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19,門出






 判決の出た次の日の朝早くのことだった。

 

 宰相である父マインハルトの言付け通りにすぐ、元王妃と呼ぶには相応しくないと囁かれそうな少ない荷物と軽装で、ライディアはシヴィと共に王宮を後にした。


 

 宝石もドレスも一時の慰みに読んだ本も髪を()く櫛でさえも、王妃のために(あつら)えられ(しつら)えられた物で国の所有物であるとライディアにはわかっていた。

 だから、何一つとして持ち出さなかった。


 それに何がヴァイナンドとの事を思い出してしまう材料になってしまうかわからなかったので、実家から持参した物のみ持ち、この日のため用意した新しい服を着て発った。





 

 昨夜の突然の訪問から、明け方空が白み始める頃まで、ユリアンは側にいてくれた。


 泣き崩れてしまったライディアの涙を服で受け止めながら、何も言わずただ抱きしめて時々背中をさすり慰めた。

 

 そして落ち着いて来たのを見計らって、抱き上げて運び無理矢理寝台に寝かせると、ユリアンはそのまま出て行こうとした。



『ゆっくり、お休み』



 跪いて、寝ているライディアの手をそっと両手で包み込むように握りながら優しい顔で言うと、ユリアンは立ちあがった。


 その手首を、ライディアは思わず握っていた。



『…………』



 何も言わずユリアンを見上げた。

 そのライディアの表情から何を読みとったのか、ユリアンは幼子にするように目尻を下げ優しく微笑むと、再び跪いた。



『大丈夫だ。眠りにつくまで、側にいる』



 ライディアの頭を撫で、握りしめているライディアの手をゆっくり優しく解くと、再び包み込むように両手で握った。


 剣だこのある温かく分厚い大きな手だった。


 その感触に安心して大きく息を吐いたライディアに、ユリアンは呪文をかけるように言った。



『全部、ここであったことは忘れてしまえ』



 ユリアンの暗示にかかった自分を信じ、ライディアはすべてを振り切り、歩みを進めることにした。






 昨夜から一睡も出来ず憔悴した様子のライディアが、公爵家の門をくぐり邸宅前の馬車寄せに到着すると、思いがけずハーヴィーの笑顔が待っていた。



 「……どう、して?」



 確かに、おかしかった。


 朝早いのにもかかわらず公爵家の門扉は大きく開かれ、門番は左右で迎え入れる姿勢で頭を下げていて、馬車はすんなりと敷地内に入ることが出来た。


 敷地内に進むと屋敷の前の馬車寄せの手前から、男女の使用人が等間隔で整然と列をなして綺麗に頭を下げていた。



 朝早くから訪ねることにも躊躇して罪悪感を抱いていたライディアが、心から予想外の反応を示して聞くと、「ふふっ、驚いた?」とハーヴィーは無邪気な顔をした。



「護衛を付けてたんだ。もう日刊紙には大きく載っているからね。ライディアなら多分朝早く、騒ぎになる前に出発してくると思っていたんだ」



 大輪の花が咲くような笑顔でハーヴィーが言った。


「屋敷の皆と待っていたよ。ライディアのことは皆、小さい頃から知っているからね。今か今かと到着を待ちわびていたんだ。ねえ? ゼノビオ」



 歳を重ね皺の増えた懐かしい顔が、ハーヴィーの背後に見えた。



 シュルベリ家の執事ゼノビオだった。


 子供の頃、兄と共によく面倒を見てもらったのを思い出した。



「ゼノビオ! 元気だった? また顔が見られて嬉しいわ。今日からよろしくね」



 ライディアがあまりの懐かしさに、久しぶりに心からの笑顔になって言った。



「ご無沙汰しております。お嬢様……いえ、奥様」


 

 優雅に頭を下げ、嬉しそうに目を細めた。



「ゼノビオの方が僕より張り切っていたよ。見てよ。皆を。率先してライディアを迎える準備をしたんだよ」



 ライディアは周りを見渡した。


 いつの間にかたくさんの奉公人達に取り囲まれていた。



「さあ、ライディア。おいで」



 ハーヴィーはライディアの腰に優しく腕を回し引き寄せ、皆の方を向かせ大声で言った。



「……皆、やっと今日という日を迎えることができた。紹介できて嬉しいよ。夫人をこれから思う存分支えてやってくれ」



 そしてライディアの方を満面の笑顔で見た。


 ハーヴィーが結婚をしようとしなかったので、公爵家の奉公人にとってもこれは長く待ち望んでいた瞬間だった。



 ライディアは少し緊張した面持ちで答え話し始める。



「素晴らしく心のこもった歓待をしていただき、たいへん感謝いたします。本日より、公爵家の一員として格式と伝統を重んじ務める所存です。皆様、よろしくお願いいたします」


 

 奉公人達が思いもよらない丁寧な挨拶を元王妃がしたことで、驚きと喜びがその場に溢れた。


 ゼノビオが皆の声を代弁して応ずる。



「本日より奉公人一同、奥様に誠心誠意お仕えさせていただきます」

 


 心から、皆が丁寧なお辞儀をして続いた。

 

 今までいた場所から考えると、あり得ない光景だった。



 あんなに辛い思いをした後でこんなに嬉しいことが待っているなんて、ご褒美を女神様はくれたのだと、ライディアは言い表せない感激で胸が一杯になった。


 ライディアの目尻には、涙が薄っすらと浮かんでいた。

 

 

「奥様。早速ですが、これから教会へ赴く準備を始めさせていただきたく思います」


「え?」



 ゼノビオの言葉に驚いたライディアを見て、隣でハーヴィーが嬉しそうに笑ってまた聞いた。



「驚いた?」


「ええ。…昨日の今日ですが……」


「うん。でももう、教会での準備は出来ているよ。早く正式に神前で誓いを立てたいんだ。大変だろうけど、がんばって」



 ハーヴィーに軽くウインクされた。



「シヴィもよろしくね」


「かしこまりました」

 


 当然のように澄まし顔で優雅に頭を下げ受け答えをするシヴィを、ライディアは今日ほど頼もしく思ったことはなかった。



「では、湯浴みのご準備が整っておりますので、そちらからお願いいたします。奥様付きの侍女たちです」



 ゼノビオが頭を下げ、左手を上げた。


 顔がそっくりな侍女が二人が進み出る。



「「どうぞよろしくお願い申し上げます」」



 完璧な綺麗な和声が響いた。



「……ええ。お願いね」



 戸惑いながらも挨拶を返すライディアに、ハーヴィーが言った。



「楽しみだなぁ。ドレスは僕が選んだよ。……すっごく綺麗なんだろうな」



 心から楽しみで仕方のないという表情をしながら、暢気(のんき)にハーヴィーが言った。








【登場人物】


ヴァイナンド(ホーヴァルト王国国王)

ライディア(ホーヴァルト王国元王妃)

シヴィ(元王妃付き侍女)


ハーヴィー(シュルベリ公爵、教皇の甥)

ゼノビオ(シュルベリ公爵家執事)


マインハルト(宰相、ライディアの父親、公爵)


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