1ー2 「会話」
カグヤは、アルトの姿を見て頷く。
「知ってましたよ。わざとです。わざと」
「嘘だな」
「その通りです。すんません……」
申し訳ないと手を合わせているカグヤに、アルトはやれやれと首を横に振る。
「いいよ。それより、ここで何してるんだ?買い物ってわけじゃなさそうだが」
「ただの散歩です。二度寝もよかったんですがね」
働いている住民を見て、カグヤは頭を掻く。
顎に手を当て、カグヤを見るアルト。
「……オマエ、まさかとは思うが、無職か?」
「そうですけど?何か問題でも?」
当然のように言うカグヤ。
カグヤから、無職ということに誇りを持っていると感じたアルトは、額に手を当てる。
「おいおい……マジかよ。場所を変えるか。邪魔になっちまうからな」
「え?え?」
カグヤの手を掴み、街を歩いていくアルト。
やろうと思えば、アルトを気絶させて散歩の続きができるが、目立ちたくないと思い、強制的に手を引っ張って行かされる。
気絶させてしまったら、住民や冒険者が黙っていないだろう。
「散歩したいんですけど」
「いいからついてこい。話したいことが、たくさんあるからな。……あそこでいいか」
アルトの視線の先には、木造建築の平屋。扉の近くにスタンド看板があった。看板には、コーヒーカップが描かれている。
「カフェ?」
「オレの行きつけの店だ。あの店のコーヒーは最高だぞ。あと、スイーツも」
「コーヒー飲めないんですけど……」
「そうかよ」
カグヤの言葉を適当にあしらい、二人はカフェに入る。
×××
店内は広く、客がコーヒーを飲んでいたり、ケーキを食べている。広すぎるせいなのか、カグヤは客が少ないと感じた。
「いらっしゃいませ。席にご案内いたします」
女性店員について行き、テーブルに着き、向かい合うように椅子に座る。
「ご注文が決まりましたら、そちらにある呼び鈴を鳴らしてください」
女性店員はそう言うと、厨房へ向かった。
アルトは、メニュー表をめくって悩んでいる。
「いつものでもいいけど……うーん……」
「俺、お金持ってきてないですよ」
「オレが払うから気にすんな。ほら、オマエもなんか頼め。おすすめは、ブラックコーヒーだ」
「苦いのは苦手なんです。甘いのにします」
「まだまだ子どもだな」
アルトの煽りを無視して、メニュー表を見る。
飲み物は基本的にコーヒーが多いが、甘い飲み物もある。ケーキやパンケーキなどのスイーツもたくさん。
「オレンジジュースでいいです」
「分かった」
アルトは呼び鈴を振って、店員を呼ぶと、さっきの女性店員が来た。
「ご注文は?」
「ブラックコーヒーとオレンジジュースで」
「分かりました。少々お待ちください」
女性店員は、アルトが注文した商品を紙に書いて、厨房へ向かった。
「それで話したいことってなんですか?」
目を細めているアルトに聞く。若干、睨みつけているように見える。
「オマエ、あの事件の後、どこで何をしていた?あの執事を置いて」
「何って……あー……え、言わないとダメですか?アルトさんには、関係ないですよね?」
そう言うと、アルトは目頭を押さえて唸る。
怒ってそうに見えて怒ってはいない。
「うーん……そうかもしれないが、言ってくれ」
話すまで頼まれると分かって言うことにした。
「仕方ない……愉快な友達と旅をしてました」
「は?」
「ご注文のブラックコーヒーとオレンジジュースです」
呆然とした表情をしているアルト。そこに女性店員が、頼んだ商品をテーブルに置いて、呼び鈴が鳴った方へ向かう。
カグヤは、オレンジジュースを飲んで、アルトに困惑する。
「なんですか?おかしいことは言ってませんよ」
「いろいろと疑問に思うところがあってな。まず、オマエに友達?嘘だろ?」
「失礼な。俺にも友達という存在はいますよ。学生の頃は、一人だったし、友達なんていらないとか思ってましたけど、今は違います。友達っていうの悪くないですね」
「マジか……ナギサさんとアマネさんが聞いてたら、泣いてたぞ。あ……」
アルトは、二人の名前をカグヤの前で言ってしまい、自分の発言に後悔する。
気まずい雰囲気になると思われたが、そうはならず、カグヤはオレンジジュースを飲んで、ため息をする。
「はあ……もしかして、ママとパパの名前が俺の地雷だと思ってませんか?そう思っているのなら、勘違いですよ。気にしなくていいです」
