日向ゆゆき
日向ゆゆきの祖父は、神社の神主をしている。
父も母も出張が多く、どこかに留まるということを忘れてしまったような生活をしていた。それ故にゆゆきも小さい頃は学校を転々としていた。それを可哀想に思ったのかどうかはゆゆきは知らないが、祖父はゆゆきを預かっている。
悲しい事など何も無い、祖父の所に来てからはゆゆきはそう思えるようになった。祖父は優しいし、数年前に死んだ祖母もゆゆきを可愛がってくれていた。お手伝いさんとして来てくれる安住さんも、気さくな人だ。父母は本当に暇と言える休日には会いにきてくれる。いつも一緒にいれないことは寂しいけれど、会えない訳では無いのだから、ゆゆきはそれで良かった。
「あ、おじいちゃん。ぬた、美味しいです」
最近腰の問題故なのかあまり台所に立とうとしない祖父が、たまに出してくれる料理はゆゆきの好物だ。そうかい、と祖父の口元に笑みが浮かぶその瞬間は幸福だ。
あ、とゆゆきは気付いた。そして、もう、と肩を落とした。
「おじいちゃん、ついてます」
ちゃんと落としてあげて下さいね。それだけ言うと、ゆゆきは立ち上がり洗面所へと向かう。祖父の言葉に、ゆゆきは一度だけ立ち止まった。
「本当にゆゆきは――強い子だ」
ゆゆきはその言葉に、ほんの少しだけ苦笑して。そのまま登校の準備に戻る。
日向ゆゆきが高校生として迎えた春の日の、何時もどおりの出来事だった。