蓬生
夢食士の元は陰陽師だ。安倍晴明は、その優れた陰陽道の一部を弟子に譲ったらしい。その弟子は、晴明から受け継がれたそれを子孫に教えていく。夢の中に入り、夢を壊す。そして美しく輝く夢の結晶――宝石を貧しい人々に手渡し、彼らが少しでも生き延びる為の道具として使ってもらえるようにと。
けれど、少しずつ夢食士の世界は変わっていった。いつの間にか、裏の世界に生きるもの達が増えていったのだ。クライアントが望むのならば、夢を壊し、人をも壊してしまおうと。
「まあ、結局それを良く使うか悪く使うかはそいつ次第って奴だ。日向、質問は?」
「えっと、えっと。つまり、夢を食べちゃうんじゃなくて、夢を壊すんですか?」
「ゆゆちゃん、ちょっと違うよ」
体育館倉庫裏で三人壁に凭れて体育座りをしながら。見ただけだと和気藹々と言わんばかりの雰囲気でも、中身は実際のところ、和気藹々には程遠かった。ゆゆきだって「もう冗談ですよね?」で済ましたかったのだが、長年人には見えないものを見てきたゆゆきだ。夢を食べてしまうのだ、の言葉を冗談では否定出来ない。それならばいっそ信じてしまおうと思った。そして、忘れようと。
ゆゆきの右の右、つまりは一人置いて隣にいる葵が鞄を漁り始める。ゆゆきの隣にいる竣は、横目でその行動を見ていた。しかし、とゆゆきは未だに竣の隣で彼に怯えながらも彼ら二人の顔を見比べる。
横顔が整っている、否、顔が整っているという点では共通点はあるかもしれないが、自己申告されない限り兄弟とは思いつかない。
「葵のさ」
じろじろと見つめているのがばれたのか、と少々怯えたゆゆきであったが竣の口から出て来た言葉に、はい、と首を傾げた。彼の雪の色をした髪とは違い、その漆黒は葵の背中を見つめている。しかしそこからは少しだけ黙り、唇を尖らせて、身体を丸めた。小学生がしそうな仕草に、ゆゆきは噴き出すのを堪えて、どうしたんですかと根気良く訪ねる。
「葵の、名前、蓬生っていうのはな、夢食士の世界では有名な家系なんだよ。だから、さっき見せた宝石は――」
「竣」
葵がきょとんとした顔をしている。直ぐに竣は上半身を上げて、見つかったのか、と笑って聞いた。少しだけ黙っていた葵だが、うん、と頷きながらじゃらじゃらと音がする布袋をゆゆきへと差し出してきた。そしてしゅるしゅると縛っていた紐を解いていく。
見下ろした先には、赤や琥珀色、さっき見た濃い青色や、緑色。球体のものもあれば、まだ発掘されたばかりのそのままな形の宝石ばかりが入っている。
綺麗ですね、と興奮してしまって上ずった声が出ているゆゆきを見て、葵は微笑む。
「これね、俺が家出る時に盗んできたの。父さんの秘蔵物」
「ぬ、盗んで? え、家出?」
「うん、昔。竣と一緒に家出してきたんだ。竣」
その名前を呼ばれて、竣は葵を見つめる。まるで苦虫を踏んだようなその表情に、ゆゆきは口を開けた。竣は、ぶっきらぼうに返事をする。葵はそれには何も言わず、ゆゆきに宝石を一個手渡した。
「俺たちが壊した夢を獏が食べて、そして獏が産む。彼らが産んだ宝石には、彼らの精神も一緒に混じっている。だから、消えたとしてもその獏が産んだ宝石さえ持っていれば彼らは何度でも蘇るんだ」
獏が夢を食べるから、夢食。その獏を操るから、俺達は夢食士と呼ばれるんだ。
葵の言葉に頷き、その深い青を見る。きらきらと光るそれも、誰かの夢だと言うのだ。夢、と呟く。竣の身体がずるずると落ちるのは、その言葉が合図だった。傾く身体は、葵が受け止める。葵の肩に、竣の頭が乗っている。
帚木くん、と心配で伸ばしたその手は竣に握られた。そしてそのまま力を込められる。
「っ、いたいいたいっ!」
「ゆゆちゃん。竣はね、名字嫌いなんだ。名前で呼んであげて」
葵が静かに呟いたそれに、訝しげにしながらもゆゆきは従った。
「竣、くん」
その言葉に竣の手は一度離れ、けれどまた握られる。指と指の間に、竣の指も入り込んできた。葵が、そんな竣を下で見つめている。
「……俺が選んだんだよ。竣が選んだんじゃない」
「知ってる、つーの」