1ー3 「アルトの過去」
外はまだ明るく、アルトはカグヤに散歩の続きを促したが、首を横に振った。
「疲れたんで帰って寝ます。あと、オレンジジュース、ありがとうございました。では」
「おうよ」
カグヤは家に帰り、アルトは街にある冒険者協会へ向かう。カフェからそこまで遠くなく、すぐに着いた。
扉を開けて、冒険者協会内に入る。広くて、二階建てであり、二階には、冒険者協会長専用の協会長室がある。
協会内では、冒険者たちが会話していたり、依頼を受ける者がいた。
「今日は人が少ないな。記念日だから、どっかで遊んでんかな」
普段は冒険者が多く、密集していて依頼を受けることができるのが難しいぐらいだ。しかし、今日は少ない。
アルトは掲示板に向かい、貼ってある多くの依頼の紙を見る。複数人推奨の依頼が多いが、一人だけでもできる依頼もある。
「オレは一人でいい」
ナギサとアマネがいなくなってから一人になったアルトは、パーティーを組もうとはしていない。
勧誘されたことが複数回あったが、全部断った。
「にしても、カグヤは強いな」
両親がいなくなっても絶望していない。カグヤの心は砕けていなかった。
「それに比べてオレは……全然ダメだな」
アルトは自分を卑下するように持っている紙を見て呟く。その依頼の推奨人数は三人だった。
×××
平民であるアルトは、クレイナル学園の学生だった。
学園生活は悪くないもので、平民同士の友達ができ、一緒によく遊んでいた。
学園を卒業後、冒険者になった。
「初心者は初心者らしく一人で行動するか」
学生の頃、冒険者になると両親に言ったとき、否定の言葉ではなく、助言をしてくれた。
両親は冒険者ではないが、アルトを悪い方向に成長させないようにしてくれたのだろう。
冒険者は、癖のある者が多く、自分より弱い者をバカにしたり、受付嬢を困らせる者がいたりと治安は悪い方だ。
「どの依頼にしようか……」
掲示板を見て、一枚の紙を取ろうと手を伸ばすと他の冒険者の手と当たる。
すぐに手を引っ込めて相手を見ると、穏やかな雰囲気を出している男性冒険者がいて、その後ろに女性冒険者が一人いた。
「悪かった」
「いやいや、謝らないでくれ。俺も悪かった。他の依頼を選ぶからさ。ナギサはそれでいいかな?」
「うん。アマネが言うならそれでいいよ」
男性冒険者の名前はアマネ、女性冒険者の名前はナギサという。二人はパーティーを組んでいるのだろうかと疑問に思って見ていると、アマネが依頼の紙を見て悩んでいる。
「これは微妙だね。ナギサ、どうしようか?」
「見せて……あー、私とアマネの実力でこれは難しいかも。他のにしよ。ダメかな?」
「分かった。他の依頼……」
持っていた依頼の紙を掲示板に戻して、再び探し始めるアマネ。
アルトが持っている紙の依頼内容は、薬草採取と安全なものだ。勇気を振り絞り、二人に話しかける。
「なあ、お二人さん」
「何かな?」
「どうしたの?」
「あの……オレ、初心者なんだよ。だから、この依頼を一緒に受けてくれるか?」
頭を下げた頼み方にダサいと思ってしまう。二人にバカにされると思ったがそんなことはなかった。
「奇遇だね。俺とナギサも初心者なんだ」
「え?」
「そうだよ。私たち今日なったばかりなの」
頭を上げ、二人を見て驚きのあまり絶句しそうになった。
「オ、オレも今日なったばかりだ」
「そうなんだ!ねえ、アマネ!」
ナギサがアマネに声をかける。ナギサのテンションが急に高くなり、驚くアルト。
「分かってる。君、よかったらなんだけど、俺たちとパーティーを組まないか?」
「パーティー?急だな。でも、オレ邪魔にならないか?」
「邪魔になんかならないよ!それでそれで?」
詰めてくるナギサに困惑し、アマネを見ると、申し訳なさそうな表情をしていた。
「わ、分かった。パーティーに入る」
「やった!アマネ!」
「落ち着いてナギサ。嬉しいのは十分伝わったから。君の名前は?」
「アルト」
名乗るとアマネが手を差し出す。
「俺はアマネ。歓迎するよ。アルト」
「私はナギサ!よろしくねアルト!」
差し出したアマネの手をアルトは掴んで、握手をする。
