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13/21

13,副総督






 晩餐会はつつがなく済み、夜会が始まっていた。



 入場時、やはりヴァイナンドはライディアと顔も目も合わせず口も聞かず形だけ腕を組み、相変わらず無表情のままだった。


 その後ヴァイナンドは一曲も踊らず、歓談をし続けている。


 マーギットから誘われていたが、断ったようだった。



 その様子を横目で確かめて、胸を撫で下ろしている自分に気付き、ライディアは苦笑した。



(覚悟を決めても、頭だけで、心は追いつかないものなのね)





 堅苦しい儀式が次々と終わり、やっと無礼講に近い夜会となって、人々は思い思いに酔って楽しんでいるようだった。



 挨拶も終わり、ライディアは、自分の役割もほぼ終わったものだと肩の荷が下りたように感じ、周りの様子を見渡した。



(お飾りの王妃がいなくても、大丈夫よね)



 そして、少し休めるところはないかと会場を抜けだし、庭園が見えるお気に入りのバルコニーへ向かうことにした。






 バルコニーには、暗闇の庭園を眺めている先客がいた。



(………誰?)



 警戒しかけて、振り向いた陰が見たことのある人物だと分かると、ライディアは素早く気持ちを切り替えた。




 バルコニーの入り口に佇んだライディアの気配をすぐ感じて振り向いたのは、使節団のマカーリオ副総督だった。


 大分飲んだか飲まされたようで、褐色の肌でも分かるくらい、顔に赤みが差していた。



「これは………王妃殿下。気付かず、失礼致しました」



 マカーリオは笑みを浮かべて、右手を胸にあて、すかさずお手本のようなお辞儀をした。



(十分早く気付いたと思うけど………ずいぶんと酔っているみたいなのに)



 ライディアはそう感じたが、仕舞い込んで微笑む。

 ヴァイナンドのためにも、機嫌を損ねてはいけない相手なのは確かだ。

 意を決し、気軽な雰囲気で声をかけた。



「ごきげんよう。良い夜風ですね」


「ええ。本当に。気持ちが洗われるようです。王妃殿下、こちらからお声掛けしてしまい、重ね重ねのご無礼をお許しください」



 さらに深く頭を下げ、格下の自分から声を掛けて礼を失してしまったことを続けて謝った。



 人の気配を察するのになれている只者ではなさそうな卒のない身のこなしと礼儀作法のマカーリオに感嘆を覚えながら、気遣いにもライディアは感心した。

 

 背中を見せることだって、声を先に掛けることだって、夜会のバルコニーでは普通に起こることも、マカーリオの前では礼を失する。

 

 

(単に作法に厳しい人なのかも知れないけれど、やはり普通の文官階級の人とは違う気がするわ)



 ライディアは上書きするようにさらにより強く、違和感が確信寄りのものになるのを感じた。



「いえ。無礼講の夜会ですもの。お気になさらずに」


 にこやかに否定し、マカーリオに向かって歩き出す。



「……ここは穴場でしょう?」 


 聞きながらゆっくり近づき、マカーリオの横に並ぶように立つと、庭園に目を向けた。

 

 ライディアの視線に釣られその先を辿るようにマカーリオも、夜風が程良く心地良くそよぐ手入れの行き届いた庭園を見た。

 

 

「はい。本当に。建物の影に隠れて人がいなくて静かで、一息つくのにとても良い場所ですね。それに涼しいですし、見事な景色まで拝見できて。…こうして殿下にもお会いできました」


 最後の台詞は、心から出たもののような、緩んだ響きがした。

 


「まあ。たくさんお酒を飲まれたのね」

 

「いえ、それ程でもございません。普段からわたくしが嗜む程度の慣れた量です。決して酔ってはおりません」



 ライディアはその言葉に少し微笑む。


 男性はどうして皆、自分は酔っていないと主張したがるのだろう。

 


「そう……。慣れない異国の地へ来られて、酔いが早くに回ってしまわれたのかもしれませんよ」



 その言葉に、マカーリオがライディアの方を向く。


 そしてライディアを一瞬見ると、またすぐに庭園に視線を戻した。



「その可能性はございます。貴国には酔って溺れてしまいそうなものが、たくさんございます」

 

 

 気に入ったものでもあったのか、マカーリオは嬉しそうな顔になって、楽しげな口調で微笑みながら答えた。



「何かお気に召したお酒の銘柄がございましたでしょうか? 言い付けておきますので、帰りにお土産として是非、お持ちくださいませ」


「お心遣い痛み入ります」



 礼を述べたマカーリオの口調が、また硬い響きに戻っていた。


 ライディアは遠くを見ていた視線を手前の手すりに向け、その後躊躇うように揺らした後、決意したかのようにマカーリオに体を向け改めて聞いた。

 


「……楽しまれていますか?」


「はい。こんなに歓待していただけるとは。大変感激しております」



 ライディアの言葉をすぐさま肯定しライディアを見つめると、ふたたびマカーリオは大きく嬉しそうに顔を崩した。



「それに殿下の髪型もお召し物も、とても素敵で素晴らしくいらっしゃいますね。我が国へ敬意を示していただき、大変嬉しくありがたく思います」



 マカーリオは賛辞を述べた後、眩しそうにライディアを見て、目を細めて言った。

 やはり酔っているのかとても饒舌で、ライディアが話す余地がない。


 晩餐会では、総督と副総督の間にライディアは座りマカーリオとも話をした。

 ナッカグル王国の文化や風習についてライディアが元々興味を持っていた事について質問をし始めた頃から、マカーリオは親しげな様子を見せ嬉しそうに話すようになった。



「本当に、良くお似合いになられて………。お美しい殿下がお召しになられているのを拝見させていただいて、眼福でございます。我が国へ帰ったときの良い土産話になりましょう」



