21,式の後の騒動
「脱がないで。まだ」
ハーヴィーが屋敷に着くなり、玄関先でライディアの手首を掴んだ。そのまま自分の方を向かせると、顔を凝視して真剣な表情でいきなり言った。
二人は別々の馬車に乗り、別の道を辿り帰邸したところだ。
出迎えたゼノビオが、ちょうど二人に声を掛けようとしていた矢先だった。
それは、ライディアが部屋に連れ去られるのを予期し阻止するかのように先手を打った、時宜にかなった言い方だった。
「え?」
突然手首を掴まれ振り向かされたライディアは一体何のことだかわからず、ハーヴィーを唖然とした顔で見た。
ライディアの後ろに控えていたシヴィは素早くその意図を見抜き、ライディアの代わりに頷いて答えた。
「かしこまりました」
その返答に満足そうな笑みを浮かべ軽く頷いたハーヴィーは、真剣な表情に戻り、ゼノビオ達に向かっても念を押す。
「ぜっ…たい、脱がせちゃ駄目だよ」
最後にミラとベルに、食い入るような鋭い眼差しを投げた。
「えっ……、ハーヴィー様に」
「そんなご趣味が……」
その眼差しを受けて、二人が顔を見合わせてひそひそと小声で言い合った。
「失礼ですよ」
ゼノビオが耳ざとく聞きつけて、二人を静かに諭す。
そしてハーヴィーを見ると、非常に残念だという顔をして言った。
「旦那様も、お帰りになるなりすぐ子供のようにこんな玄関先でお騒ぎになられて。お祝いの言葉もねぎらいの言葉も、この爺に述べさせてもいただけないのでしょうか」
ゼノビオの口調は丁寧だったが、叱りつける無言の圧を言外に感じさせる。
ハーヴィーは慌てて否定した。
「違うって。悪かったよ。ただ……あまりにライディアが綺麗だから、もう少し眺めていたいだけだよ」
そのハーヴィーの言葉を聞いて、先程ゼノビオに怒られたばかりだというのにまたミラとベルが頷き合った。
「やっぱり……」
「そういうご趣味が……」
ミラとベルは得心顔だ。
「だから、違うって!」
叫ぶハーヴィーに、ゼノビオはもう諦めたような顔をし、首を振った。
「あれほど強く否定されるなんて」
「ますます……」
「「あやしい……」」
ゼノビオが何も言わないのをいいことに、ますます二人は言い募る。
「これからお食事のためにお召し替えをされて、湯浴みもされて……」
「初夜のご準備もしなくてはならないのに」
「……あ、そういうご趣味だからお楽しみを夜まで」
「……たくさん残した、そのままがいいのね」
「ミラ、ベル」
鋭く、ゼノビオは二人の名を呼んだ。
「そこまでにしなさい」
「「かしこまりました」」
有無を言わせぬゼノビオのひと言に、二人は敏感に引き際を見極めて頭を下げ返答した。
そんな二人にゼノビオは鋭い視線を向けた後、一瞬ハーヴィーを眺めた。
そしてすぐライディアに向き直り、優雅に頭を下げた。
「奥様、お疲れのところ大変申し訳ございません。ご夕食までゆっくりお休みいただこうと思っておりましたが、この後しばしの間、我が主とお茶でもいかがでしょうか」
今日だけは特別だと言いたそうな顔をしていた。
それを聞いたハーヴィーの顔が輝いた。瞳で、全身で期待している。
首を二回振ってゼノビオを見て頷いてみせ、自分の代わりに言いたいことを伝え、お願いまでしてくれる優秀な執事に対して歓喜し感謝しているようだ。
「……ええ。もちろんお受けするわ」
ライディアは皆のやりとりが面白くて、笑いを噛み殺すようにゼノビオに答えた。
しかも、目を輝かせたハーヴィーがご褒美を期待する大型犬のようで、子供の頃を思い起こさせた。ゼノビオのひと言で、ハーヴィーのお尻についた尻尾が勢いよく揺れたように見えたのだ。
「本当に? 嬉しいな」
返事を聞いて、ハーヴィーが間髪を入れずに満面の笑顔で答えた。
ゼノビオが礼を言う暇も与えなかったため、ゼノビオはライディアに深くお辞儀をした。
「では、私の部屋へまいりましょう」
ライディアは後ろに控えていたヨアンナを見て頷いた。
次にミラとベルに視線を向けると、二人はまたこそこそと話し始めていた。
「夕食まであまりお時間がないけれど……」
「奥様のお部屋でお二人きりではたして……」
「「……我慢できるのかしら? 」」
声を潜めて二人話す様子がかわいらしく思えて、ライディアはまた笑ってしまった。
「ふふっ……。あまりいたずらしては駄目よ。お茶の用意をお願いね」
「かしこまりました」
「すぐにお持ちいたします」
ミラとベルはすまし顔になって、反省しているのかいないのかわからない返事をした。ライディアはまた笑いが込み上げてきそうになる。
「ミラ、ベル、いい加減にしないと、担当を変えるよ。……ああ、それとも別々にすぐに嫁ぎ先を見つけてこようかな」
ハーヴィーが脅すように言った。
「「申し訳ありませんでした!」」
二人はお辞儀をして勢いよく言い放つと、踵を返して急いで立ち去った。
「まったく……」
ハーヴィーが珍しく困った奴らだというように呟いた。