こうして、アルトはパーティーを組むことになった。
最初の依頼である薬草採取は簡単なもので、魔物が出現しない平原にある薬草を採取する。
薬草を採取しているときに、アマネとナギサの関係を知ることにした。
「二人は……あー、付き合ってるのか?」
アルトが聞くと、二人は顔を見合わせて、赤面し、互いに違う方向を向く。
「な、なななにを言ってるのかな?」
「そうだよ!そんなわけ……う〜」
分かりやすい反応にアルトは笑う。
「ははっ!変なことを聞いた。邪魔はしねえから安心しな」
二人をからかい、薬草採取を行うアルト。
初めての依頼は達成した。
アマネとナギサはその日以降、あまり会話をすることがなくなった。原因は喧嘩ではなく、緊張によるもの。
アルトの質問で、二人は両片思いになった。
「素直に言えばいいのに。そんなに難しいものではないだろ?」
「簡単に言わないでくれ。あー、どうしよう」
依頼達成後は、アマネの恋愛相談に乗ることになった。
「ナギサさんと早く付き合ってくれ。明日、そういう雰囲気を作るから。頑張って」
「ちょ!?明日!?」
いつまでも続く恋愛相談に疲れたアルトは、家に帰って作戦を考える。
「どうしようか……」
×××
そして、考えた作戦を実行する日。
三人は依頼を受けて洞窟の中を歩いている。
「ブラッドウルフ。今まで、いくつもの依頼で魔物と戦ってきたけど、大丈夫かな……」
最初の依頼から、三人は依頼を失敗したことがなく、実力が上がっていた。
そして、今回の依頼で討伐するブラッドウルフは、魔物の中でも上に位置する強さ。
「無理そうだったら逃げる。それだけだよ。あと……一応だけど」
アマネは、不安で震えているナギサの手を掴む。
「ア、アマネ?」
頬を赤く染めたナギサは、アマネを見ると安心させるように微笑んでいて、鼓動が高鳴る。
「大丈夫だよ。ナギサは俺が守るから」
「……うん」
先頭で歩いているアルトは、二人のやりとりにうんざりしていた。
「いちゃつくのはいいけど、それは依頼が終わってからでいい?」
「いや!えっとね!」
「いてて」
「ご、ごめん!アマネ……」
ナギサは、手に力を入れてアマネの手を強く握ってしまい、離そうとするが、アマネは離さないように優しく握る。
「アルト……俺たちをからかうのはやめてくれ」
「悪かったよ。……あ、二人はここで待ってて。ブラッドウルフかもしれない。ちょっと様子見てくる」
嘘をついて二人から離れる。ブラッドウルフの気配は感じない。二人も分かっているが、アルトの行動に疑う。
「まだ近くにいないと思うけど」
「だよね……はっ!アルト!」
アルトの行動を理解したアマネ。ナギサは驚いて、アマネの方を見る。
「どうしたのアマネ?びっくりした〜」
「ナギサ……その……とつ、ぜん変なこと言うけどさ。……お、おお俺と!結婚してくれ!」
洞窟内にアマネの声が響く。聞いていたアルトは、笑いを堪えて、ナギサの反応を遠くから見る。
「へ……?け、結婚?待って待って!嬉しいけどっ!まだ早いと思うの!私たちってまだ結婚できる歳じゃないよ!」
唐突の告白ではなく、プロポーズに興奮するナギサ。
「じゃあ、その歳になったら俺としてくれるかな?」
「もちろんだよ!する!絶対に!」
アマネとナギサは結婚することが決まった。アルトは大体というより、分かっていたことだ。
「グルルル……」
「来たか」
アルトの前に赤く染まった狼が唸りながら近づく。剣を抜き、走ってきたブラッドウルフの頭に突き刺す。
「突進してくるだけだからな。楽勝」
事前にブラッドウルフの特徴は調べていた。ただ突進して噛みつくという動き。本当に強いのかと疑問に思いながら倒れているブラッドウルフを見る。
「アルト!大丈夫か?」
アマネとナギサが、アルトの元に来る。
「なんともない。ブラッドウルフは倒しておいた。……結婚式はオレも呼んでくれ」
そう言うと、二人の顔は真っ赤になった。
「依頼は達成したね!戻ろう!」
「ああ!そうだね!アルト、解体は任せていいかな?」
「はいはい。任せられた」
素材を回収して依頼達成。そんな感じで、時は進んでいき、アマネとナギサが結婚した。
「おめでとう。お二人さん」
