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15,王妃と王妃?






 マカーリオとバルコニーで別れ、ライディアは久々にとても良い気分で夜会会場に戻ってきたのに、最悪な人物と鉢合わせてしまった。




 まるで獲物を見つけた肉食動物のように、ライディアを見つけたマーギットが目を見開き、少し遠くからライディアを睨め付けてきた。



「あら? ライディア様? ………ごきげんよう」



 マーギットは決して逃がさないと宣言し標的を定めたように、ライディアから視線を逸らさず近づいてきた。



 目の前に来て、全身を上から下までなめ回すように、ぶしつけな視線を送ったマーギットは、挑むようにライディアを見た。



 マーギットは、他の者のようにライディアのことを、例え表面上だけでも、“殿下”や“王妃”とは呼ばなかった。



 帝国風の布を大量に使い派手な装飾が施された胸だけ見せつけるように開いたドレスを身にまとい、大振りのお飾りを身につけ、いつもよりきつくウエーブを目立たせた長い髪をなびかせていた。



 射るようなマーギットの視線で、なんとみすぼらしい格好なの、とライディアは責め立てられているようだった。



「お役目がなくて、早々に戻られたのかと思っておりました」



 扇子で口元を覆い、小さいが周りには聞き取れるような声で、小馬鹿にするように続けて言った。



「………逃げ出したわけでは、なさそうですわね。安心いたしましたわ」



 マーギットの言葉を聞いていた、周りにいたマーギットの取り巻き達が、高らかに笑った。




 すでに王宮では、マーギットは我が物顔で出歩いていた。


 裁判が始まると早々に、マーギットの元へ贈り物という名の貢ぎ物が届き、茶会の招待状が届き、派手に自由に、もう王妃であるかのようにマーギットは振る舞っていた。



 この夜会でも、自分は中心人物であるかのように、人々を侍らせていた。




「………ごきげんよう」



 ライディアは作り笑いを浮かべた。



「どこにいらしてたのかしら? 皆様、おもてなしで大変だというのに」



 皮肉を込めて、マーギットが言う。



「………夜風に当たりに」


「あら、ずいぶんと余裕がおありなのね。それとも、ご自分の立場をよくわかってらっしゃるから、そうなされたのかしら?」



 マーギットは、ライディアはすぐにいらなくなるのだから、今いてもいなくても同じ、と言いたげだった。


 ライディアは、どこまでも絡みついて動きを邪魔してくる雑草のようで、マーギットにうっとおしさを感じた。


 いや、そのような例えに使用してしまっては、有用な働きもする雑草に失礼だ。


 なので、思わず、普段は言い返さない言葉を発してしまった。



「………ええ。“王妃”としての働きをしておりました」



(ああ、……失敗したわ……)



 心が緩んでいたのだろう。


 言ってすぐ、ライディアは後悔したが遅かった。



 マーギットにとって一番、ライディアの口から聞きたくない言葉だったのだろう。


 明快な不快感を示して、マーギットは矢継ぎ早に聞いてきた。



「働き? あら? どんな? 何もなさっておいでではありませんでしたよねぇ」



 横目で、マーギットはライディアを見る。



「わたくしなんて、何曲踊らされたことか。ひっきりなしにいらっしゃるものだから」



 マーギットの闘争心に火を付けてしまったので、ライディアはおとなしく巻かれることにした。



「………それは、大変なことでしたわね」


「あら、全然。それがわたくしの務めと思っておりますもの」


「さすが、マーギット様ですわ。すばらしいお心がけでいらっしゃいますのね」



 笑顔のまま、ライディアはマーギットのすべてを肯定していく。



「あら? 何か勘違いをなされていません? ずいぶんと心外な言い方をなさるのですね」



 上から目線で話されたように感じたらしいマーギットは、ますます止まらなかった。



「どんな働きをされたというのかしら? 陛下のことも放っておかれて。………まったく。ヴァイナンド様は、今も大変でいらっしゃるのに」



(ヴァイナンドが、大変………?)



