鳥は空を忘れた
青い空を、鳥のように飛べたら。
そんな夢を一度でも抱いたことがあるなら、今の彼女を見て、何を思うだろうか。
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「なんか……静かすぎるな」
悠真は、周囲の気配を探りながら呟いた。
放浪団がたどり着いたのは、山間の小さな村だった。地図にもほとんど載っていない、名前すら曖昧な集落。にもかかわらず、周囲に人気がない。
「人の気配はあるけど……なんだ、あれ?」
ザイドが視線を向けた先に、村の広場があった。
その中央に――大きな鳥籠のような檻。そして、その中に一人の少女。
透き通る白い髪。背中には畳まれた翼……しかし、それは見るも無残に損傷していた。
「堕天族……?」
セラが顔をしかめる。
「違う。ただの堕天使よ」
「……ただの、ってなに」
悠真が思わず突っ込むが、少女がこちらを見た。その瞳は深く、そして悲しみに満ちていた。
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「名前は?」
「……フィリエル」
囁くような声だった。
村長に事情を聞くと、フィリエルは数日前、上空から墜落するように村に落ちてきたという。翼は砕け、飛ぶ力を失った。村人たちは彼女を「天罰の使い」と恐れ、こうして檻に閉じ込めたのだ。
「ふざけんなよ……ケガ人を捕まえるとか、どんな理屈だよ」
悠真が怒ると、村長は困ったように言った。
「空から堕ちた者は、災厄の印……そう伝わっておりましてな。神の怒りが村に降る前に、閉じ込めるほかなかったのです」
「……バカバカしい」
セラが吐き捨てるように言った。
「飛べないだけで罪人扱い? 誰かの価値を決めるのは翼じゃないでしょうに」
「ふむ、ならば飛ばせてみせるか?」
バスがぼそりと呟いた。
「砕けた翼でも、飛ぶ手段はある。空を知る者ならば、きっと……」
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夜。檻のそばに立つ悠真に、フィリエルが囁いた。
「……あなたは、なぜ私に構うの?」
「うーん。困ってるやつ見て放っとけるほど、冷たくないから……かな」
悠真は檻越しにしゃがみ込む。
「飛べないって、そんなに辛い?」
「……空は私のすべてだった。生まれてからずっと、風の音と雲の形だけが私を包んでいた」
「でも」
フィリエルの声が震えた。
「今は……空を見上げるのも怖いの」
悠真は、焚き火の炭をポケットから取り出す。村人に黙って少しだけもらってきた。
「じゃあ、見なくていいよ。俺たちと一緒に歩こう。空が怖いなら、地に足をつけて旅すればいい」
「……あなたたち変わってる」
「よく言われる」
彼は照れくさそうに笑った。
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翌日、村に問題が起こる。
山から魔獣が現れ、家畜を襲い始めた。
「くっ、タイミングが悪すぎる!」
ザイドが剣を抜き、セラが詠唱を開始する。
「私も行く!」
檻から出たフィリエルが、飛べない翼のまま村の中央に立った。
「ダメだ、君は――」
「飛べなくても……戦える!」
叫んだフィリエルは、拾った槍を握りしめる。
翼は折れても、誇りは折れない。地を蹴って魔獣に立ち向かう姿に、村人たちは目を見張った。
「……飛べなくても天使だな」
悠真がそう呟いたとき、魔獣はバスの打った杭とセラの魔法により封じられ、ザイドの一撃で討ち取られた。
そして、フィリエルは、最後まで仲間として戦いきった。
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「……私は、空を忘れた。でも……あなたたちとなら、歩いていける」
フィリエルがそう言って微笑んだとき、悠真は小さくうなずいた。
「じゃあ、行こうか。放浪団へようこそ」
白い翼を持ちながらも、空に背を向けて地に立つ少女。
その名はフィリエル。
翼をなくして仲間を得た――そんな夜だった。