「ありがとう。アルト」
「恥ずかしいな……」
結婚式でのキスを思い出したらしく、ナギサはアマネの手を握って俯いている。
「二人の初めては今日?それとも明日?」
「初めて?アルト、それはどういうことかな?」
「今日だよ!今日!」
アルトの質問にアマネは、分からなかったが、ナギサは理解した。
「そうか。じゃ、アマネさん。頑張って。二週間ぐらい冒険は休みにしよう」
アマネの肩を軽く叩き、アルトは家に帰る。ナギサは、アマネの腕を掴んで、とある建物へ向かう。
「え?……ナギサ?どこに行くの?」
「とにかく来て。いい場所だから」
その日、アマネとナギサは熱い夜を過ごした。
×××
二週間が経ち、久しぶりに二人に会ったアルト。
「どうだった?あの日の夜は?」
開口一番、二人を見てからかうと、アマネは苦笑いをしていて、ナギサは笑顔になっている。
「はは……あんなに強いとは思わなかったよ」
「楽しかったね!アマネ!」
「なるほど。ナギサさんが強かったか」
「とにかく!依頼を受けよう!」
そうして、また時は進んでいき、アマネとナギサの間に子どもができた。
再び、冒険は休むことになった。子どもが学生になったら、冒険を再開するという。
「そういや、子どもの名前聞いてなかったな。どんな名前なんだろう」
何年もの時は過ぎ、カフェでブラックコーヒーを飲んでいたアルトは、久しぶりにアマネに会った。
「アルトさん!どうも!」
「やっほ。会えて嬉しいけど、まだ冒険は無理なんだ。今日は家に来てほしい」
「なんで?」
「子どもを紹介したくてね」
アマネについて行き、二人が住んでいる家に着いた。
「入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
家に入ると、ナギサが手を振って近づいて来た。
「アルト!久しぶりだね!元気してた?」
「お、おう。それでお子さんはどこに?」
「私がお呼びしましょう」
リビングから一人の男性が出てきた。
「この人は?」
「初めまして。私は爺やと申します。旦那様と奥様に助けられ、この家で使用人として恩返しをしています」
「ど、どうも。オレはアルトだ」
「爺や、頼んだよ」
「かしこまりました」
爺やは、アマネに頭を下げて廊下を歩いていく。
「リビングに行こう。話はそこで」
「分かった」
リビングにあるソファに座り、ナギサが紅茶を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
紅茶を飲んで一息つく。
アマネとナギサは同じソファに座って、アルトと向かい合うようになっている。
「あの使用人は?」
爺やから、人ではない雰囲気を感じた。
「爺やは精霊なんだ」
「精霊?珍しい」
この街に精霊がいるとは思えない。だが、これ以上聞くのはやめておこうと思い、子どもを待っていると、リビングに爺やと一人の少年が入ってきた。
寝ぼけていて、まだ眠たそうにしている。
瞳の色が紫になっていて珍しいと思った。
「んー……この人は?」
「この人はアルト。冒険者パーティーの仲間だよ。言ってなかったけ?」
「覚えてない。えっと、カグヤっていいます……寝てもいい?」
「いいよ。おやすみ」
「おやすみ。カグヤちゃん」
「爺やもついて行きます」
カグヤと爺やは、リビングから出ていく。
「カグヤちゃん、かわいいでしょう?もう大好き」
頬に手を当て、笑顔になっているナギサ。アマネは頷いている。
カグヤを溺愛しているのだろう。
「冒険の方はどうする?まだ……いや、もう引退するのか?」
「しない。でも、もう一週間は休むよ。ナギサが心配だ」
「ごめんね。私、まだ無理そう」
「そうか。しっかり休んでくれ。また三人で冒険しよう。オレはこれで」
アルトは家から出ると、アマネとナギサが手を振って見送る。アルトも手を振り、自分の家へ向かう。
明日がアマネとナギサの最期になることを知らずに。
×××
依頼の紙を見て、掲示板に戻す。
今更、過去を振り返っても、ただ悲しくなるだけだ。
「オレも休むか。そんな気になれないな」
冒険者協会を出て、家に帰ることにした。