「…………」



 ライディアは衝撃を受けて、黙り込んでしまった。



「もしかして、ご存じないの?」



 マーギットは鼻で笑う。



「あら、ごめんなさい。お目通りを許されていないのでしたわね。わたくしとしたことが。ついうっかりしておりましたわ」



 マーギットはそう言うと、取り巻きから離れ、ライディアにさらに近づいた。



 扇子で口を隠して、ライディアの耳元で、囁くように言った。



「ましてや、夜の寝室での事なんて………お耳に入るわけ、ございませんものねぇ」



 マーギットの挑発的な視線を正面から受け止めると、ライディアは小声で周りに聞かれないように言った。



「………何か、お身体にご病気でも?」



 それを聞いたマーギットは、鼻で笑った。


 ああ面白いと、マーギットの顔に書いてあるようだった。



「………おかわいそうですから、教えて差し上げますわ」



 優位に立っているのは自分だと宣言するように、マーギットは言った。


 声を落とすと、いかにも恵んでやるのだと小馬鹿にした口元を隠さずに薄笑いした後、再び扇子を口元に当ててライディアに教えた。



「……魔物と戦ったときの後遺症で、お一人でお休みになれないのです。帝国にいたときからそうでしたわ」



 この秘密を知っているのは自分だけだと、マーギットは得意げな顔になる。



「医士と騎士を、続きの間に必ず侍らせて寝ておりますのよ。でも、ご心配なさらないで。陛下のことは、わたくしが支えて差し上げておりますから」



 そして、一国の皇女らしからぬ卑下た笑みを浮かべた。



「あなたには番犬がいらっしゃるではないですか。そちらと仲良くなさっていればよろしいわ」


「………?」



 なんのことだか分からず、ライディアはいぶかしげな視線をマーギットに向けた。



「………ふふふ、裁判所で抱き合うなんて、ずいぶんと恥知らずで、大胆な方でいらっしゃったのね。すぐに次に乗り換えるなんて」



 マーギットの言葉に驚いて、思わずその顔を見つめた。



(見られて……いたの!?)



 ライディアは、自分の行動の迂闊さに、いたたまれなくなった。


 唇を噛みしめる。



「………誤解です」

 

「いいのよ。そのまま黙って身を引いてくだされば。………まあ、そうなるでしょうけど」


「………」



 それはもう覚悟は出来ている。


 王国にとって、マーギットが王妃になった方が利益になる。



(でもこんな不本意な言われ方は………)



「………本当に、何もありません」


「でももう、おそらく陛下の耳にも届いていると思うわよ」


「…………」



 マーギットの放った言葉に衝撃を受け、一瞬我を忘れかけた。

 その瞬間、恥ずかしさと後悔と自身の軽薄さを攻める感情と色々な思いが交錯した。 


 しかし、目の前の楽しそうにこちらの様子を伺っているマーギット顔を見て、ライディアはすぐに自分を取り戻した。



 それに、自身の目的は自己弁護をすることではなく、王国を守ることだ。


 そうか………ならば、知られてしまったならば仕方がない、とライディアは気持ちを切り替え決意した。



(私が悪者になって、ヴァイナンドが守られるなら、それでいい)



 マーギットは、ライディアの顔色が変わって元に戻ったのを見てとると、面白くないという顔をした。



「噂って、怖いのよ。………その身をもって知ればいいわ。憶測が憶測を呼んで、本当のことになったりするのよ」



 そう言ってマーギットは踵を返すと、捨て台詞を残していった。



「………楽しみね」


 






【登場人物】


ヴァイナンド(ホーヴァルト王国国王)

ライディア(ホーヴァルト王国王妃)


マーギット(トイヴェネン帝国第三皇女)


マカーリオ(ナッカグル王国使節団副団長、副総督、ナッカグル王国第八王子)

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