「あ、ああ。そうか。そう……だな。オレの勘違いだ」
アルトは、安堵してブラックコーヒーを飲む。
カグヤの表情は、何も思っていないと言わんばかりの真顔だった。
「それで、他に聞きたいことはありますか?無いなら、散歩したいんですけど」
「まだある。旅のことだ」
「旅?どんな旅をしたかを聞きたいんですか?」
「そうだ」
「難しい質問ですね……えー……」
カグヤは、腕を組んで両目を閉じる。
本当に難しい。
いろんな出来事があって、どう言えばいいものか。
考えに考えた結果――
「危険で……危険で……とにかく危険でした」
両目を開けたカグヤは、「危険」の二文字で答える。
その答えを聞いたアルトは、呆れていた。
「オマエ……」
「難しすぎますよ。俺は説明とか、人に教えるの苦手なんです。それと、オレンジジュースおかわりお願いします」
「分かったよ……」
アルトは呼び鈴を振って、店員を呼ぶ。
「ご注文は?」
「オレンジジュースを一つ」
「はい。少々お待ちください」
窓から暖かい日差しが、カグヤに当たり、カグヤは、うとうとし始めた。アルトは、ブラックコーヒーを飲んで一息つく。
「あの……今更なんですけど……」
「ん?なんだ?」
頬を軽く叩き、眠気を覚ますカグヤ。
「アルトさんと初めて会ったのっていつでしたっけ?」
「覚えてないのか……まあ、あのときのオマエは寝ぼけてたからな」
「んで、いつですか?」
「オマエが学生の頃だ」
「学生……ね」
カグヤはテーブルにうつ伏せになり、オレンジジュースのおかわりを待つ。
「どうした?学園生活は楽しくなかったのか?クレイナル学園は、魔法が使えない子どもでも通えて、オマエにとっては――」
「いい場所じゃないですよ」
上半身を起こしたカグヤは、食い気味に言う。
「そうだったのか……」
「初めて会ったときが、学生の頃っていうのは、分かりました。ありがとうございます。それと、今日ってなんの日か分かりますか?」
それを聞いたアルトは、信じられないといった表情をしていて、カグヤは苦笑いをする。
「忘れたのか?ルーク•アルカンスが邪竜を倒した記念日だぞ。オマエ、大丈夫か?」
「あー……はい。そうでしたね。そういえば、そんなことがありましたね」
ルーク•アルカンス。
クレイナル学園出身。剣と魔法の両方を極め、世界から恐れられていた邪竜を一人で倒した世界最強の男性。
世界では、その男が不老不死であり、生きているという変な噂が広がっている。
「話変わるけど、仕事したらどうだ?就職先を見つける手伝いぐらいは――」
「嫌です。絶対に」
カグヤの決意は固い。どれだけ給料がいい仕事場があるとしても絶対に働かない。
「だがな、金を稼がないと生きていけないぞ。あの執事……精霊はなんでカグヤを働かせないのか……」
テーブルを人差し指でトントンとするアルトは、精霊である爺やを疑問に思う。
爺やが精霊だと知ったのは、初めて会ったときだ。
カグヤの両親が爺やを連れてきたとき、爺やからは人ではない雰囲気を感じとった。
両親は、カグヤに驚いてもらう為に爺やが精霊だと紹介してくれたが、反応は薄く、思っていたのと違い、戸惑っていた。
「爺やは優しいですからね。俺がニートでも許してくれる」
女性店員が来て、テーブルにオレンジジュースを置くと、店に入った客をテーブルに案内する。
カグヤは、オレンジジュースを飲んで息を吐く。
「金は?どうやって生活してる?」
「お金のことなら大丈夫ですよ。友達から貰ったんです」
カグヤの発言に眉を顰めるアルト。
「貰った?怪しいな……奪ったの間違いじゃないか?正直に言えば、罪は軽くなるぞ」
「本当ですよ。貰ったんです。一緒に旅をする条件で、お金をですね……冗談で言ったんですけど、貰えました」
しばらくカグヤを見ていたが、動揺はしていなく、じろじろ見ているアルトに引いていた。
「嘘じゃないな。……それで、その友達は金持ちなのか?だったら、オレにも紹介してくれよ」
「たかる気満々じゃないですか。断ります」
「冗談だよ。半分な」
「半分は本気なんですね……」
カグヤは残っていたオレンジジュースを一気飲みして、椅子から立ち上がる。
「話は終わりでいいですね?家に帰ります」
「まだ話は……って、そうだな。終わりにするか」
アルトも席から立ち上がり、会計を済ませて、二人はカフェを後にする。




