帚木
「転校生、ですか」
「そうそう、でもまだあたし達も高校入学してからそんなに立ってないしね。名前覚えていないのもちらほらいるし……今更増えたって別に何も変わりはしないわよ」
「美代ちゃん、それはそうですけど」
不謹慎ですよ。ゆゆきの言葉に五十鈴美代は微笑んだ。美代は腰まで伸ばしている黒髪を指にくるくると巻き付ける。相変わらずゆゆきはいい子ちゃんねえ、という彼女の艶やかな声にむっとゆゆきは頬を膨らませた。
美代はゆゆきの幼馴染だ。とは言ってもゆゆきがこの街に定住するようになったのは、小学五年生の時でそれからだから出会って五年程度だけれど。それでもゆゆきのことを一番分かってくれたのは、美代だったから。勝手に幼馴染と認定して悦に入っているのは、彼女自身には内緒にしようと決めている。そんな幼馴染美代から聞いた話にゆゆきは眉を潜めた。
「でも、わたし、クラスの委員長だから」
「学校案内! とかやらせるかもね? ゆゆき、良い男だったりしてみなさいよ。クラス中の女の敵になっちゃうわよ?」
「美代ちゃん、それリアルにありそうだから止めて下さい! 止めて!」
「ゆゆき、かわいいー!」
楽しそうに笑う美代に声を荒げようとしたゆゆきだが、窓の外から担任が歩いてくるのが見えて座った。そのゆゆきの様子に美代も察したのか、元の自分の席へと戻っていく。ゆゆきは、それを見ながらブレザーのリボンを少し直した。どうにも落ち着かないのだ。美代の言葉に本当に怖がっているわけじゃないのだけれど、悪い予感がする。そわそわとしている自分に、ゆゆき自身が戸惑っている。
転校生という単語の所為では無い。あの時は普通だったのだ。だとしたら、いつ?
ゆゆきは、横目で窓の外を見た。黒い髪と、白い髪の毛。……後者は大変納得し難いのだが、恐らく彼ら二人が転校生に違いない。もう一度確認しようかとゆゆきは顔をそちらへと向けた。そして、驚愕した。
何なのだ、あれは。ゆゆきの心臓が尋常じゃない速さで動いていく。だって、だって、あれは、何なの。こわい、泣いてしまいそうだ。ゆゆきは口を必死に隠した。震えた声が、もれてしまいそうだったからだ。
担任の軽い挨拶が終わったら、待ちかねている生徒一人が「転校生来てるんでしょ!」と声をあげる。それにつられた様に皆が声を合わせる。担任が苦笑しながら、外にいる転校生へと声をかけた。
二人同時に入ってくる。先に入ってきた彼は黒髪を後ろで束ねて、きっちりと制服を着込んでいる。少々つり目で、あまり元気には見えない。ゆゆきは顔を背け、更に隣を見た。白い髪の毛の先が、少しずつ黒に染まってきている。軽くはねた髪と、ちょっと大きな目が彼を高校生には見えないようにしていた。ちなみに、ネクタイは自分の左腕にぐるぐると巻いてしまっている。
どちらにもいえることがあるとすれば、ついている。ゆゆきの心の中ではそれしか出てこなかった。ただ、最初だけだった。ちょっと見慣れてしまえば、それ程恐ろしい事は無い。ポチが何故か学校にいるのと、一緒だ。そう考える事にした。
「帚木竣です、よろしくー」
「蓬生葵」
――ははきぎに、よもぎう?
聞いた事も無いような、珍しい名前だった。一度では読めない名前だと自分たちでも分かってるのか、一音一音区切りながらその名前を繰り返す。
「それじゃあ、細かい事は――日向」
「は、はいっ!」
「二人とも、日向はクラスの委員長だから分からない事は彼女に聞きなさい」
ゆゆきだって、まだ慣れていないのに。目にほんの少しだけ涙を溜めたが、悟られないように下を見つめた。ゆゆきの後ろへとやってきた白い青年――帚木竣をゆゆきは少しだけ見つめた。よろしくな、と明るい声で挨拶をする彼にゆゆきは頷いた。
「あの、帚木君」
「ん? なーに、日向さん」
「その、肩に」
「肩? 何も無いけど?」
「そ、そうだよね!」
だとしたら、彼も無意識で霊を集めやすいタイプなのだろうか。ゆゆきは思う。肩の上に乗っている、象のような小動物がゆゆきを見つめているようで、居心地が悪い。あの蓬生という彼の肩にもついている。
ゆゆきは、息を吐き出した。霊が見える体質なんです、なんて言える訳も無くこの十五年間生きてきたのだ。お払いなんて出来ない、それは祖父の役目だ。
「憑いてますよ、なんて言える訳が無いじゃない……」