 マカーリオはナッカグル王国風のドレスが、やけに気に入ったようだ。


 見慣れているだろうに、他国の女性が着ると新鮮に感じるのだろうか。



「まあ、お上手ですね」


「すべて事実ですよ。お近くで拝見すると、ますます光り輝いているように感じます。……そのまま我が国へお越しに来られたら、大変なことになるでしょう」



 確かに、色白で紫の瞳を持つライディアに、黄色を基調としたドレスはよく似合っていた。金髪にも映えて、光り輝くようだった。

 

 それに身体に沿って作られ、あまり装飾もない薄く軽い布地は、各部分が整っているライディアの身体の線をより強調し、元の良さを引き立て洗練された上品さを醸し出している。


 いささか大袈裟な気もするが、こんなに喜んで褒めてくれるなんて、ナッカグル王国で学んだことのある仕立て屋を見つけ出し特別に作らせた甲斐があったというものだとライディアは思った。



「グアハルト副総督様は、とてもお優しい方なのですね」


「いいえ。社交辞令のお世辞ではありませんよ。……こんな素敵な夜には、本心しか申しません。……無礼講なら………」



 マカーリオの声は、ウィンクでもしそうな程お茶目で、段々と艶めきをまとったように響いて行き、最後の方は小さく聞き取りにくい声になった。


 けれどまた音量が復活して、言葉は続く。



「………わたくしは………、もし、そこの庭に咲く一輪の花であったなら、その花を迷わず所望するところです」



 そう言って、マカーリオは妖艶に微笑んだ。



(ん? これって………)



 口説き文句が板に着きすぎていたので、貴族にしても相当高い地位の男なのではないだろうかとライディアは感じた。

 使節団の副総督は普通ならばこのような行動は取らない。


 それに思い返せば、不審な点だらけだ。



 まず、堂々としすぎていた。


 ディエゴ総督よりマカーリオの方が、内容を良く理解した上で話の指導権を握っているのではないかと感じる場面が多々あった。



(それに………。確か、マーギット皇女へ話を持っていったのは………)



 そう、このマカーリオだ。



 この男の発言から、話の中心がマーギットへ移った。



 しかも、今思い返すと、ナッカグル王国側の話を聞くマーギットの様子を、なんとなく楽しそうに眺めていた気がする。



 話の仕方も豪快な感じがしたし、ディエゴ総督よりはるかに場慣れしている感じがした。




「ところでグアハルト副総督様、お国では具体的にはどんなお仕事を? やはり、爵位にあった中枢でのお役目を?」



 ライディアは慎重に話を切り出す。


 聞かれたマカーリオの口角が上がった。



「………ああ、殿下はとても聡明でいらっしゃいますね。………お察しのとおりです。貴族だと見抜かれるのですね」



 面白いというような顔つきにマカーリオはなって、答えた。



「ここまで踏み込んで来られるとは………」



 またもやマカーリオは妖艶に笑った。



(……それだけじゃない)



 マカーリオの笑顔を見ながら、ライディアは考える。



 ずっと話をヴァイナンドとしていたのは、ディエゴ総督ではなく、このマカーリオだ。



(それから察するに………)



 ディエゴではなく……。



「グアハルト副総督様、………あなたが、特命を帯びた“本当の総督”ですね? …閣下?」


「………そうです。よくおわかりになられましたね」



 あっさりと、マカーリオは認めた。




 正体がわかってしまったのに、マカーリオは少しも悪びれた様子もない。



 子供がわざと分かるようにいたずらをし、大人の反応を試している時のようだ。

 

 かえって楽しんで、こちらを窺い、どうでるか見極めている節さえある。


 例えるなら、………そう、マカーリオからは“尊大な感じ”を受けるのだ。


 貴族社会の荒波を生きている振る舞いだけではない態度が感じられた。


 もっとこう、彼自身の本質が、自由奔放なのだ。


 それに、もう終わりなの? と言われているような、先を催促されているような、優雅に椅子に腰掛けて、こちらに思うがままにさせ、観察している感じもする。



(ああ………もしかして………)



 ライディアは思い当たって、さらに突っ込んだ質問をすることにした。



(この年格好からすると………思い当たるのは………)




「でも、ただの総督……ではありませんよね? もっと、上の立場………例えば、王族に連なるような………」


「………」



 そこまで言われても、自分からは何も言わず否定もせず、心から楽しそうに微笑みながら、マカーリオはライディアを見ていた。



 ライディアはその様子を見て確信する。



「閣下は………」



 思わず息を飲み、マカーリオの余裕な表情に正面から向かい合った。

 


「………いえ、殿下は」



 ライディアは、新緑のように澄んだマカーリオの緑色の瞳をじっと見つめた。



「………“ナルデリ第八王子殿下”で、いらっしゃいますね」



 その言葉を聞き、「ほう………」と、マカーリオは呟いて目を細めた。



「そう………その、第八王子です」



 良くおわかりに、と言いたげな、まるで遠くまで投げた、命令通りの物を取ってきた出来のよい犬を褒める主のような顔になった。







【登場人物】


ヴァイナンド(ホーヴァルト王国国王)

ライディア(ホーヴァルト王国王妃)


マーギット(トイヴェネン帝国第三皇女)


ディエゴ(ナッカグル王国使節団団長、総督)

マカーリオ(ナッカグル王国使節団副団長、副総督、ナッカグル王国第八王子)

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