      

 ディルクと国王はその言葉に顔を見合わせる。そして――


「ねぇ、ディルク。私にエレオノーラを――」 

「ノーラは私の婚約者ですから、父上に譲るはずがありません」

「えー、でもぉ」

「でもでもだって、じゃありません! 母上に報告しますよ?」

「そ、それはご勘弁を……!」


 眉間に皺を寄せて仁王立ちするディルクに縋り付く国王陛下。そんな二人の姿を見て、エレオノーラは花が満開に咲いたような笑みを見せた。   

お読みいただきありがとうございます♪

今回はコメディに寄せて執筆しました。楽しく読んでいただけたら嬉しいです✨


是非評価やブックマーク等よろしくお願いします!


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爵位の剥奪ではなく、貴族籍の抹消とかの方が良い気がします。 爵位は貴族家の当主しか所持していないので、その家族に爵位はありませんし。 婚約破棄なんてやらかすのは子供くらいでは?と。 当人だけの問題では…
王家による茶番劇が一人の愚かな婚約破棄男の未来を救・・・わなかったが、まぁ良いか。王家の株と権威は上がりそうだけど。
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